「犯人は、あなただ!」
探偵の声がホールに響き渡る。指を差された男は動揺しながら探偵に抗議を始めた。あぁ、なんて滑稽だ。彼の推理は完璧であり、今まで一度たりとも外れた事は無い。正に世紀の大天才と呼ぶべきだろう。間違っている筈無いのに、どいつもこいつも自分の悪事を認めずに足掻き続ける。どうしてそんな恥知らずな事が出来るのか不思議でならないな。俺は連れて行かれる男の背中を、心の中で嘲笑いながら見送った。まことに清々しい気分である。
「今回の事件も、お疲れ様」
優雅に珈琲を啜る探偵と向かい合うと、妙な緊張感がある。睫毛の長い三白眼に見つめられると、腹の底の底まで見透かされている感覚になって背筋が凍るのだ。
茶封筒には約二十万円。事件に立ち会って与えられた脚本を覚えて演じるだけでこんな大金が貰えるなんて、美味しい話がすぎる。身の危険に遭う事も一度も無く、無職で取り柄もない俺はこんな仕事とも言えない馬鹿げた遊びに縋っていた。
「君の演技力はやはり良いね。いつも僕を素晴らしい探偵に仕立ててくれる……ありがとう」
推理力?洞察力?そんなもの、コイツは持ち得ない。あるのは人を欺く力。そしてシナリオを描き、それ通りに傀儡共を動かす人心掌握力である。まるで、嘗てドイツを率いた彼のようだ。求められるのは気分が良い。
「次は美術館に行こうか。あの“怪盗”使えそうなんだ」
探偵もどきは空になったカップを静かに机に置く。彼の持ち前の品の良さは、演技では到底表現できないものだ。
この男は探偵では無い。いや、正確には、無くなった。ある日を境に、自作自演の事件に犯人をでっちあげるようになった。協力者を雇い、何も知らない犯人役を孤立させ、警察さえも味方につける。おっかない奴だ。だがそれ以上に美しい。なめらかに紡がれる虚言が耳を孕ませ、頬を紅潮させるのだ。もはやオルガズムの域である。
何が彼を狂わせたのか、俺には分からない。分かったとしても、どうせ俺はただの道具であり駒なのだから、意味など無いのだけれど。
十二作目「隠された真実」
久々に小説らしいものを書いた。探偵と怪盗はロマン。
7/13/2025, 12:43:25 PM