猫遊草ぽち

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6/20/2025, 11:10:11 AM

「好き、嫌い、」



彼女はニコニコと笑いながらカツンカツンとわざとらしく靴音を鳴らし、私の座らされている椅子を中心にぐるりと周った。
そして目の前でぴたりと止まると、

「ねぇ、キミも恋占いって好きかなぁ?」

……と、意味わからない事をほざく。
そしてドスンと何の躊躇いもなく私の膝の上に腰をかけてきやがった。

気色が悪い……というか、すげームカつく。

そもそもこんな薄気味悪い場所に拉致監禁して、
四肢全てをガチガチに椅子に固定してくるようなヤツがまともなわけがない。
それでは飽きたらず、ご丁寧に口まで塞いでくれちゃって、一体何したいんだ?この女……
そんな気持ちを込めて膝の上にいる小柄な女をキッと睨んだ。

「きゃぁ、こわぁ〜い!質問しただけじゃ〜ん!
そんな顔したら、その綺麗なだけが取り柄の顔面が台無しなんですけど〜!」

女の本質なのかぶりっ子なのか知らないけれど、
赤の他人に好き勝手されているこの感じは、とにかく最悪すぎる。

少しでも抵抗を見せるため、
ガチャガチャと身体を動かしてやった。

「うわっとと……!ねぇ!可愛い女の子が膝の上にいるのに動かないでよ!

……まぁ、そんな抵抗意味ないけどね。

とにかく!今から、私、恋占いをしまぁ〜す♡
キミも知ってるやつだよぉ?
お花でやるやつ!好き、嫌い、好き〜って!」

まだこの女はきゃっきゃと無邪気に会話を続けてくる。

「でも、こんな廃工場?じゃお花なんてないからぁ……
別のものでやりまぁす♡!
その、キミの、キラキラ の 爪 ……でねっ♡」

は?

何を言ってるのだろう?こいつ……
私の爪で何するって……?

想像するより前に恐怖が襲ってくる。
相当ヤバい事に私は巻き込まれているのではないか……?
動揺で目が泳いでしまう。

「あはは〜っ♡わっかりやす〜♡
目がキョロキョロ、心臓バクバク!キモ〜い」

さっきまでの嫌味ったらしい猫撫声から
どんどんと声のトーンが落ちていく。

「そもそもさぁ、キミが悪いんだよ?

私の……私のユウくんなのに……
お前みたいなビッチが近づいたらさぁ?
穢れちゃうじゃん。ほんと最悪。

だからさぁ、こうなっても仕方ないんだよ。
わかるよね?ねっ?

私はさ、ユウくんのお姫様でユウくんは私の王子様なの!
だから、ウザすぎビッチ女からユウくんを守るのも私の仕事なの!うんうん!そうなの!」

そう言うと、女はストンと膝の上から降り
椅子の脇にある錆びついた工具箱から重々しいペンチを取り出すと、カチカチと開いたり閉じたりしてみせた。

怖い……誰?ユウって。知らない。
いや、怖い怖い怖い……
拘束なんてされてなければ、
こんな女になんて絶対に負けないのに。

恐怖を感じている心と、こんな場面でも負けたくない心がぶつかり合い涙となって溢れてくる。

悔しい。やりたい放題しやがって。
絶対に許さない……!

……でも、どうすることもできない。

とにかく私はこの女を睨みつける事だけはやめなかった。
絶対に、絶対に負けない。こんな女に。
私は私自身との誓いと決意をこめて、
口を塞いでいる布にぐっと歯を食い込ませた。

「何?その目?めっちゃムカつくんですけど〜。

……まぁいいや。はぁ〜い、恋占い開始っ♡」


「好き、」

バチンッ

「嫌い、」

バチンッ

バチンッ…

バチンッ……

……

「えっ!?嫌いで終わっちゃう!!やだやだぁ!
えーっと、超すーきっ♡」


バチンッ


.

6/17/2025, 4:34:07 PM

「 届かないのに 」




俺は血が滲み出そうなほど強く強く拳を握った。
心臓が自分でも聞いたことがないくらい
ドクンドクンとやかましく音を立てる。

目を奪われたまま、よろよろと『それ』に近づいた

どうして、どうしてこうなった?
先日まで元気にヘラヘラしてたろ?
サインはあったか?
何か見逃してた?
もう少し早く異変に気付いていたら?

いや、それは不可能だ。

本当に不可能だったか?

多分、不可能……だと思う……

「俺が……こんなだから……こうなった…………?」

ぐるぐる回る思考と嫌な気付きのせいで、
力なく地面へと膝をつき項垂れる。

顔を上げた先には風がないにも関わらず
ゆらりゆらりと揺れる兄の姿。

そのゆらめきを何故だかしばらくぼーっと眺めていた。
まるで草花が揺れる様子を見るかのように。
視界に入ってるようで入っていない。
目では見えているけれど、
脳は靄がかかったように認識しておらず
答えの出ない自問自答をくりかえしている。

けれどそんな自分をスマホのバイブが
現実へと引き戻した。
母からのメッセージだ。

「あんた、あの子に会いに行ってるんでしょ?
元気してた?帰ったら様子教えて」

返信はせず閉じる。どう言えばいいんだよこんなの。

「この、バカ兄貴」

そう呟き、奥歯をぐっと噛み締める。
もう彼には届かない言葉でも、
言わずにはいられなかった。
こんな結末、誰が喜ぶってんだよ。
本当にバカ。バカすぎる。ほんと……バカだよ……

「俺……そんなに頼りなかったか……?兄ちゃん……」

身体に力が入ってるのか入っていないのかもわからない。
気持ちがずっと嫌にふわついている。

気持ちが悪い。
そして、とにかくとてもとても悲しくて、
恐ろしくてしかたがなかった。


.

