さらさらと風に乗って、
陽光に煌めく甘い光になるくせに、
指に触れると現実の熱に溶けて、
ベタベタとしてうっとうしい。
舌先で舐めれば記憶の中にすっと消えるが、
指についた唾液の過去は糸を引いて、
私にべったりとくっついてくる。
(250502 sweet memories)
中国の説話だったことは覚えている。石の穴が、風を鳴らし、また穴の大きさごとに音色を変えていく。
人間の耳の穴もこれと同じだ。風が吹いてようやく音を聞くことができる。聞こえ方も多種多様だ。
だから、自分の耳にしか聞こえない風の音を聞きたいのに、周囲がやたらとうるさい。痰を吐く豚とキルケの脱糞音と香水の匂いしかない空気と孤独を恐れて忘れた寂しい者たちが、私を取り囲んで騒いでいる。実に耳障りだ。
風と一緒にどこかに飛んで行ってくれないか。遠くに飛んで行った音を私ひとりで聞いてあげるからさ。
(250501 風と)
どうしようもなくなったから心を投げた。遠くに投げた。それでも腹が立つから、自分の胸を引き裂いて心臓を取り出した。投げた。ぶん投げた。叩きつけるように投げたんだ。軽やかな曲線を描くはずの心臓の軌跡が、真っ直ぐに落ちていく。無様だ。べたんと嫌な音が響く。叩きつけられても鼓動は止まない。私と心臓の間には、空白の距離がある。ああようやく孤独になれたと、私はぽっかりと空いた胸に手を当ててほっとした。
(250430 軌跡)
決められないのなら私を壊してごらんなさい。
壊しても壊しても憎いなら嫌いなのでしょう。
壊して悔しいほど泣いたら好きなのでしょう。
決めたくないのならもう壊せばいいじゃない。
壊されても私は貴方のことを愛していますよ。
(250429 好きになれない、嫌いになれない)
夜が明けたというが、
一度も夜明けの瞬間を見たことがない。
真面目な性分かつ健康志向な人間だ。
朝の6時までぐっすりと眠っている。
暗闇を切り裂く日の光を知らずに育った
身体が大きいだけの赤子だ。
真っ暗な夢から醒めた時の感動もなければ、
いつもと変わらない平穏な風景に感心もしない。
よく寝たというが、おはようは言わない。
また朝が来てしまったといつも泣いている。
(250428 夜が明けた。)