夕暮れ時。空と地がオレンジに染まって、地平線が曖昧になってゆく様をぼんやりと眺める。昼でも夜でもない、刹那の時間。儚くも美しいこの光景を見るのが、私は好きだった。
黄昏、あるいは、逢魔が時。どちらもあまり良い意味で使われる言葉ではないけれど。太古から人々はこの時間に何某かの意味を見出したかったらしい。
そうしてたそがれていると、ぼやけた地平線からポツリと人影がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。明らかにそれは、私を目的とした足運びで。けれど白金とオレンジの逆光に包まれて影は黒に染まり、容姿の判別がつかない。形からして、多分、男。……彼は誰だろう? なんだか少し怖くなって身構えていると、影は口を開いたらしい。何をそんなに怖い顔をしているんだ、と馴染みのある声が耳に届く。
「……お兄ちゃん?」
「他に誰が……ああ、西日で見えなかったのか」
距離が近付いて、顔も判別する。間違いなく兄で、強張った肩から力が抜けるのを感じた。
「こんな人気のない場所でこんな時間に一人でいたら危ないだろ。人拐いにあっても知らないぞ」
呆れたような、けれど少し心配の色も含んだ兄の声。過保護だな、と今度はこちらが呆れた。
「心配しすぎだよ。まだ暗くないし。だいたい、私を拐う人なんかいないって」
「バカ。さっきオレの顔も見えてなかったくせに。オレが不審者だったらどうするんだ。……『誰そ彼』って言うしな。危ない時間帯なんだ。用心しろ。ああちなみに、誰そ彼って言うのは――」
突然始まる兄の講義に、笑ってしまった。兄妹二人、他愛の無い話をしながらゆったりと家へと足を進める。
彼は誰ぞ――魔が闊歩する、そんな時間。あまり良い意味ではないそれだけど。私にとっては、お節介お兄ちゃんが迎えに来てくれる、そんな時間。
テーマ「たそがれ」
10/2/2024, 4:36:17 AM