6/9/2025, 7:21:01 AM

「 君と歩いた道 」




施錠係の先生から、
「早く帰れよー」と声をかけられて我にかえる。

「は、はいっ!」
突然の声に驚き、机の上に広げていたノートや資料やらを闇雲に鞄へ詰め込んでそそくさと教室を後にした。

もし、もし私の集めた資料をひとつの可能性として線とするならば、気付かなかった方が幸せだったのかもしれない。
でも、私は君のために一緒に地獄に堕ちるって決めたんだ。

「もう少しだけ待っててね」

そう呟きながら君と歩いた道を丁寧に踏みしめながら帰路へ着いた。

3/29/2023, 7:42:21 PM

「ハッピーエンド」


「プロデューサー様、
私を見つけてくださり、
めいいっぱい愛してくださり、
たくさんの楽しいお仕事をくださり、
歌を歌う場をいくつも設けてくださり、
10年という長い時間を
病める時も健やかなる時も
歩幅を合わせて共に歩んでくださり、
本当にありがとうございます。
今、私がシスターとしてではなく、
1人のアイドルとして歌を歌えているのは、
紛れもなく貴方様のおがげです。」

彼女はそう言ってくれるような気がした。


私が人生で1番時間を共にしたゲームが、
本日、サービス終了となる。

私が愛した彼女はいつも笑顔で、
私に感謝を伝えてくれていた。

「私の力なんかじゃないんだよ。
貴方がとっても素敵だからだよ。」

そうやって伝えてあげられたら、
どんなによかっただろうか。


私はずっと、歌が大好きな彼女に
歌を歌うための声が付いていないことを気に病んでいた。
そのせいでお仕事も、
スポットライトが当たる事も本当に少ないから。

もっともっと、彼女を歌わせてあげたい。
いろんな経験をさせてあげたい。
いつも人のことばかりな彼女に、
自分のことで喜びを感じてほしい。


それだけをただひたすら願っていた。
でも、叶わなかった。


それでも、きっと、彼女は
何の曇りもない言葉で今日も私に
「ありがとう」と言うのだろう。


だから私もちゃんと伝えなくてはいけない。


「もう、ここにいた貴方には会えなくなっちゃうけれど、
貴方の物語は続いていく。
ずっとずっと見守っているからね。
たくさん歌ってね。
たくさん笑ってね。
きっといつか、必ず、
貴方の声がみんなに届くからね。
大丈夫、大丈夫だよ。
貴方の優しい気持ちは、
いつだって私に伝わってる。
ひとりじゃないよ。
ずっとずっと、一緒にいようね。
本当の本当に、ありがとう。大好きだよ。」


今日は、私と貴方の、
ハッピーエンド の日。



.

3/10/2023, 4:35:57 PM

「愛と平和」


「どうかな、芝生湿ってるかな?」
彼女は芝生に掌を押しつけて、
座っても大丈夫か確かめた。
「大丈夫そうだね。ここらへんにしようか!」
そういうと、ピクニック用に買っておいた
チェック柄の大きな布を広げ、荷物を下ろした。

2人であれこれ言いながらピクニックの準備を整える。
念願の日が来た彼女は、とても楽しそうで
今日もまた2人の素敵な思い出が増える予感がした。

支度を終え、2人で並んで腰を据える。
春の日差しは暖かく、風はない。
何処からともなく、花の香りがして
冬はもう終わってしまったんだなぁと感じた。

そんな事を思っていると、彼女が俺の顔を覗き、
にこっと微笑みんだかと思ったら、不意に立ち上がる。
「ねぇ、立って立って!」
俺の両手を握り、軽く引っ張るようにして立ち上がらせ、
布を敷いていない芝生へと誘導した。

「今日、全然人いないからさ、寝転んじゃおうよ!」
彼女はまるでイタズラをする子どものように
無邪気に笑い、俺の返事を待たずして芝生へ寝転んだ。
「いいね、寝転ぶの」
俺も彼女の真似をして、隣に寝転んだ。

脳天からの狭い角度からではなく、
全身で日光を浴びるのはいつぶりだろうか。
身体の隅々までポカポカして、とっても心地よい。
地面が近いから、土や草の匂いがする。
身体全体で様々なものを感じ取っている感じが堪らない。

「気持ちいいね〜!」
彼女は伸びをした後、ころんと俺の方を向き手を握った。
「こんなに物が溢れてる世界でもさ、
芝生に寝転ぶだけで、こんなに気持ちが洗われるのって
なんでなんだろうね?
なんか、こう、世界はとっても平和だなって感じる!」
「はは。俺は世界の事なんてわからないけどさ。
でも、このまま俺たちだけでも平和に、不自由な事なく、笑っていられたら嬉しいなぁとは思うよ」
普段の会話では言わないような事を口にしたからか、
彼女は不思議そうに俺を見た。

でも、俺にとっては世界とか本当にどうでもよくて。
この愛しい人と、こういう平和があれば生きていける。
決意とかそう言うのでもなく、ただ心からそう思った。


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