仲間は、電車に偶然乗り合わせた関係ぐらいがちょうど良い。
私の真向かいに座っている人は、熱海駅からずっとそこにいる。20の駅を通り過ぎたが、まだ一緒だ。
向こうはスマートフォンを触らず、本も新聞も読まず、膝に置いたパックバックを抱えて、私の背中にある窓を眺めている。
私は、静岡から神奈川まで見られる相模湾を肩越しで眺めた。波の輝きさえも望めなくなったら、向かい側の窓に映る秋映えの丹沢山を仰いだ。
だんだんと家々が増えてきたから、読書を始めるも、電車の揺れと暖房の暖かさに二度も舟を漕いだ。帰路を急ぐ群衆と共に東京駅を過ぎて、いよいよ私の地元が近づく。
反対席のあの人は、まだ座っている。もし同じ駅に降りたら、運命的な偶然を理由にパートナーになろうかなと期待に胸を膨らせる。とうとう、自宅の最寄駅に辿り着いた。降りながら電車の窓を覗くと、同乗者はまだ電車の中だった。なるほど、相手の旅はまだ終わっていないようだ。
旅は道連れという思い出までも手にした私は、その人に交差した二本指を見せて旅路の幸運を祈った。
(241210 仲間)
歩き始めたばかりの小さな少女の手は、
たなごころに心臓が転がっているようで
柔らかく熱く溶けてしまいそうだ。
その可愛い子は見るものすべて、
その手と一緒に歩きたいものだと一生懸命握っている。
おちびさんの手を繋いで、
私のたましいは童心の心地良さに熱く溶かされた。
うろつき慣れている貧しい老婆の手は、
皮脂も血潮もたましいも枯れ切っているようで
硬く冷たく砕けてしまいそうだ。
その可哀想な人は見るもの全て、
その手を救って欲しくて助けてと叫んでいる。
おばあさんの手を繋いでも、
幽霊を触っているみたいで手を合わせて念仏を唱えたくなった。
私の手は子どもに還るだろうか。
それともおばけになるだろうか。
十本指の先が何も見えてこない。
だれか、私の手を握って。
(241209 手を繋いで)
ごめんねよりもありがとうって言いたいよねと、半田市で出会った神谷さんがそう語った時、私のたましいの一部がここにいたんだなと心の底から安らぎを覚えた。
わざわざ朝早く迎車して、新美南吉の養家まで案内してくれた彼女に、私はお菓子を渡したが、向こうは思わずつい謝りたくなったのか。謝罪を噛み殺して、ぎこちなくサンキューと返事をした。
ああそうか。私も決意した言葉に気持ちが揺らいで、自分にも相手にも世間にも頭を下げてしまう。
神谷さんは本当に自分を見ているようで、生まれ故郷を離れたら自身のゴーストに会えるのだなと感動に胸が躍ったり、別れに身を引き裂かれるような苦しみを味わったりとした。
(241208 ありがとう、ごめんね)
部屋の角には私の幽霊がいて、幽霊がただ佇む場所であって、そんな場所には昏い影が必要で、影さえも潰そうと無闇やたらに荷物を置いて、幽霊の居場所さえも消そうとする人間の方が怖いなと、深夜2時のホテルの廊下の真ん中で泣き喚く女の声が響いて、自身の幽霊の居場所が見つからず迷子になっている。
9階建てのホテルの270部屋の中の1080の角がある全ての部屋の片隅で幽霊が静かに泣けずにいるから、女は一本の廊下を感情のままに延々と走り回っている。
小泉八雲は、生まれ故郷を離れて旅をしない者は自身のゴーストと出会わない人生を送るだろうと嘆いていたが、この女こそその対象なのだろう。
部屋の片隅にいる私の幽霊は、また焼津に行って今日の繰り返しをしたいとワガママを言ってきた。
私はまたいつかねと幽霊を頭の隅に置いて、女の慟哭を子守唄に悪夢を共に享受した。
(241207 部屋の片隅で)
私の布団シーツの柄は黄緑色の生地に、青と黄色と白の草花が自由に花を咲かせ葉を生やし実を付けている。
本当は、植物が頭に向かって上と伸びていくように布団を被せるのだろう。けれども、私は足先へ降っていくように見せたいから逆さまにしている。
朝布団から身体を起こすと、草花たちがゆらゆらと天に向かって伸びている様をちょうど良く庭のように眺められる。
芸術はただまっすぐに立てば良いものではないと、ふらふらと寝ぼけた足で今日も私は起き上がった。
(241206 逆さま)