突然だが、俺はチキンである。ビビリとも言う。
要するに、怖がりなのだ。
さて、そんな俺だが、今日は、今日こそは好きな人に思いを伝えたいと思った。
今日はエイプリルフール。すなわち、嘘をついてもいい日。
告白が成就しなくなって、冗談として誤魔化せる。
我ながら情けないくらい格好悪い言動だとは思っている。
しかし、怖いのだ。
なんせ、相手は十年来の親友。まだおむつを履いていたような頃から知っている相手で、かつ同性。
告白ハードルはマックスレベルだろう。
だからこそ、エイプリルフールとして誤魔化しやすくもある。
普通に考えて、十年も前から友達としてつるんでいる男に、真剣な告白を、それもエイプリルフールにされるとは思わないだろう。
ということで放課後、奴を学校の校舎裏に呼び出した。やり方は古典的に、下駄箱に手紙を突っ込んできた。
案の定、手紙片手にノコノコ現れた奴の前に立ちはだかる。
ぽかんとしている彼をものともせず、俺は渾身の告白をした。
噛み噛みで、ベタで、格好悪い。けれど、精一杯思いは込めた。
しばらく空いた無言の間が、永遠にも感じられた。
それから、彼は笑い出して、大声で笑っていた。
ああ、振られる。
そう思った。冗談として受け止められるのが関の山で、下手したら友達にも戻れないかもしれない。顔が上げられなかった。
「いいよ、付き合おっか。」
下げていた顔を思わず上げた。
相変わらず笑っている彼の顔はいたずらっぽくニヤついていて、嘘か本当か分からない。
エイプリルフールの冗談として受け止められて、同じく冗談で返されたのかもしれない。
「や、やだな……冗談に決まってんだろ?」
本当の返事が怖くて、本心を悟られるのも怖くて、そう誤魔化した。
が、彼に思いっきり顎を掴まれて、ばちりと目を合わせられる。
「ねぇ。エイプリルフールで嘘ついていいの、午前中だけだからね?」
硬直して、血の気が引いて、しかしさっきの奴の言葉を思い返して今度は顔が真っ赤になった。
頬が熱い。多分、首まで赤い。
こうして、俺の世界一情けない告白は、飄々とした奴の手のひらで踊らされながらも成就した。
冗談みたいな、奇跡の話だ。
テーマ:エイプリルフール
友達が結婚した。
華やかで、厳かで、けれど温かく柔らかい。そんないい式だったと思う。
新郎のスピーチで、彼はずっと幸せそうにはにかんでいた。
彼女を幸せにするのだと何度も繰り返して、キラキラした将来への展望を紡いでいた。
皆笑顔で、新郎新婦の幸せを祈るように温かい雰囲気だった。
僕一人だけが、笑っていなかった。
僕と彼、共通の友達は僕のことを心配して様子を伺ったりしてくれていたけれど、曖昧な笑顔に包んで全部隠してしまった。
皆が感動で泣いているのに、僕は、僕だけは、どうしようもない喪失感と、安堵と、得体の知れない感情が渦巻いている。
それがどうにも気持ち悪くて、口角を保っていられなかった。
何度も何度も魔が差しかけた。
香典を包む時、いつか別れるように四万を包みかけた。
素直に祝える気がしなくて、いっそ黒のネクタイで行ってやろうかと思った。
そんな、非道で馬鹿みたいな考えが頭を埋めて、でも怖がりな僕は結局その全てを実行することは無い。
受付の時に二人の幸せを願った口があまりに悍ましくて、でもどう見たって二人はお似合いで、口から出せなかった本音が雫となって目を覆った。
彼らはきっと、僕なんかがいなくなったって、たくさんある人生のパズルのピースが一つ欠けるだけなのだ。
気になりはしても、それが致命的な何かになることは一生無い。
でも、僕が今日失ったのは彼との全部だった。
僕の人生のパズルの根底を成していたピースが、ごっそりなくなった。
不安定になって、上にたくさん積んでいたはずの平穏が崩れていく。
白い箱に丁寧に包まれたバームクーヘンは、甘くてきっと美味しいのだろう。
僕は、やっぱりそれを食べることはできなかった。
友達の家庭の幸せと一緒に、カビて腐って、手も付けられなくなればいいと、そんなお呪いをかけてしまった。
テーマ:幸せに
前々から、薄々思ってはいた。
例えば、肌寒い時。僕は大抵面倒くさがって上着を持ってこない。それで、下校時刻になっていつも後悔する。そうすると、
「センセーすげー追ってきてさぁ……めっちゃ暑い……これ持ってて。」
何故か廊下を全力で走ってきて、カーディガンを僕の肩に掛けていったり。
或いは、朝寝坊しかけて弁当を忘れてきた時。売店に不慣れな僕は競争に負けてひもじい思いをしていると、
「母さんまたアホみたいな量詰めてきた……助けて……」
なんて、米と唐揚げがギッチギチに詰まったタッパーを持ってきたり。
そんな風に、やたら都合のいい幼馴染がいるのだ。
何も考えずに享受していたが、よく考えると中々不自然だ。
それで、奴の行動の謎を見破ってやろうと、暇を持て余した僕は奴の後をつけてみた。
早朝、隣の家の窓を覗き込む。中々に不審者だが、幼馴染特権で許してほしい。
奴は天気予報を見て、学ランの上からカーディガンを羽織った。前僕に貸してくれたやつだ。
着替え終わった奴は、2階の自室から下りて朝食を食べている。
「あ、母さん。俺今日部活あってたぶんお腹空くからさ。前みたいに弁当多めにしといてよ。」
奴の母は、タッパーの蓋が閉まるか怪しいレベルで米と肉の炒め物を詰め込んでいる。なんだか見覚えのある容器だ。
と、不意に奴が振り向いた。
「……で、いつまでそこにいんの?もう遅刻するよ?」
奴の家のリビングの時計を見上げた。普段家を出る時間まで、5分もない。
大慌てで庭を飛び出して、着替えて、寝癖もそのままに玄関先で待っていた奴と合流した。
「今日ちょっと寒いね。」
確かに肌寒いが、まぁ下校までにはきっと上がるだろう。
「……ちなみに、お弁当持った?」
「…………あっ。」
鞄が軽い。もう電車に乗ってしまった。取りに帰ることもできない。
寝癖をぐしぐしと直すがてら頭を抱える僕を見つめる奴の目を、僕はあまりよく見ていなかった。
テーマ:何気ないふり
シンデレラも、白雪姫も、美女と野獣も。
さもハッピーエンドのように飾り立てられたお伽噺のそのどれもが、真にハッピーエンドとは言えないのだ。
王子がプリンセスと幸せなキスをして、めでたしめでたし。
本当に?
