風鈴の音を聞く度に、消えたあなたを思い出してしまって、涙がとどめなく溢れてくるのです。私もいずれ、そちらに往きましょう。
ここは人の少ない簡素な村。独特な因習の根付く田舎です。あなたは、私の婚約者でございましたね。面白で、鼻筋の通った美男であると有名だったあなたが、真逆私のような小娘とだなんて、それはもう夢のようでした。遠い雲の上の存在とお近づきになると、逆に興奮などはせず、自分の浅ましさを嘆くものです。それでも、あなたは私に優しかった。無愛想ながらも、頭を撫でられると多幸感に包まれて、淡々とした低いけれど澄んだ声で囁かれる愛には、私は何度も救われていた。本当です。
神隠し、と言うべきでしょうか。縁側にふたり座っていた夏の日、あなたは姿を消した。それも、刹那のうち、風鈴の音がちりん、と鳴った瞬間に。はじめからそこに誰も存在していなかったかのように、私は世界にひとり取り残された。どんなことをしても、満たされない気分でございました。
あなたは今、どこに居るのでしょうか。もし孤独な娘を哀れむ心があるのならば、風鈴の音と共に、どこからか現れて頂けませんか。満月を見ましょうと申されましたのはそちらでしょうに。寂しさに枕を濡らす夜の、どれほど辛いことか……
十一作目「風鈴の音」
曖昧は柔らかな古風な語りがすき。漢語だらけの固い文章もすき。
7/12/2025, 1:37:29 PM