曖昧よもぎ(あまいよもぎ)

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7/13/2025, 12:43:25 PM

「犯人は、あなただ!」

探偵の声がホールに響き渡る。指を差された男は動揺しながら探偵に抗議を始めた。あぁ、なんて滑稽だ。彼の推理は完璧であり、今まで一度たりとも外れた事は無い。正に世紀の大天才と呼ぶべきだろう。間違っている筈無いのに、どいつもこいつも自分の悪事を認めずに足掻き続ける。どうしてそんな恥知らずな事が出来るのか不思議でならないな。俺は連れて行かれる男の背中を、心の中で嘲笑いながら見送った。まことに清々しい気分である。


「今回の事件も、お疲れ様」
優雅に珈琲を啜る探偵と向かい合うと、妙な緊張感がある。睫毛の長い三白眼に見つめられると、腹の底の底まで見透かされている感覚になって背筋が凍るのだ。
茶封筒には約二十万円。事件に立ち会って与えられた脚本を覚えて演じるだけでこんな大金が貰えるなんて、美味しい話がすぎる。身の危険に遭う事も一度も無く、無職で取り柄もない俺はこんな仕事とも言えない馬鹿げた遊びに縋っていた。
「君の演技力はやはり良いね。いつも僕を素晴らしい探偵に仕立ててくれる……ありがとう」
推理力?洞察力?そんなもの、コイツは持ち得ない。あるのは人を欺く力。そしてシナリオを描き、それ通りに傀儡共を動かす人心掌握力である。まるで、嘗てドイツを率いた彼のようだ。求められるのは気分が良い。
「次は美術館に行こうか。あの“怪盗”使えそうなんだ」
探偵もどきは空になったカップを静かに机に置く。彼の持ち前の品の良さは、演技では到底表現できないものだ。
この男は探偵では無い。いや、正確には、無くなった。ある日を境に、自作自演の事件に犯人をでっちあげるようになった。協力者を雇い、何も知らない犯人役を孤立させ、警察さえも味方につける。おっかない奴だ。だがそれ以上に美しい。なめらかに紡がれる虚言が耳を孕ませ、頬を紅潮させるのだ。もはやオルガズムの域である。
何が彼を狂わせたのか、俺には分からない。分かったとしても、どうせ俺はただの道具であり駒なのだから、意味など無いのだけれど。


十二作目「隠された真実」
久々に小説らしいものを書いた。探偵と怪盗はロマン。

7/12/2025, 1:37:29 PM

風鈴の音を聞く度に、消えたあなたを思い出してしまって、涙がとどめなく溢れてくるのです。私もいずれ、そちらに往きましょう。


ここは人の少ない簡素な村。独特な因習の根付く田舎です。あなたは、私の婚約者でございましたね。面白で、鼻筋の通った美男であると有名だったあなたが、真逆私のような小娘とだなんて、それはもう夢のようでした。遠い雲の上の存在とお近づきになると、逆に興奮などはせず、自分の浅ましさを嘆くものです。それでも、あなたは私に優しかった。無愛想ながらも、頭を撫でられると多幸感に包まれて、淡々とした低いけれど澄んだ声で囁かれる愛には、私は何度も救われていた。本当です。

神隠し、と言うべきでしょうか。縁側にふたり座っていた夏の日、あなたは姿を消した。それも、刹那のうち、風鈴の音がちりん、と鳴った瞬間に。はじめからそこに誰も存在していなかったかのように、私は世界にひとり取り残された。どんなことをしても、満たされない気分でございました。


あなたは今、どこに居るのでしょうか。もし孤独な娘を哀れむ心があるのならば、風鈴の音と共に、どこからか現れて頂けませんか。満月を見ましょうと申されましたのはそちらでしょうに。寂しさに枕を濡らす夜の、どれほど辛いことか……


