実は、私は橋の下に生まれた子なんです。言わば鬼子ですよ。橋の下はいつも異界に繋がっていますから、私のお母さんが出産した拍子にうっかりと私を人間界に落としたんじゃあないでしょうか。まあ捨てられたと思ってもどうしようもないので、母親の失敗談として笑い種にして会話に花を咲かせています。
それで、橋の下にいた私を今の父親が持ち帰ったんです。白痴の胤しか撒けないのなら、いっそのこと捨て子を光源氏よろしく教育して、妻になるほどの良い子を育てようと考えていたんじゃあないですかね。ただどうも酔っ払いの戯言だったようで、結局私は父親の妻どころか子どもにもなれず、彼の豚児に喰らいつく鬼となりました。
最近そういう設定を付けて生きていますが、誰も知らない秘密なんて案外自分で簡単に生み出せるものです。誰にも言えない秘密よりかはやさしいんじゃあないですかね。
(250207 誰も知らない秘密)
私の頭上を何かが引っ張っている感覚がある。そう気が付いて目が覚めた。ベッドの上で寝ながら、真っ暗な自室を見渡す。仕切り代わりの引き戸が目に付いた。引き戸の向こうから声はもう聞こえない。この落ち着いた気配は、夜明けが醸し出す雰囲気だ。
ああようやく静かになれると私は安堵した。
花粉症で鼻を詰まらせる年老いた豚の悲鳴は聞こえない。痰ばかり吠え散らす生き損ないの犬の遠吠えも聞こえない。壁から呟く鶏の鳴き声も聞こえない。それらの胃袋を掴み取んで畜生にしたキルケのクソみたいな脱糞音もしない。
なんて心地の良い静かな夜明けだ。この時間がずっと続けばいいのに。ずっと続けてほしい、続く、何を、あれ、何でこの人たちと家族でいるんだっけ。どうして私はここにいるんだ。いつまでいるつもりだ。引き戸の向こうってなに。私今年に入って家族と会話したっけ。いや、していない。気付いてはいけないことに気が付いた? 嫌な気分だ。不快だ、これ以上言葉にできない。頭の隅に何かがいるうごめいている泣き叫んでいる発狂しているのか私はこんなきたない場所にいるのに何で狂っていないんだあああああああああ
あ
も
う
ね
む
い
・
・
・
(250206 静かな夜明け)
We can have heart to heart
if I am you.
We can have mind to mind
if you are me.
We can have soul to soul
if I am you.
We can have spirit to spirit
if you are me.
We are one in heart,mind,
soul and spirit.
(250205 heart to heart)
花咲く理由に自己も利他もあるのかサフラン。
千八百年の祖先に返り咲け薔薇ならば花開かん。
今朝の明るく美しいものでこぼれる少女の花々。
人こい初めし林檎を君の白き手にくみしかな。
灰色の花からゆっくり歩こう萩の花の白さになれ。
西や東に嫌われて花咲く野芹よ生き残れ。
花束を白い本に編んで後ろから抱き締めよう。
しなやかな首に顔を埋めて、
柔らかな毛先に頬を当てて、
私は永遠に受け継ぐ遺伝子の香りを吸い込んだ。
(250204 永遠の花束)
舞台は暗闇。
ひとつのテーブルを照らす光の弱い照明。
かすかに揺れ動く光のもと、「私」はテー
ブルを片手で叩きつけた。
私 もう私なんかの為に優しくしないで!
(キッと睨みつける。)
「あなた」は微動だにせず、真っ直ぐに
「わたし」を見つめる。
あなた ああ、そうかい。
(頷いて、テーブルの上にそっと両手を置く)
君は随分と人に優しくされたようだが、自分から優しさを与えず、その上自ら身を引かずに相手を遠ざけさせようとしている。
君は人の優しさを受け止めていない癖に、優しくするなと言い返しているんだ。実に優しくない人だね。
「わたし」は「あなた」に向かって、雄叫
びを上げて女々しく泣いた。
「あなた」は母性も父性も目覚められない
胸に手を添えて、音のしない心臓の鼓動に
耳を傾けた。
幕。
(250203 やさしくしないで)