気を抜くと、どうして私は生きているのかと疑問を持ってしまい、その疑問を解かねばならないと衝動に駆られて、心臓の鼓動が嫌にも速まっていき、身体から「安定させる」ものが、急に遠ざかって不安に宙ぶらりんとなって、どんどんと思考が奥へ奥へと沈んていっているようで、だんだんとたましいが上へ上へと浮いているような矛盾に苛まれて、このまま死んだら怖いと目の前が真っ暗になった時には、どうでもいいかとすぐに諦めてその場で呆けている。
(250427 ふとした瞬間)
どんなに人と距離を置いても、
寂しい獣になって食い散らかす姿に恥を覚えるも、
だからと言って人と接しても、
人間に近づきすぎてぬるい人肌に苛立ちを覚える。
(250426 どんなに離れていても)
私、アロマンティックなので
普通に呼んでいただけませんか。
(250425 「こっちに恋」「愛にきて」)
古書店に入って、店員に挨拶をするべきなのか迷ってしまう。特に、個人経営の古本屋は店主1人で店番をしている。店の中に入れば、嫌でも目が合ってしまう。
私は躾けのなっていない人間だから、無言で店に入る。しかも、人よりも本と交流したがる本の虫だ。古びた背表紙を向ける本に向かって、「ごきげんよう」と挨拶したい。私の霊感に反応する本はいるだろうかと本棚の間を歩きたいし、長年積み重ねた埃と沈黙を払いたい。
前世のつながりを人間よりも本に求める性分だ。ページをめくりながら、たましいの巡り逢いをしたい。
そうは言いつつも、この出逢いを与えてくれたのは古書店の店主だから、彼彼女らに敬意を込めて挨拶をするべきだろう。まあそれでも、生きている人間よりも本の世界の住人と仲良くなりたい。また古本屋に入っても店主に目もくれず、本にしか挨拶しないだろうな。
(250424 巡り逢い)
どこへ行けば良いのか分からない私の身体が煩わしいので、いっそのことジャムになって瓶に詰めてしまいたい。
解体して、更に分解して、もっと崩壊した肉片と内臓と骨を鍋の中に入れて、コトコト煮込むのさ。
無駄に硬い骨も一年以上煮込めば、光沢帯びる真珠の煌めきになるだろうよ。肉と内臓が全部溶け込んで数十年、砂糖と他人に甘やかされて育った身体だ。これ以上の甘さはいらない。もう十分甘すぎる。熟れすぎた苺よりも赤黒い。
ドロドロに溶けた私の身体をガラス瓶に詰め込んで、仕上げに髪の毛のラッピングをするのさ。ずっと触りたくなる黒いリボンだ。もう赤いジャムなんかよりも、リボンを触り続ければいい。
ジャムは、ガラス瓶の中でしかその美味しそうな輝きを保てない。パンに塗れば単なる情報となる。情報しか食べられない現代人になんか食べて欲しくない。ずっと飾ってほしい。
テーブルの片隅に、いつから置いてあったのだろうと不安になりながらも、100年後の賞味期限を確認して安心すればいい。どうせ100年経つ前に忘れられる。
そう言えば、あのジャム瓶はどこに行ったと思った時には、テーブルの下に落ちて右往左往している。
結局、私の身体はジャムになっても、どこへ行けばいいのか分からない。
(250423 どこへ行こう)