猫遊草ぽち

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9/10/2025, 7:35:30 PM

「 Red , Green , Blue 」



「ねぇねぇねぇ……本当にここ入るの……?
廃墟探索?なんてイマドキ流行らないって……」

彼女はそう言いながら僕の制服の裾をきゅっと掴み、
キョロキョロと周りを見回している。

「まぁまぁ。僕は何回もここ来てるし。
それよりほら、今週の古文化のレポート困ってたじゃん。
あれ見たら絶対ヒントになると思うんだよね」

辺りを警戒する彼女とは裏腹に軽い足取りで
薄暗く鬱蒼としたビルの中へと歩みを進める。

背の高い雑草の間を抜け、
崩れかけている階段を登り目的地を目指す。
老朽化して曇った窓からちらりと外を覗くと
自分たちの住んでいるCELL No.13号地が
靄の奥に薄っすらと瞬いて見えた。

「ふーっ……昔の建造物ってフィジカル値ないと
だいぶ厳しいんだねぇ……まだ着かないの〜?」

少し後ろから息が上がった彼女が言う。

「ごめん、数値上げといた方がいいって言えばよかったね。あと少しだから」

彼女が息を整え終わったのを確認してから再び歩みを進める。廊下を進み突き当たりを左へ曲ると奥に扉がある。

そこには僕が目印として付けておいたホロステッカーが
薄暗さの中に淡く光っていた。

「ここ?」
「うん、そう。ちょっと待ってね」

僕は慣れた手つきで立てかけてある錆びた鉄の棒を
扉の下の隙間へ入れ込み、足で棒を踏む。
ぐっと扉が持ち上がった隙にドアノブを回し引く。
ギギギッと古くなった蝶番が音を立て、扉が開いた。

LEが建物内に通ってるわけもないので
MEwを操作して相手の顔が見える程度のあかりをつける。

部屋の中があかりのおかげで顕になる。

埃っぽさは否めないが、
そこには「家電」と呼ばれる第三種人類が使っていた生活用品が所狭しと集められていた。

「わ……えっ……何ここ……す……すっごーーーい!」

彼女は興奮のあまり僕をバシバシと叩きながら
ぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「始めてみるものばっかり……なんで?集めたの?」

いつもより大きく見開いた瞳がこちらを見つめてくる。
僕は小っ恥ずかしくなり、あたりを弄るふりをしながら
目線をそらしてしまった。

「うん。周りのビルとかも回って少しずつね。
使えないやつばっかりだけど、こういうの好きでさ。
それで……あ、これこれ」

僕は部屋の真ん中に置いてある
四角い箱のコンコンと小突いた。

「うーん……?これが古文化のレポートに役立つってこと?」
「そう!ちょっと待ってて……」

僕はその箱からだらりと下がっている数本のコードを
自分のMEwに取り付けた自作のコネクターに刺し、
MEw側のスイッチを入れる。

「その箱の右下にあるボタン、押して」
「あっ、うん!」

僕があれやこれやと作業をしている姿を不思議そうに眺めていた彼女はハッと我にかえると、恐る恐るボタンを押した。

パチッ……パチパチッ……ザッザザーーッ

箱の一面が音を鳴らしながら光を放った。

「わっ!?明るくなったよ!?」

突然の光と音に彼女は驚く。

「待って、これをこうして。よっと」

光を放ったその面に映像が映し出された。
男女が手を繋ぎながら見知らぬ場所を歩いている映像だ。

「す……すごい……これ、もしかして……」
「そう、テレビ」

彼女は、わーっと嬉しそうな顔でテレビと呼ばれた箱をいろんな角度からまじまじと観察したり、ツンツンと触ってみたりと随分気に入ってくれたようだ。
予想以上に興奮している彼女の姿に自然と笑みがこぼれそうになったが、頬に手を当てることで誤魔化すことに成功した。

「これさ、ちょっと眩しいけどこの画面ってところでICスコープ使ってみ」

テレビを見つめる彼女の隣にしゃがみ、
指さしで説明をする。

「え、ここをICスコープで?」
「うん、面白いもの見えるよ」

彼女は片目を閉じてもう片方の目の視界を確認するかのように数回手を振ってICスコープを起動させた。

「むむむん……赤と……緑と……青の線……?
それがたくさん並んでる……?これが……面白い……?」

閉じていた片目を開いて僕に向き直ると、
「もしかしてイタズラ?」とでも言いたそうな顔をする。

「じゃあこの映像、その3色だけ?」

僕はふふんと鼻を鳴らし、得意げに問いかけた。

「そんなわけないじゃん!普段見てるホロほどじゃないけど、ちゃんと色はついて……あれっ?
近くで見たら3色なのに、離れてみたら3色よりもたくさんの色があるように見える!なんで!?」
「ほら、面白いでしょ?このテレビについてる画面ってのは、光の三元色ってのを利用して映像を映す家電だったんだって」

ふむふむ……と彼女は視線を右上へ向けながら頷く。

「その、光の三元色ってなぁに?」
「文献があんまり残ってなかったから、僕も詳しくはないんだけど、それがICスコープで見た赤と緑と青の光のことを言うらしい。その3色をひとセットとした点をたくさん並べて、光量を調節することで色味を作ってるんだって」

