人々は戦争を繰り返す。それが一番早いからだ。武力を行使すれば、どちらが強いかすぐに決められる。この世は弱肉強食だ。たらたらと何年も争うのはお互いが同レベルだからだ。それなのに手を取り合おうとせずに優劣を付けたがるからだ。
俺達は他国の領土を奪い、先住民族を服従させたり虐殺させたりした。どんな手でも、それが祖国の為ならばなんでもやる。植民地に住む人々を動員し、倫理を捨て去り武器を振るう。首都では戦車の煩い音がただでさえ少ない睡眠を妨げていた。国民も徴兵され、今やどこを見ても戦火が盛つていた。だが戦況は良いものではない。死体に躓くことも増えた。正に地獄と言うべきだろう。
指揮官の作戦は失敗続きだ。敵国によつて潰される。この国はもう駄目だ。直感的に、軍の者は思う。然し祖国の為生きなければならない。この帝国が負けるなど国民は微塵も思つていなかつた。情報の統制がされていた。都合の悪いことはいつだつて隠されるものだ。
日毎に俺の周りからは、人が消えていつた。親友も亡くなつた。どうやら人の命は平等らしい。家族が待つ者も恋人が待つ者も友が待つ者も誰にも待たれぬ者も、どの国の者も皆等しく命を散らした。
俺も大切なものを全て失くした。俺の宝はもう戻つてこない。だが此の国には振る白旗すら用意されていなかった。
数日後、親友の家族から手紙が届いた。綴られた言葉の数々。きっと俺の他にもこんな手紙を貰った奴が居るんだろう。生き残ってしまった人間が。震えた文字と涙の跡を、俺は
二十一作目「涙の跡」
いつからか、半袖を着るのをやめていた。
明確な時期は自分でも分からないけれど、たぶん、中学生になったばかりの頃だった。制服のシャツを母さんが長袖しか買わなかったのもひとつの原因だろう。どんなに暑くても、半袖は着られなかった。それどころか腕捲くりもしたくなかった。
それは、成長に対するせめてもの抵抗だろうか。少食のせいか今でも確かに躰は細いけれど、肌にはうっすらと毛が生えてきていた。いつこの美しいソプラノの声が枯れるのだろうか。僕の唯一の自慢の愛らしいこの顔が、いつか、醜くなってしまうのが怖い。僕は大人になることに怯えていた。美しい少年のままで居たい。だから隠さなきゃいけないんだ。
同じ学校の生徒やその家族や近所のおばさんが、僕を美少年だと言って持て囃す。それが僕にとっての守らなくてはならない日常だ。それが崩れたら僕は死ぬ。美しさ以外に生きている価値なんて無い。
ときどき子供の頃の夢を見る。夢の中の自分はいつも半袖を着て、無邪気に笑っている。無駄に抗う僕を嘲笑っているのだろうか。きっとそうだろうな。だってあの頃は、大人になりたくないなんて思ってもなかった。ただ今を生きて、今が楽しくて仕方無くて、自分が美少年だともすら思わなかった。
嗤えよ。好きなだけ嗤ってくれ。外面だけは取り繕うから。
二十作目「半袖」
美少年と夏がすき
蝉が鳴き始めると、嫌でもあの日を思い出してしまう。
油照りに額に滲む汗が目に入る。
涙を拭うようにして擦っても、目の違和感は残っていた。
あの日、僕は少年だった。
バケツいっぱい集めた蝉の抜け殻を、君は嬉しそうに見つめた。
僕の手からそれを奪って、ばらばらと地面に落とす。
それから茶色い小山に近付いて、勢い良く踏み潰した。
クシャ、と音がした。君の笑顔が、まるで僕には天使のように見えた気がした。
もしも過去へと行けるなら、僕はあの日の君に会いたい。
子供だった頃と違って、もう蝉の抜け殻なんて興味は無いかもしれない。あの頃の残虐性は、とっくに成長という名の束縛によって消えてしまったかもしれない。
それでも、無邪気な君が好きだったんだ。
そんな稚拙なアネクドート。ああ、今日も蝉の声が聞こえる。
十九作目「もしも過去へと行けるなら」
あの日の君に会いたい。無邪気な美少年の君に。
蟻の巣に水を注ぐような、蝶の羽を毟り取るような、そんな幼さ故の嗜虐性に惹かれた男の話です。大人になることで失うものもある。
出逢えば必ず別れがありましょう。
それは、光あるところに影があるように、或いは咲けばいつか散りゆく花のように、満ち欠けする月のように、ごく自然なことです。
別れるということは、別段悲しいことでは無いのでしょうか。
しかし、再会という言葉もございましょう。
出逢いがあれば別れがある。別れがあれば出逢いがある。
そうして人々は関係を紡ぐのでしょう。
だから、またいつか、会える日を願って。希望を捨てないで。
もう会えない友もおりましょう。記憶の中に閉じ込められてしまった友が。
でも、忘れなければ。忘れなければ生き続ける。
人の真の死は、誰からも忘れられ、生きていた証が消え去ったときにこそ訪れるものです。
だから、あなたには前を向いて欲しいのです。
新しい出逢いに、まっすぐ向き合ってください。
私はいつでも遠くから、あなたの幸せを想っております。
神様の言葉には棘は無いが、背筋が伸びるような張り詰めた空気が漂ったのは何故だろうか。そのまま、大切なものを失くした俺を、どうしようもない駄目人間の俺を、導いてくれませんか?貴方の道へ。
十八作目「またいつか」
一緒に居た時間が短くとも、なんだかんだで続く交友もある。曖昧が立証済み。
過去に囚われているような気がしていた。
もう別れたのに、他人なのに、別々の人生を歩もうと決めたのに、俺はいつまでも恋人を追い続けている。それが幻影であると分かりながら、美しい輪郭を掴みたいと願ってしまう。まったく愚かだ。
「ただいま」と口に出したのは、あいつの声がまた聞きたかったからだろうか。潜在的な癖に支配されているかもしれない。どちらにせよ、誰も居ない空間からは勿論「おかえりなさい」は聞こえてこなかった。
「そら」
思わず呟いた。そのとき、俺は気がついてしまった。あぁ、俺は、あいつの名前すらまともに呼んでやらなかったんだな。いっそのこと首かっ切って死ねたら良いのにな。
十七作目「今を生きる」
二日すっ飛ばしましたが、変わらず生きております。曖昧です。
いつまでも過去と決別できない。二人だけの、恋がしたいから。