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8/3/2024, 7:44:34 AM

(お題:明日、もし晴れたら・病室)

「ねぇ、もし明日晴れたらさ、花見に行こうよ」

パラパラと小降りな雨を窓越しに眺める彼女にそう声をかけると、彼女は不思議そうな顔をしてこちらを向いた。

「花見って……今、夏だよ?桜なんかもうないけど」

「桜じゃなくたって花見はできるよ。ほら、病院の庭園に紫陽花が咲いてるでしょう?せっかくだからさ」

なにそれ、とおかしそうに笑う彼女を見て、なぜだか無性に泣きそうになって、ぎゅっと力強く目を閉じて堪えた。最近、ずっとこうなっている気がする。

「まぁ、いいよ。もし晴れたらね」

「てるてる坊主でも一緒に作る?」

「明日天気になぁれ、って?ふふ、いいよ。仕方ないから作ってあげる。」

ふわふわ柔らかい笑顔を浮かべながら、彼女はとても楽しそうに話す。
私はぐちゃぐちゃの感情を笑顔で蓋をして、いつも通りを装って、彼女と話す。ここ数ヶ月、彼女が入院してからずっと、この病室でそうして馬鹿みたいに自分で自分を押さえつけていた。

「ねぇ、輪ゴムもってない?」

「髪ゴムならあるよ。」

「えっ、なんでそんなファンシーなの。趣味だっけ」

「いや、別に。この間ゲーセン行った時に取れたんだよね。」

「あぁ、なるほどね。」

ティッシュで作った頭にまたティッシュをかぶせて、ピンクのユニコーンが付いた髪ゴムで縛る。
カバンの底に眠っていた百均のボールペンで適当に顔を描いていたら、彼女にペンを奪われて変ならくがきをされた。

「っふ、ねぇ、なにそれ」

「イケてるでしょ?ただのてるてる坊主じゃつまらないもん」

星型のサングラスに、ちょびっとしたヒゲを描き足した彼女は、得意げな顔でそれをこちらに渡した。
その様子がなんだかおもしろくて、私は小さく息を漏らした。

てるてる坊主を吊れる紐は無かったから、窓際にそっと飾った。
愉快な顔をしたてるてる坊主がふたつ、身を寄せあってちょこんと並んでいる。

「あした天気になぁ〜れ」

ふざけた声でそう願いがけをする彼女の隣で、私はただひたすらに、彼女の暗雲立ちこめる未来が晴れますようにと願った。

8/1/2024, 8:53:50 AM

(お題:だから、一人でいたい。)

⚠このお話には女性同士の恋愛描写があります⚠



温い風に、穏やかな波の音。
サラサラとした砂の感覚が足裏から伝わってくる。

この辺りは人工的な光が全くないからか、真っ暗な夜空にはちらちらと星が散っている。月は満月というにはまだ少し欠けていて、なるほど、今夜は十三夜らしい。

そうしてひとり、夜の海を楽しんでいれば、遠くからゆったりとした足音が聞こえてきた。
口角が上がるのを堪えながら段々と近づいてくる足音を聞いていれば、私のすぐ隣で音が止む。

「やっと見つけた。」

見上げれば、少し呆れたような顔でこちらを見る彼女。私はそんな彼女にひとつ笑みを零して、お決まりのセリフを言う。

「あら、見つかっちゃった。」

「今回は随分と遠くまで行ったね?女の子が一人でこんな夜遅くに出歩いてるなんて、危ないだろう?次からはやめたほうがいい。」

「はぁい」


どうして毎回こんなことをしているんだい?昔、彼女にそう聞かれたことがある。
こんなこと、というのは、ひとりっきりで人気のない所へ行き、彼女に私を探させること。
週に数回、「私を探してみて♡」のメールを合図にこのお遊びは行われていた。