彼女は咀嚼するように話を聞いた後、少し間を置いてから
「へぇ〜……そうなんだ……」とこぼした。

そして先程の僕の話を確かめるかのように
再度画面をまじまじと見つめると

「第三種人類ってさ、すごいよね」

……と、彼女はぽつりと呟いた。

そんな言葉のせいなのか、
画面に照らされた彼女の横顔があまりにも美しくて
僕は何故だかすぐに声を発することができなかった。



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9/9/2025, 8:10:46 PM

「 フィルター 」


先輩はポッケからスマートフォンを取り出し、
僕の目の前にぐぐっとそれを突き出した。

画面には見たことのない絵画の写真が映し出されている。

「これを見て、どう思う?」

突き出したスマートフォンの後ろから、
先輩は何だか得意そうな笑みを浮かべ
俺のことをじっと見つめた。

「いや、どうと言われましても……ね。
俺、別に絵画とか詳しくないから、
この絵もなんだかわからないし……」

先輩のまっすぐな視線が急に恥ずかしくなり
目線をゆっくり横へ逸らす。

先輩は「はぁ」と小さくため息をついて
俺の顔の前からようやくスマートフォンを下ろした。

「あのねぇ、君。ノンノンだよ。何にもわかっちゃない。
私が知りたいのは誰もが答えられる感想とか、
当たり障りのない目利きとかじゃあないんだよ。
君の瞳、君の脳、君の心、君という大きなフィルターを通して感じたことを、飾らずそのまま聞きたいのさ。
かっこつけたいお年頃かもしれないが、それも違う。
わかるかい?」

白衣を着た小柄な先輩は、
背伸びをしながらも俺の鼻先へ人差し指を突き立てる。
部活の際にわざわざ履き替えている先輩愛用のスリッパが
ペチンと床を鳴らした。

「そ……そう言われましても……」

俺は目を泳がせながら少したじろぐ。
今、先輩が求めている言葉が何かわからないからだ。
あとは純粋に変なこと言って嫌われたくない。
そうドギマギひとりでやっていると、先輩はスッと突き立てていた指を下ろし背伸びも直し少し視線を伏せて呟いた。

「こ、困らせてごめんよ……
でも、こんなこと気軽に聞けるの、君くらいで……さ。
ほら、私ってこんなんだから、あの…うん……」

そう言いながら先輩は今にも泣きそうな顔で
自分の白衣をきゅっと握りしめている。

これがいつもの先輩であり、
俺が先輩を放っておけな理由だ。

所謂、厨二病オタクで人付き合いは苦手なくせして
ひとりではいたくない典型的なコミュ障。
口調だって教室ではこんな風ではないことも知ってるし、
俺たちは文藝部だから白衣なんて全く必要ないのにカッコいいから、それらしい理由をつけて着てることも全部わかってる……

でも、そこが可愛いのだ!!
不器用すぎる!!可愛い!!!!

俺の先輩への気持ちはさておき、
ウジウジモードに入ってしまった先輩と目線が合うところまで姿勢を落とし、
今まさに溢れんとする涙をシャツの袖で拭ってやる。
そして少し落ち着いた雰囲気の声をつくり、

「……さっきの絵画、天使をモチーフとしているにしては彩度がとても低く重々しい感じでしたね。まるで悪魔へと変化する過程であるかのように」

俺がそう言葉を投げかけると、
先輩は泣きっ面のまま少し僕の顔を眺めた後、
いつものクールに見せかけているヘタクソな笑顔で

「わ…わかってるじゃない」

…と、何故か自慢げに手を腰に当てて胸を張った。




.

6/20/2025, 11:10:11 AM

「好き、嫌い、」



彼女はニコニコと笑いながらカツンカツンとわざとらしく靴音を鳴らし、私の座らされている椅子を中心にぐるりと周った。
そして目の前でぴたりと止まると、

「ねぇ、キミも恋占いって好きかなぁ?」

……と、意味わからない事をほざく。
そしてドスンと何の躊躇いもなく私の膝の上に腰をかけてきやがった。

気色が悪い……というか、すげームカつく。

そもそもこんな薄気味悪い場所に拉致監禁して、
四肢全てをガチガチに椅子に固定してくるようなヤツがまともなわけがない。
それでは飽きたらず、ご丁寧に口まで塞いでくれちゃって、一体何したいんだ?この女……
そんな気持ちを込めて膝の上にいる小柄な女をキッと睨んだ。

「きゃぁ、こわぁ〜い!質問しただけじゃ〜ん!
そんな顔したら、その綺麗なだけが取り柄の顔面が台無しなんですけど〜!」

女の本質なのかぶりっ子なのか知らないけれど、
赤の他人に好き勝手されているこの感じは、とにかく最悪すぎる。

少しでも抵抗を見せるため、
ガチャガチャと身体を動かしてやった。

「うわっとと……!ねぇ!可愛い女の子が膝の上にいるのに動かないでよ!