十一作目「風鈴の音」
曖昧は柔らかな古風な語りがすき。漢語だらけの固い文章もすき。

7/11/2025, 2:11:35 PM

目を閉じて、殻に籠もって、現実の嫌な事から目を背け、自身の精神安定に全力を注ぐ。
体力も、供給の為の栄養剤も持ち得ず、全てを捨て去る覚悟も出来ず此処に留まり続けて、ただ、心だけ、逃避行。
体躯だけはいつも在るのに、幽体離脱の如く、中身だけがすうっと抜けていくように、肉体のみ淋しげに取り残される。
周りからの干渉も受ける事無く、騒がしい場所を孤独に過ごして、一日一日が鬱屈で、空虚で、一体何の意味があるか分からず、生きているから生きている。そんな馬鹿げた事を真顔で、いとも真剣にやり過ごして、己の首を絞める真似だけをして、あなたは縄の結び方も知らないでしょう。
否定の言葉を遮りたいのであれば、前に進むか後ろに下がるかしなくてはなりませんが。それとも圧倒的な防御力が、あなたにあるとお思いですか。いいえ。そうではありません。
心だけ、逃避行。そうやって自己防衛したつもりでも、害を成す相手には1ダメージも与えられないのです。そうしてまた咳き込むのです。呼吸も出来ずに苦しむのです。

そんなあなたの姿も、かみさまは見ているのでしょうか。そうでないで欲しいのは、傲慢でしょうか。



十作目「心だけ、逃避行」
自己嫌悪に塗れた気高く醜い人間の自白のようなものでした。最近の曖昧は詩や純文学、自由律に手を伸ばしつつある。たのしいです。

7/10/2025, 11:31:01 AM

いつも通る帰り道の、謎の分岐路の反対側を行くこと。

いつもなら買わない、高いチョコレートを買うこと。

子供の頃好きだった本を、もう一度読んでみること。

よく見る花の名前を知ること。

目を閉じて、周りの音を聴いてみること。

いつも通り過ぎている、おしゃれな服屋に入ること。

まだあまり仲良くない後ろの席の人に、話しかけてみること。

大雨の中で外に出て、びしょ濡れになること。

いつまでもあって欲しいと思うケーキ屋を見つけること。

なんとなく、母校を訪ねること。

布団の上に大の字になって、天井を見つめながら妄想すること。



それら全てが冒険であり、偉大なる冒険の一歩目である。


九作目「冒険」
子供の頃、児童小説をよく読んでいた。幼い曖昧にとって、それは冒険とも言えるほど、没頭できる美しい世界であったのです。『アルセーヌ・ルパン』シリーズがいちばんすき。小児陶酔する程の美青年。

7/9/2025, 1:34:10 PM

とある者は言った。人の死に美しさなど、兵器に美しさなど、必要ないのだと。その瞬間、僕は初めて他人に殺意を抱いた。


僕の研究はいつも、周りには受け入れられないものばかり。交友関係など持たずに、いつでもどこでもひたすらに研究。授業中でも構わない。食事中でさえ、そのことで頭がいっぱいになる。まさに四六時中と言った具合だ。そして実験、工作。そんな僕は、気味が悪いと蔑まれ、罵られることは日常茶飯事だった。“かみさま”だけが僕を肯定してくれた。

「君がつくったものが、いつか、誰かを救う」
「でも、それはいつだって君の知らないところで、君の知らない日で、君の知らないひとだ」かみさまは言った。

僕は、僕の作品達を、大切な子供達を、届けたい。苦しみ飢える人に。それを必要とする人に。それが叶うなら、命だってなんだってくれてやるさ。




――――後のインタビューにて、彼は語った。
『嫌だったんでしょう、自分がではなくて、誰かが莫迦にされたように感じて。どんなに悪趣味だと思えても、この世界に生きるたったひとりでも、僕の発明が必要であれば、それを肯定すべきだと思います。僕は、ただ、誰かの心の傷に寄り添っていたいだけですよ。名前も、顔も、住所も、年齢も、何もかもが分からない、けれども確かに存在している誰かを、救いたい』
我が社のインタビューの四日後、彼は自宅で亡くなった。遺書があったため、自殺と見て間違いないだろう。そこには“かみさま”という謎の人物に対する狂愛と嫉妬、はたまた羨望が綴られていたと言う…。


八作目「届いて.....」
僕のかみさまは、誰かのかみさま。僕だけのかまさまはどこ?
曖昧は無宗教ですが、美青年狂信者と言っても過言ではありません。

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