長々と昔の話をする趣味はないから端的に話すけれど、私は昔から人とのコミュニケーションが壊滅的に下手くそな人間だった。周りと馴染めず、いつもひとりきりで過ごしていたところに、彼女が現れたのだ。

彼女は女の子にしては背が高くて、キリッとしたかっこいい顔と立ち振る舞いをしていた。
そんな彼女に、幼い頃見た童話の王子様を重ねた。

この生産性のないおあそびだって、なんとなく、私を探しにくる彼女が、シンデレラを追う王子様みたいで、素敵だなって思ったから。ただそれだけ。

そんなことを話せば、彼女はならもっと気合を入れて探さなきゃね、なんて、とってもかっこいい笑みを浮かべて言ってくれたのだ。
そのため、現在進行形でこのお遊びが続いているわけだ。


ぼうっとしている私を見かねたのか、どうしたんだ?と彼女は私の顔を覗き込んでくる。

「昔のあなたのことを思いだしていたの」

「それは嬉しいな。でも今の私のことも見てくれ。今みたいに放置されると寂しくなってしまうからね」

「ふふ、気をつけます」

ひとりが好きなわけじゃないけれど、彼女が私を見つけるその瞬間が、たまらなく愛おしい。だから、ひとりでいたいと思うのだ。

今日の夕飯は何にしようか、なんて話しながら、私たちの、私達だけのお城に足を進めた。

7/31/2024, 12:11:59 AM

(お題:嵐がこようとも+澄んだ瞳)

「ねぇ、もしこの先の未来でさ、私たちの間に大変なことが起きちゃって、離れ離れになりそうってなったら、どうする?」

そよ風に吹かれる草原の中。何となく辿り着いた場所で、何となく暇だった。時間つぶしになればいいなと、ただ世間話の一種として振った話題。
唐突に聞かれた質問の内容が理解できないのか、彼女は首を傾げた。

「大変なこと、とは?」

「そうだなぁ……。例えば病気とか、災害とか……あとは、私が犯罪を犯して捕まっちゃう、とか?」

面白おかしく大袈裟な身振り手振りで話してみれば、彼女はそれに特にリアクションを示すことも無く、ふむ、とひとつ頷いて下を向いた。
生真面目で堅物な彼女のことだ。きっと真剣に答えを考えているのだろう。裏表がなく、どんなくだらない話題にも真摯に返すものだから、少しうざったいと感じるときもあるが、私はそんな彼女の性格を好いていた。

体感では大体2分弱と言ったところで、不意に彼女が顔を上げた。

「私は、なにがあろうと貴女の傍に居ます。」

海のように澄んだ瞳で、真っ直ぐこちらを見つめながらそういう彼女の気迫に、私は思わず身じろいだ。

「でも、不治の病とかだったらどうするの?治療薬なんてないんだよ」

「見つかっていないだけでしょう?ならば探せばいい。災害は私が守ればいいし、貴女が罪を犯して捕まるのなら、いくらでも金を積みます。」

「貴女がたまたま傍にいなくって、間に合わなかったら?」

「ならば今から、私が四六時中離れなければいいでしょう?」

いつも冷静沈着で理性的に物事を考える彼女が、こんなめちゃくちゃで無理矢理なことを言うなんて、珍しい。
彼女のことだから「どうしようもできないことはいくら足掻いても仕方ありません。ですが、なるべくお守りしたいとは思っています。」みたいな、曖昧でつまらない答えを寄越してくるのかと思っていた。

「珍しいね?貴女がそんなこと言うなんて」

「そうでしょうか。自覚は無いのですが」

そこで彼女は言葉を区切った。一拍の間を置いて、ゆっくりとまた話し出す。

「私は、貴女が思っているよりもずっと、貴女を想っています。正論や理屈や倫理など、貴女と共にある為ならば不必要なものです。嵐がこようとも、隕石が地球を滅ぼそうとも、私は、貴女のお傍に居たい。共に生きたい。」

