曖昧よもぎ(あまいよもぎ)

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いつからか、半袖を着るのをやめていた。
明確な時期は自分でも分からないけれど、たぶん、中学生になったばかりの頃だった。制服のシャツを母さんが長袖しか買わなかったのもひとつの原因だろう。どんなに暑くても、半袖は着られなかった。それどころか腕捲くりもしたくなかった。

それは、成長に対するせめてもの抵抗だろうか。少食のせいか今でも確かに躰は細いけれど、肌にはうっすらと毛が生えてきていた。いつこの美しいソプラノの声が枯れるのだろうか。僕の唯一の自慢の愛らしいこの顔が、いつか、醜くなってしまうのが怖い。僕は大人になることに怯えていた。美しい少年のままで居たい。だから隠さなきゃいけないんだ。
同じ学校の生徒やその家族や近所のおばさんが、僕を美少年だと言って持て囃す。それが僕にとっての守らなくてはならない日常だ。それが崩れたら僕は死ぬ。美しさ以外に生きている価値なんて無い。


ときどき子供の頃の夢を見る。夢の中の自分はいつも半袖を着て、無邪気に笑っている。無駄に抗う僕を嘲笑っているのだろうか。きっとそうだろうな。だってあの頃は、大人になりたくないなんて思ってもなかった。ただ今を生きて、今が楽しくて仕方無くて、自分が美少年だともすら思わなかった。

嗤えよ。好きなだけ嗤ってくれ。外面だけは取り繕うから。


二十作目「半袖」
美少年と夏がすき

7/26/2025, 7:14:46 AM