曖昧よもぎ(あまいよもぎ)

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7/17/2025, 10:17:56 AM

スケッチをしようと思ったから、家の近くの公園に立ち寄った。そこを選んだのは、なんとなく木漏れ日が幻想的だったからだ。他にはない魅力を感じたんだ。
少し進み、このあたりだろうか、という場所に見当をつけて画材を広げる。そして描き始めようとしたとき、「あ」と思わず声を出した。
揺れる木陰に、美しい少女の姿があったからだ。
僕は彼女を描くことに決めた。人を描くのは慣れていなかったけれど、なんだか彼女もこの公園の一部のように思えた。そのぐらい調和していて、今、なくてはならない妖精みたいな存在だった。
夢我夢中で筆を走らせた。時間を忘れ、没頭した。ただこの美しい風景のすべてを描きたい欲求に駆られていた。何色も絵の具を塗り重ね、試行錯誤しながら光を映し取る。その手作業に魅入られたのは、何年も前の話だ。

あらかた満足した頃、少女は居なくなっていた。出来上がった絵を見せたかったのに、と少し残念な気持ちを、絵の中の彼女に託す。そのとき、口元に微笑を浮かべる少女の左脚が、不自然に描かれていないことに気が付いた。これは、僕のミスだろうか。それとも……


十六作目「揺れる木陰」
曖昧も絵を描くという行為に魅せられているとおもう。いつか生身の人間を描きたい気もあるから、これを書いたのかもしれない。

7/16/2025, 1:23:51 PM

陽炎揺らめく日、摩訶不思議なものを見た。


フリルとリボンで飾り立てられたロリータの球体関節人形が、涼し気な青い目をこちらに向けながら、くるくると踊っている。

それを街を征く人々が、足を止めて、思わず魅入っていた。

とある少年が彼女のドレスの裾を踏んだ。

人形は転び、バラバラに砕け壊れてしまった。

その破片を皆で集めて、口に運び、咀嚼する。

怖くなって、私は逃げ出した。手の中には破片があった。いったいいつ拾ったのだろう。


そんな真昼の夢。


十五作目「真昼の夢」
『胎児の夢』、そして、曖昧の敬愛する江戸川乱歩氏の『白昼夢』を思い出した。人形がすきな気持ちは、幼い子供のようで尊い。

7/16/2025, 9:54:08 AM

あの頃は俺も莫迦だった。今となってはもう黒歴史として消化されつつある恋。もっとできたことはあったんじゃないのか?「好き」の一言ぐらい言えたら良かった。そうしたら、あいつは今も隣に居てくれただろうか。

先日、歯ブラシを一本捨てた。俺の好みじゃない、甘ったるい菓子を胃袋に詰め込んだりもした。ゲーセンでとった大量のメルヘンなぬいぐるみを押し入れに詰め込んだ。ついでにネトフリも解約した。当たり前のようにあったものが、ついに邪魔になり始めた。


「綺麗だ」そう口に出した。他人に興味は無かった。ひとりで生きていくと決めていた。はずなのに、柄にもなく添い遂げたいとなど思った。それすらも烏滸がましかったのだろうか。いや、俺のせいか。確かに最初は顔が好みだったから近づいた。だが、段々距離を縮めると、知らなかった一面が見えて、その度に脈が速くなって、心臓のうるささにまた俺は恋を知っていった。

この世の何よりも苦い味のした恋。しなければよかったと後悔している恋。そんな二人だけの恋。
なあ、最低だったよな、俺。


十四作目「二人だけの。」
いつかの日に書いた「空恋」と対になる物語。

7/14/2025, 11:11:58 AM

蝉の声がする。茹だるような暑さに、滝のように噴きでて顔や服や地を濡らす汗。気が遠くなりそうだ。じめじめとした空気が余計気持ち悪い。こんな気象、いつまで続くのだろう。7月の中旬にも関わらず、僕はうんざりしていた。

赤い夕陽に向かって歩むのも、そろそろやめにしないか。熱中症になって死んでしまいそうだ。それに、夜は間近。休憩する頃合いだ。

「疲れたな…」

こんな旅、早く終わればいいのに。
悪態をつきながら公園のベンチに横たわる。居場所を求め、猛暑を泳ぐ日々への疲労は、この固い木では癒せない。

古びた灯に小さな羽虫が群がっている。蝉の煩い声が鼓膜を震わす。星は見えない。ただ飛行機の光を見つけた。日が落ちても涼しくはなく、汗は滲む。今日は新月のようだ。こんなに晴れているのに月光さえも浴びられないとは。誰かの騒ぐ声。酒瓶の割れる音。なにかの破裂音。叫び声、うめき声。こちらに、近付いてくる足音。
果たしてそんな夏を、望んだだろうか。


十三作目「夏」
曖昧は夏はさほど好きではない。暑いのが嫌いだ。かと言って、寒いのも嫌い。最近は温度差で風邪を引いて、声が満足に出せないのが辛かった。皆様も、体調には気をつけてください。

7/13/2025, 12:43:25 PM

「犯人は、あなただ!」

探偵の声がホールに響き渡る。指を差された男は動揺しながら探偵に抗議を始めた。あぁ、なんて滑稽だ。彼の推理は完璧であり、今まで一度たりとも外れた事は無い。正に世紀の大天才と呼ぶべきだろう。間違っている筈無いのに、どいつもこいつも自分の悪事を認めずに足掻き続ける。どうしてそんな恥知らずな事が出来るのか不思議でならないな。俺は連れて行かれる男の背中を、心の中で嘲笑いながら見送った。まことに清々しい気分である。


「今回の事件も、お疲れ様」
優雅に珈琲を啜る探偵と向かい合うと、妙な緊張感がある。睫毛の長い三白眼に見つめられると、腹の底の底まで見透かされている感覚になって背筋が凍るのだ。
茶封筒には約二十万円。事件に立ち会って与えられた脚本を覚えて演じるだけでこんな大金が貰えるなんて、美味しい話がすぎる。身の危険に遭う事も一度も無く、無職で取り柄もない俺はこんな仕事とも言えない馬鹿げた遊びに縋っていた。
「君の演技力はやはり良いね。いつも僕を素晴らしい探偵に仕立ててくれる……ありがとう」
推理力?洞察力?そんなもの、コイツは持ち得ない。あるのは人を欺く力。そしてシナリオを描き、それ通りに傀儡共を動かす人心掌握力である。まるで、嘗てドイツを率いた彼のようだ。求められるのは気分が良い。
「次は美術館に行こうか。あの“怪盗”使えそうなんだ」
探偵もどきは空になったカップを静かに机に置く。彼の持ち前の品の良さは、演技では到底表現できないものだ。
この男は探偵では無い。いや、正確には、無くなった。ある日を境に、自作自演の事件に犯人をでっちあげるようになった。協力者を雇い、何も知らない犯人役を孤立させ、警察さえも味方につける。おっかない奴だ。だがそれ以上に美しい。なめらかに紡がれる虚言が耳を孕ませ、頬を紅潮させるのだ。もはやオルガズムの域である。
何が彼を狂わせたのか、俺には分からない。分かったとしても、どうせ俺はただの道具であり駒なのだから、意味など無いのだけれど。


十二作目「隠された真実」
久々に小説らしいものを書いた。探偵と怪盗はロマン。

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