風が、びゅう、と私の横を吹き抜けた。
今日は、なんだか向かい風が強いわ。なんて、普段はどうでもいいと感じる事も今は全身で受け止められる。
生ぬるい風がとっても心地よい。
私はフェンスをひょいと飛び越えた。下が、ざわざわと賑やかで、赤いろや、白いろの光がこっちまで届いてきてなんだか少しだけ眩しい。今日は、お祭りがあったのかしら。
前を向くと、青々とした空が見えた。雲ひとつない、快晴だ。このまま、地平線も見えそうな勢いだったけど、このビルが並ぶ都会では叶いそうもない。
ああ、けれど、とっても心地よい。ここちよいわ
私は、1歩足を前に出した。
私は、宙にういて、それから、おちて、おちて。
ゆうちゃん、というのが彼のあだ名だった。僕が小さい頃からお世話になっている、6歳年上の近所のお兄さん。
ゆうちゃんは、いつも僕と遊んでくれていた。僕が反抗期だった頃は、親だけでなくゆうちゃんにまで反抗して、困らせていた。
ゆうちゃんはどんな人? と聞かれたら、真っ先に僕の大好きなお兄さん! って自信を持って言えるくらい、大切なひと。
そんなゆうちゃんが、婚約者を連れてこの町に戻ってきた。3年ぶりだった。ゆうちゃんは、元々かっこよかったけど、さらにかっこよくなっていた。
ちゃんとした、社会人のようだった。
ゆうちゃんと婚約者が僕に挨拶してくれた。
お嫁さんになる人が、
「貴方がこうくんね? ゆうくんからよく聞いていたの」
なんて言っていた。彼女が勝手に僕をあだ名で呼ぶことはかなり不服だったが、ゆうちゃんがあっちでも僕のことを忘れてなかったことが嬉しかった。
なんだか喋る気にもならなくて、適当に相槌を打っていたら僕の機嫌を察したのか、ゆうちゃんが「じゃあ、そろそろ行くね」と言った
僕は、ゆうちゃんを引き留めようとしたが、なんて言えば良いか分からなかった。小さい子供でもないのにゆうちゃんはおかしい気がした。結局
「.........ゆうまくん、また来て良いからね」
なんてふてぶてしい言い方になってしまった。彼の名前を言うのは久しぶりな気がした。
悠くんは対して怒っているようなふうには感じなかった。寧ろ少し嬉しそうにしていた。
「うん、うん。また来るよ。こうたくん。」
そんなふうに言って、彼は去ってしまった。けれど、僕の名前をきちんと言ってくれたのはいつぶりだろう。
僕は、かなり嬉しい気持ちでいっぱいだった。
今日は、悲しいだけの日ではなかったかもしれない
友人と仲違いした
きっかけは、もうなんだか忘れてしまったけど、どうでも良いことだったんだろう
でも、そろそろ限界だったのだと思う。私も、彼女も。
特に共通の趣味はなかったけどいつの間にか仲が良くなっていた。けれど、気づいたら関係が悪くなっていた
仲違い。いや、絶交? どちらでも良い。ただ、わたしは彼女ともう一生会いたくないと言われても何も思わなかった。
つまり、そういうことなのだろう。
いつか誰かが言っていた。友情は、恋愛と違って一生もんよねえ って。
でも、違かった。友情だって限界があった。
20年と少し。まあ、長くは続いたのだろう。
彼女の家から、私の家までの道。もう、目を瞑っても歩ける道。
とぼとぼ家へ向かって歩いていると雨が降って来たので、鞄から折り畳み式の傘を出して、広げる。
傘に、ぽつぽつと落ちてくる雨の音は嫌いじゃないけれど、今はなんだかそれを聞くとむかむかしてくる。
それが少し、悔しく感じた
家に帰ると、レコードが置いてあった。彼女がその横に座ってレコードから流れる音楽を聞いていた。
私が帰っている事に気づくと、「あら?帰ってきてたの。おかえりなさい」なんて言ったきりこちらに一瞥もよこさず、じっとレコードを見つめていた。
「何聞いてるの?」
と聞くと、こちらに目を向けずに
「ベートーヴェンの交響曲第7番」
と言った。
「クラシックかあ、僕はビートルズが好きだな。クイーンも」
と彼女に言った。けれど彼女は何も言い返さないので結局独り言を言ったようになってしまった。バツが悪くなって肩を竦めていたら彼女は急に振り返って私をじっと見つめた。彼女は
「とってもポピュラーね。どうせファンなんかじゃなくてただ数曲聞いただけでしょう? ビートルズも、クイーンも」
なんて言ってくる。思わず反論しようとしたけれど、良い返しが思いつかなかった。図星だったのだ。
「しっかしなんでそんなにクラシックが好きなんだ?別に、他の音楽だって嫌いじゃないだろ?」
「そうね。嫌いじゃないわ。でも、お歌がないのにこんなに魅力的な音楽、クラシックしか無いもの」
クラシックだって歌劇オペラごまんとあるじゃないか、と言いかけたが辞めた。
彼女はそんなこと承知しているだろう。その上で言い返すなんてきっとくだらないと呆れられる
今は、この、珍しくご機嫌な彼女を放って置いた方が良さそうだ
目を覚めると、隣には小さな赤子が居た。もう、既に、何度か見た光景だがやっぱり慣れない。
これからずっとこの子と一緒に生きて行くのかと思うと、胸が温かくなる。
ベッドかは降りて籠の中を覗いてみた。赤子はすやすやと寝ていて 、起きる気配は無かった。小さすぎる手をつんとつっついてみた。もっちりとした手にも、愛おしさが湧いている。腕の隙間に僅かなほこりが溜まっていて、思わずくすりと笑ってしまった。
すると、赤子の目がぱちっと空いて、じっと私を見た。
その途端顔をくしゃりと歪ませた。まずい、と思う暇なく、赤子の泣き声が部屋中に響き、私は焦りながら急いで抱き上げて、自分の体を揺らし泣き終わるのを待つ。
もう、どのくらい経ったのか分からない。私の腕の中に居る、泣き終えて疲れきった様子の赤子をちらりと見た。その寝顔はまあ、なんというふてぶてしい様子なのだろう。私は苦笑しながら再び籠の中のへ戻す。
タオルで赤子をそっと包み込み、私も再びベッドへ戻る。これが、日常になっている生活は勿論疲れるけれど、新しい生命を自分たちが育てるというなんとも言い難い感情、いや、責任感が私の中にあって、その想いがどんどん強くなってゆく。
ああ、これが親になるということなのかな...