昔から、こんなことばかりを考えている子供だった。
保育園の読み聞かせの時間、先生に何度もこの質問を投げかけて困らせたことは数しれず。
親にだって呆れられた。
『お姫様も王子様も、想いあって結婚できたんだから幸せでしょ。』
溜息混じりに言われた言葉が、どうしても僕には信じられなかった。
ヴィランとして登場するキャラクターにだってそれぞれの人生があって、考えがあって、そうやって生きているはずなのだ。
それらを全て切り捨てて、「悪役を成敗してお姫様は幸せに暮らしました。」なんてエンドがハッピーだとは、僕は思えない。
誰かのハッピーエンドは、別の誰かから見たらバッドエンドなのだ。
そんな僕の人生は、この考えにいつも振り回されている。
他人の幸せを傷付けるのを恐れるあまり、自分の人生のハッピーエンドを選び損ねている。
結局この世界は、誰かがバッドエンドにならないとハッピーエンドは勝ち取れないのか。
そんな冷めた絶望を半ば抱きつつあった。
そんな折、僕は王子様に出会ってしまった。
ありとあらゆるバッドエンドを全て鼻で笑うような、そんな傲岸不遜な男の子。
僕が他人を傷付けるのを恐れて何かを諦めようとすれば、その選択を笑い飛ばして、僕が諦めた何かを別の所から持ってくる。
持ってきた先の子は、別のものを貰って、幸せそうに笑っていた。
誰より傲岸不遜で、傲慢で、けれど皆の太陽みたいな王子様。
僕は初めて、他の誰がバッドエンドになったって、彼と見るハッピーエンドが見たいと、彼なら、こんな僕と一緒でも誰も傷付けずハッピーエンドを見せてくれると、そう思ってしまった。
テーマ:ハッピーエンド
生まれは最悪、育ちも最悪、覚えた技術は暴力のみ。
そんな人間が行き着く先が裏社会以外にあるのなら、誰か俺に教えてほしかった。
今の仕事に不満はない。
かつての父親や母親に似た社会の塵を、ひたすらに殴って、蹴って、取り立てて浄化する仕事だ。
当然法律には違反しているし、見つかれば捕まる。
けれど、昔の俺を拾ってくれたボスのためなら、それでもいいと思えるくらいには、俺はボスの忠犬だった。
そんな俺が捕まった時、唯一心残りになるであろう男がいる。
現在進行系で銃声を響かせる、今真隣に居る男。
コイツは、数年前にボスが拾ってきた、俺と似たようなガキだった。
世界を諦めて死んだような目に、やたら痩せ細った体。無駄に伸びてしまった身長と、激しい暴行の痕。
ボスがコイツの世話を俺に任せたのも、俺が一番、こういう奴の心情を知っているからかもしれない。
コイツは俺によく懐いた。
これまで誰からも顧みられなかった者に、俺が3食を与え、安全な家と寝床を与え、上手くできていたか自信は無いが、紛いなりにも愛してやった。
それなりにコイツへの愛着はあったし、俺なりに可愛がってやったと思う。
その成果か、成長したコイツは長いこと空席だった俺のバディに立候補し、見事その枠に収まってみせた、というわけだ。
小さい頃を見てしまったのも相まって、俺が捕まったら、コイツはどうなってしまうのかと、心残りなのだ。
だが、最近少し気になることもある。
もちろん、奴のことは心配しているし、まだ可愛がっている。
子供扱いするなと拗ねられることもあるが、俺だって、初めて自分一人で面倒を見た子供が可愛くて仕方ないのだ。
そんなガキの目に、最近妙な色が混じっている、気がする。
幼少期に金で俺を好き勝手した大人達と似たようでいて、それとは少し違う色。
何かは分からないが、あの目を見るとどうにも動けなくなる。
今日も背中に絡みつくような視線を感じながら、すっかり俺の身長を抜かしてしまった彼を連れ、俺は任務へ向かった。
振り返ることはしない。振り返ってしまったら、またあの目を見てしまったら、また、動けなくなってしまう気がしたから。
テーマ:見つめられると