……まぁ、そんな抵抗意味ないけどね。

とにかく!今から、私、恋占いをしまぁ〜す♡
キミも知ってるやつだよぉ?
お花でやるやつ!好き、嫌い、好き〜って!」

まだこの女はきゃっきゃと無邪気に会話を続けてくる。

「でも、こんな廃工場?じゃお花なんてないからぁ……
別のものでやりまぁす♡!
その、キミの、キラキラ の 爪 ……でねっ♡」

は?

何を言ってるのだろう?こいつ……
私の爪で何するって……?

想像するより前に恐怖が襲ってくる。
相当ヤバい事に私は巻き込まれているのではないか……?
動揺で目が泳いでしまう。

「あはは〜っ♡わっかりやす〜♡
目がキョロキョロ、心臓バクバク!キモ〜い」

さっきまでの嫌味ったらしい猫撫声から
どんどんと声のトーンが落ちていく。

「そもそもさぁ、キミが悪いんだよ?

私の……私のユウくんなのに……
お前みたいなビッチが近づいたらさぁ?
穢れちゃうじゃん。ほんと最悪。

だからさぁ、こうなっても仕方ないんだよ。
わかるよね?ねっ?

私はさ、ユウくんのお姫様でユウくんは私の王子様なの!
だから、ウザすぎビッチ女からユウくんを守るのも私の仕事なの!うんうん!そうなの!」

そう言うと、女はストンと膝の上から降り
椅子の脇にある錆びついた工具箱から重々しいペンチを取り出すと、カチカチと開いたり閉じたりしてみせた。

怖い……誰?ユウって。知らない。
いや、怖い怖い怖い……
拘束なんてされてなければ、
こんな女になんて絶対に負けないのに。

恐怖を感じている心と、こんな場面でも負けたくない心がぶつかり合い涙となって溢れてくる。

悔しい。やりたい放題しやがって。
絶対に許さない……!

……でも、どうすることもできない。

とにかく私はこの女を睨みつける事だけはやめなかった。
絶対に、絶対に負けない。こんな女に。
私は私自身との誓いと決意をこめて、
口を塞いでいる布にぐっと歯を食い込ませた。

「何?その目?めっちゃムカつくんですけど〜。

……まぁいいや。はぁ〜い、恋占い開始っ♡」


「好き、」

バチンッ

「嫌い、」

バチンッ

バチンッ…

バチンッ……

……

「えっ!?嫌いで終わっちゃう!!やだやだぁ!
えーっと、超すーきっ♡」


バチンッ


.

6/17/2025, 4:34:07 PM

「 届かないのに 」




俺は血が滲み出そうなほど強く強く拳を握った。
心臓が自分でも聞いたことがないくらい
ドクンドクンとやかましく音を立てる。

目を奪われたまま、よろよろと『それ』に近づいた

どうして、どうしてこうなった?
先日まで元気にヘラヘラしてたろ?
サインはあったか?
何か見逃してた?
もう少し早く異変に気付いていたら?

いや、それは不可能だ。

本当に不可能だったか?

多分、不可能……だと思う……

「俺が……こんなだから……こうなった…………?」

ぐるぐる回る思考と嫌な気付きのせいで、
力なく地面へと膝をつき項垂れる。

顔を上げた先には風がないにも関わらず
ゆらりゆらりと揺れる兄の姿。

そのゆらめきを何故だかしばらくぼーっと眺めていた。
まるで草花が揺れる様子を見るかのように。
視界に入ってるようで入っていない。
目では見えているけれど、
脳は靄がかかったように認識しておらず
答えの出ない自問自答をくりかえしている。

けれどそんな自分をスマホのバイブが
現実へと引き戻した。
母からのメッセージだ。

「あんた、あの子に会いに行ってるんでしょ?
元気してた?帰ったら様子教えて」

返信はせず閉じる。どう言えばいいんだよこんなの。

「この、バカ兄貴」

そう呟き、奥歯をぐっと噛み締める。
もう彼には届かない言葉でも、
言わずにはいられなかった。
こんな結末、誰が喜ぶってんだよ。
本当にバカ。バカすぎる。ほんと……バカだよ……

「俺……そんなに頼りなかったか……?兄ちゃん……」

身体に力が入ってるのか入っていないのかもわからない。
気持ちがずっと嫌にふわついている。

気持ちが悪い。
そして、とにかくとてもとても悲しくて、
恐ろしくてしかたがなかった。


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6/9/2025, 7:21:01 AM

「 君と歩いた道 」




施錠係の先生から、
「早く帰れよー」と声をかけられて我にかえる。

「は、はいっ!」
突然の声に驚き、机の上に広げていたノートや資料やらを闇雲に鞄へ詰め込んでそそくさと教室を後にした。

もし、もし私の集めた資料をひとつの可能性として線とするならば、気付かなかった方が幸せだったのかもしれない。
でも、私は君のために一緒に地獄に堕ちるって決めたんだ。

「もう少しだけ待っててね」

そう呟きながら君と歩いた道を丁寧に踏みしめながら帰路へ着いた。

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