月明かりに照らされている彼女は、なんだか神秘的な雰囲気を纏っている。
私を見つめる彼女がいつもの彼女では無い気がして、でもやっぱりいつもの彼女のような気もする。不思議な感覚だった。だけれど、嫌な気持ちはしない。

「……そっか。なら、頑張って私のこと守ってね。ずっと一緒にいれるために」

なんだか小っ恥ずかしい気持ちになって、少しぶっきらぼうな言い方をすれば、彼女はふっと息を漏らした。
きっと私の考えていることなどお見通しなのだろう。なぜだか負けた気がして悔しい。

「えぇ、貴女が、寂しい思いをしないように。」

あぁ、もうほんとうに、この女には敵わない。

7/29/2024, 4:49:44 AM

(お題:お祭り)

バン、と1回音がして、真っ暗な空に赤い花が咲く。
そうして夏祭りの最後を飾る花火が終わりを迎えた。
ぞろぞろと祭りに来た人達が帰って行くのを横目で見ながら、私はもう何も打ち上げられない空を眺めていた。

「お祭り、楽しかったね!ねぇ、また来年も行こうよ」

ふと、隣からそう声をかけられた気がしてそちらに目を向ければ、そこには誰もいなくって、ただ静寂が広がっているだけだった。
去年までは、隣にいたはずの存在。花火が終わった後、彼女が言うお馴染みの言葉だった。

「……おまつり、」

また、いっしょにいこう。

二度と叶わない約束を、きっと私は来年もこの場所でするのだろう。

7/28/2024, 5:01:46 AM

(お題:神様が舞い降りてきて、こう言った。)リメイク

例えば神様がこの世に存在したとして。
その神様が、ある時目の前に現れたとして。
そして一言、君にこう言う。「あなたに天罰を与えます」と。
罰を与えられるということは、それ相応の罪を君は犯したということだ。では、その罪とは一体なんだと思う?

最終下校時刻のチャイムがなるおよそ10分前。夕陽の差す教室で、何とも気取った態度で目の前のクラスメイトはそう語り出した。

「なに、急に」

「別に?特に深い意味は無い。ただの世間話だ。」

「特段仲良くもないクラスメイトに世間話として提示する話題としては、だいぶ変わってるね。オカルトとか好きなの?」

「そこそこに、かな。」

「へぇ。幽霊とか信じるタイプ?」

「いや、信じている訳では無いよ。実在したら興味深いとは思うけどね。」

「私は勘弁。ホラーとか苦手だからさ。」

黒板に下手くそなラクガキを描きながら取るに足らない返事をしていれば、本題に戻ろうか、と彼は腕を組んだ。

「もう一度聞こう。君は、君自身の罪をどう考える?神様直々に天罰を与えられる程の罪とは、一体なんだと思う?」

夕焼けに照らされて赤く染まる彼の表情はよく見えなくて、でも多分、笑っていたと思う。
私はラクガキの手を止めて、質問の答えを探す。
神様が実在するとして、神様が目の前に現れたとして、その神様に「天罰を与える」と言われたとして。では、なぜ私はその罰を受けるのか。一体どのような罪を犯して、裁きを受けるのか。

「…人を、殺したとか?」

「君は人を殺したことがあるのかい?」

「無いに決まってるでしょ!?例えばの話だよ」

「なぁんだ」

「そっちから聞いておいて……」

わざとらしく大きな溜息をつく目の前のクラスメイトにイラついて、手に持っていたチョークを思わず投げつけた。パシ、と軽い調子で受け止められたそれにまたイラついて、その怒りをラクガキで発散しようと試みるけれど、「絶望的に絵心がないね」と失礼極まりない野次を飛ばされて、新しく取りだしたまだ長いチョークがパキ、と音を立てて折れる。

