(お題:明日、もし晴れたら・病室)
「ねぇ、もし明日晴れたらさ、花見に行こうよ」
パラパラと小降りな雨を窓越しに眺める彼女にそう声をかけると、彼女は不思議そうな顔をしてこちらを向いた。
「花見って……今、夏だよ?桜なんかもうないけど」
「桜じゃなくたって花見はできるよ。ほら、病院の庭園に紫陽花が咲いてるでしょう?せっかくだからさ」
なにそれ、とおかしそうに笑う彼女を見て、なぜだか無性に泣きそうになって、ぎゅっと力強く目を閉じて堪えた。最近、ずっとこうなっている気がする。
「まぁ、いいよ。もし晴れたらね」
「てるてる坊主でも一緒に作る?」
「明日天気になぁれ、って?ふふ、いいよ。仕方ないから作ってあげる。」
ふわふわ柔らかい笑顔を浮かべながら、彼女はとても楽しそうに話す。
私はぐちゃぐちゃの感情を笑顔で蓋をして、いつも通りを装って、彼女と話す。ここ数ヶ月、彼女が入院してからずっと、この病室でそうして馬鹿みたいに自分で自分を押さえつけていた。
「ねぇ、輪ゴムもってない?」
「髪ゴムならあるよ。」
「えっ、なんでそんなファンシーなの。趣味だっけ」
「いや、別に。この間ゲーセン行った時に取れたんだよね。」
「あぁ、なるほどね。」
ティッシュで作った頭にまたティッシュをかぶせて、ピンクのユニコーンが付いた髪ゴムで縛る。
カバンの底に眠っていた百均のボールペンで適当に顔を描いていたら、彼女にペンを奪われて変ならくがきをされた。
「っふ、ねぇ、なにそれ」
「イケてるでしょ?ただのてるてる坊主じゃつまらないもん」
星型のサングラスに、ちょびっとしたヒゲを描き足した彼女は、得意げな顔でそれをこちらに渡した。
その様子がなんだかおもしろくて、私は小さく息を漏らした。
てるてる坊主を吊れる紐は無かったから、窓際にそっと飾った。
愉快な顔をしたてるてる坊主がふたつ、身を寄せあってちょこんと並んでいる。
「あした天気になぁ〜れ」
ふざけた声でそう願いがけをする彼女の隣で、私はただひたすらに、彼女の暗雲立ちこめる未来が晴れますようにと願った。
8/3/2024, 7:44:34 AM