いす

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11/21/2023, 11:19:32 AM

ここから先その小指のどちらかあるいは両方が、君と彼との約束を反故にして、月は宇宙の海に沈んで、その水面で跳ねた魚は二匹きりで、そんなことに意味を見出そうとして、途方に暮れるだろうか。どうすればいいの。暮れたほうがマシだろうか。どうすれば。裁いてくれ裁いてくれ裁いてくれ裁かないでくれラクにしないでくれ、そう君が乞うのは、君が彼と繋いだ小指を切らなかったから。反故も何も約束は元より不成立。かわいそうに。君は知らないでいる。彼の方を見ないから。彼は自分の小指を君に繋げたまま、自分の小指だけを根本から切り落とした。あの二匹の魚だけが君たちの不正を見ている。意味を、役割を与えてやるならそのくらいでいいだろう。すべてを背負わせてはいけないよ。宇宙を泳ぐ魚に、君に、彼に、その身を守る鱗はないのだから。

11/20/2023, 3:36:03 PM

俺の体で抱くにはあまりに小さな赤子であった。幼児であった。児童であった。俺は馬鹿なので学問的な教育は学校に丸投げた。俺に似て馬鹿ではあったがしかし同時に賢くもあったので、俺の使う言葉と外で使う言葉をお前はよくよく噛んで己のものにしていった。俺はどうにも強かったから、ここで生きていくには随分強かったから、お前も強くならざるを得なかっただろう。西洋の色に東洋の配置をした顔、馬鹿だが賢い頭、女としての肉体、そして俺に何よりも一番よく似た獣のような精神がお前を今後も苦しめるだろう。それが和らぐ世界に少しでも進むように、俺はこの場に留まることを選んだ。すべてではないが理由の一端ではある。そうと知れば、獣であり人間である友たちは皆笑うかもしれない。「天上を得たお前が住処を変えずに生きるとは」
道徳的な教育なども碌にしなかったが、望みに自覚的であるようにと常に言って聞かせた。お前の望みはなんであるか。お前の望みに対して、今のお前の力でどれだけの範囲を引き受けられるか。引き受けることによって壊されるものはあるか。失うそれらを引き受けられるか。お前は笑って見せる。獣の目で、怒りの目で、悲しみの目で、愉悦の目で、賢い目で、ただの子どもの目で、ただの愛の目で、あるいは愛ではないものの目で。声で。

11/20/2023, 5:51:44 AM

いのちの数を灯す。お前が吹き消す。祝福に紛れて死神の高笑いが聴こえる。年齢分吹き消される蝋燭の数、その寿命年数分、それから+一本分の蝋燭が与えられている。ただの一本を吹き消す権利はお前にはない。ただの一本はいまこの瞬間も灯りゆるく輝いている。燃えている。あのひかりをお前が見ることはない。わたしが見ているあのひかりがお前に届くことはない。「近くで見て良いか」と、死神に乞う。いま我々の足元を照らすひかりの元は誰かの蝋燭だろうか。どうもよく見えない。お前の蝋燭だけがはっきり見える。死神は笑う。「それがお前の願いか?」顔など見えないがはっきり笑っているのが私には分かる。あの日蝋燭を吹き消して笑ったお前の顔を思い出す。ハッピー、ハッピーバースデー。私の祝福の声など届かなくても結構。

11/18/2023, 3:34:05 PM

馬鹿だね。絵に描いて、うたを詠って、字を綴って、たくさんたくさん繰り返してそれらの想い出を遺そうとしている君が泣いている。「出逢い直すしかないの。新たな出逢いでしかないないの。思い出すごとにすべては変節して、変容して、ただしく思い出せない。古い記憶に新しく出逢い直してる。時間は刻々と流れる。私は1秒1秒変わる。あのときの私じゃない。同じ想い出であることは叶わない。これらはすべて想い出になり損ないの骸。もうやめたい、もうやめたいのに、どうしてこの手は止まらないの。どうしてこの口はうたうの」あの想い出たちはちゃんときみのなかで息づいていて、あるいは死んでいて、それでも君に愛されている。変わっていくことそのものが記憶のかたちなら、かなしむことじゃない。もちろんかなしんでもいいけど。君はたくさんの遺言を書き遺している。私の想い出も変わり続ける。もういない君に私は出逢い続ける。

11/17/2023, 11:29:01 AM

冬になったら、あの日の話をするか。大寒の頃に南国に咲く桜の話をするか。お前と観に行ったあの桜の話をするか。花びらを分けて散らさず、ただ一緒になって頸ごとおちるあの桜の話をするか。
散り散りにならずに済んでいる。
散り散りになったらなったでいいのでは。
それでもまだ隣だ。まだ隣にある。
いまの俺らがあの桜の頸なのか、いまから分たれて散るのか、賭けてみるか?成立などしない賭けか?お前が握り返すその手の温度が答えだと、お前は知りもしないで笑う。だから俺も笑い返す。愛じゃない。親友じゃない。二人でひとつでもない。名前をつけられなくていいしつけられないと名付けて片付けてもいい。己の名前をつけられずに倦んでいた俺が、己の名前をつけざるを得ず倦んできたお前が。ただ相応しく、ただ互いに相応しくここに在る。

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