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(お題:神様が舞い降りてきて、こう言った。)リメイク

例えば神様がこの世に存在したとして。
その神様が、ある時目の前に現れたとして。
そして一言、君にこう言う。「あなたに天罰を与えます」と。
罰を与えられるということは、それ相応の罪を君は犯したということだ。では、その罪とは一体なんだと思う?

最終下校時刻のチャイムがなるおよそ10分前。夕陽の差す教室で、何とも気取った態度で目の前のクラスメイトはそう語り出した。

「なに、急に」

「別に?特に深い意味は無い。ただの世間話だ。」

「特段仲良くもないクラスメイトに世間話として提示する話題としては、だいぶ変わってるね。オカルトとか好きなの?」

「そこそこに、かな。」

「へぇ。幽霊とか信じるタイプ?」

「いや、信じている訳では無いよ。実在したら興味深いとは思うけどね。」

「私は勘弁。ホラーとか苦手だからさ。」

黒板に下手くそなラクガキを描きながら取るに足らない返事をしていれば、本題に戻ろうか、と彼は腕を組んだ。

「もう一度聞こう。君は、君自身の罪をどう考える?神様直々に天罰を与えられる程の罪とは、一体なんだと思う?」

夕焼けに照らされて赤く染まる彼の表情はよく見えなくて、でも多分、笑っていたと思う。
私はラクガキの手を止めて、質問の答えを探す。
神様が実在するとして、神様が目の前に現れたとして、その神様に「天罰を与える」と言われたとして。では、なぜ私はその罰を受けるのか。一体どのような罪を犯して、裁きを受けるのか。

「…人を、殺したとか?」

「君は人を殺したことがあるのかい?」

「無いに決まってるでしょ!?例えばの話だよ」

「なぁんだ」

「そっちから聞いておいて……」

わざとらしく大きな溜息をつく目の前のクラスメイトにイラついて、手に持っていたチョークを思わず投げつけた。パシ、と軽い調子で受け止められたそれにまたイラついて、その怒りをラクガキで発散しようと試みるけれど、「絶望的に絵心がないね」と失礼極まりない野次を飛ばされて、新しく取りだしたまだ長いチョークがパキ、と音を立てて折れる。

「大体、クラスメイトが人殺しなんて、嫌でしょ」

「サスペンス映画みたいで面白くないかい?僕は嫌いじゃないけどね」

「アンタが特殊なだけでしょ」

酷い言われようだなとケラケラ笑う彼の表情はやっぱりよく見えなくて、でも見てしまったらなにかが変わってしまうような気がして、近づくのははばかられた。

「理由を聞いてもいいかな。人殺しを罪だと思う理由。」

「理由って言われたって……。言わなくたって、わかるでしょ」

「君の口から聞きたいな。」

「……だって、人を殺したら捕まるでしょ。刑務所にいれられるし、死刑だってありえる。」

「つまり、君は他人の作った法律でそう定められているから、人殺しは罪だと?」

「まぁ……端的に言うなら、そうなんじゃない」

「君自身の言葉なのに、随分と他人事だね?」

「だって、今まで深く考えたことなんて無かったから。自分の意見なんてまともに言えるわけないでしょ」

「そういうものなのかい?」

「そういうものでしょ」

なるほどね、と小さく相槌を打つ彼に、小さな違和感を覚えた。言語化するのが難しいが、人らしくない、と言えばいいのだろうか。私や友達や先生みたいな、言っちゃえば悪いがそのような凡人とは違う、どこか浮世離れしたような、そんな印象を受けた。
どこか雰囲気のある彼をぼうっと意味もなく眺めていれば、彼はうん、と納得したような声を出して、そして先程と変わらぬ軽快な声を紡いだ。

「やっぱり、君はつまらないね」

「はぁ?」

「僕的には、奇想天外な自我の強い意見を求めていたのだけれどね、人選ミスみたいだ。」

なんて失礼な納得をしてくれているんだ。
先程の小さな違和感など吹っ飛んで、やっぱりコイツはただの無神経な電波男なのだと、その形のいい丸い頭をぶん殴りたくなった。
勝手に期待して勝手に失望して、そして本人に向かって先程の発言だ。ストレスがピークに到達して、感情に任せて怒鳴ることも小っ恥ずかしくてできなかった私は、少し荒々しい足音を立てながら無言で教室を去ろうとした。
あと3分も経たずに最終下校時刻のチャイムも鳴るのだから、丁度いいタイミングだろう。つまらない世間話はおしまいにして、コンビニでアイスでも買って私を慰めてあげよう。自分の機嫌は自分で取らねば。

「君がそれを罪だと言うのならば、罪を犯さないようにせいぜい気をつけてね。神様に天罰を下されないように」

教室の扉を開けたタイミングで、後ろから彼の軽快な声が聞こえた。
何故だか無視をしてそのまま立ち去ることもできなくて、ちらりと後ろを振り向けば、先程まで閉まっていたはずの窓が開け放たれ、カーテンがふわりと風に揺れているのが見えた。___彼の姿は、見つからない。

もしやもしかして、あの一瞬で窓から転落でもしてしまったのだろうか、なんて。有り得ないだろうけど、やっぱり不安になって空いている窓に駆け寄って、恐る恐る地面をのぞきこんだ。
そこには悲惨な姿になった彼が……なんてこともなく、いつも通りの何の変哲もない地面が広がっていて、思わず安堵の溜息を吐いた。
じゃあ、彼は一体どこに行ってしまったんだろう、と考えて、ふと、気づいた。

そういえば、私は彼の顔も名前も声すらも、何も覚えていない。
いくら今まで関わりがなかったと言っても、顔はおろか名前すら覚えていないほど私はニワトリ頭ではないし、そもそも声なんてつい数分前に聞いたばっかりだ。覚えるとか以前の問題だろう。

その事実に気づいた私は途端に恐ろしく思って、踵を返してただ只管に昇降口に向かって走り抜けた。
コンビニに寄ろうと思ったけど、やめよう。真っ直ぐ家に帰って、そしてすぐ寝てしまおう。
そうしたら、きっと先程の出来事も夢の一部になっている。

最終下校時刻のチャイムが無機質に鳴り響いて、なんとなく、最後に放った彼の言葉が頭を過ぎった。

7/28/2024, 5:01:46 AM