「大体、クラスメイトが人殺しなんて、嫌でしょ」

「サスペンス映画みたいで面白くないかい?僕は嫌いじゃないけどね」

「アンタが特殊なだけでしょ」

酷い言われようだなとケラケラ笑う彼の表情はやっぱりよく見えなくて、でも見てしまったらなにかが変わってしまうような気がして、近づくのははばかられた。

「理由を聞いてもいいかな。人殺しを罪だと思う理由。」

「理由って言われたって……。言わなくたって、わかるでしょ」

「君の口から聞きたいな。」

「……だって、人を殺したら捕まるでしょ。刑務所にいれられるし、死刑だってありえる。」

「つまり、君は他人の作った法律でそう定められているから、人殺しは罪だと?」

「まぁ……端的に言うなら、そうなんじゃない」

「君自身の言葉なのに、随分と他人事だね?」

「だって、今まで深く考えたことなんて無かったから。自分の意見なんてまともに言えるわけないでしょ」

「そういうものなのかい?」

「そういうものでしょ」

なるほどね、と小さく相槌を打つ彼に、小さな違和感を覚えた。言語化するのが難しいが、人らしくない、と言えばいいのだろうか。私や友達や先生みたいな、言っちゃえば悪いがそのような凡人とは違う、どこか浮世離れしたような、そんな印象を受けた。
どこか雰囲気のある彼をぼうっと意味もなく眺めていれば、彼はうん、と納得したような声を出して、そして先程と変わらぬ軽快な声を紡いだ。

「やっぱり、君はつまらないね」

「はぁ?」

「僕的には、奇想天外な自我の強い意見を求めていたのだけれどね、人選ミスみたいだ。」

なんて失礼な納得をしてくれているんだ。
先程の小さな違和感など吹っ飛んで、やっぱりコイツはただの無神経な電波男なのだと、その形のいい丸い頭をぶん殴りたくなった。
勝手に期待して勝手に失望して、そして本人に向かって先程の発言だ。ストレスがピークに到達して、感情に任せて怒鳴ることも小っ恥ずかしくてできなかった私は、少し荒々しい足音を立てながら無言で教室を去ろうとした。
あと3分も経たずに最終下校時刻のチャイムも鳴るのだから、丁度いいタイミングだろう。つまらない世間話はおしまいにして、コンビニでアイスでも買って私を慰めてあげよう。自分の機嫌は自分で取らねば。

「君がそれを罪だと言うのならば、罪を犯さないようにせいぜい気をつけてね。神様に天罰を下されないように」

教室の扉を開けたタイミングで、後ろから彼の軽快な声が聞こえた。
何故だか無視をしてそのまま立ち去ることもできなくて、ちらりと後ろを振り向けば、先程まで閉まっていたはずの窓が開け放たれ、カーテンがふわりと風に揺れているのが見えた。___彼の姿は、見つからない。

もしやもしかして、あの一瞬で窓から転落でもしてしまったのだろうか、なんて。有り得ないだろうけど、やっぱり不安になって空いている窓に駆け寄って、恐る恐る地面をのぞきこんだ。
そこには悲惨な姿になった彼が……なんてこともなく、いつも通りの何の変哲もない地面が広がっていて、思わず安堵の溜息を吐いた。
じゃあ、彼は一体どこに行ってしまったんだろう、と考えて、ふと、気づいた。

そういえば、私は彼の顔も名前も声すらも、何も覚えていない。
いくら今まで関わりがなかったと言っても、顔はおろか名前すら覚えていないほど私はニワトリ頭ではないし、そもそも声なんてつい数分前に聞いたばっかりだ。覚えるとか以前の問題だろう。

その事実に気づいた私は途端に恐ろしく思って、踵を返してただ只管に昇降口に向かって走り抜けた。
コンビニに寄ろうと思ったけど、やめよう。真っ直ぐ家に帰って、そしてすぐ寝てしまおう。
そうしたら、きっと先程の出来事も夢の一部になっている。

最終下校時刻のチャイムが無機質に鳴り響いて、なんとなく、最後に放った彼の言葉が頭を過ぎった。

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