真宵子

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9/8/2025, 4:06:53 PM

「ヤベー!さっきすれ違った女子めっちゃいい匂いした!」
「お前キモすぎ」
男子高校生が繰り広げる、どこにでもありふれた低俗な会話。大人から見れば、青くて眩しくて少しだけ痛い、青春の美しき1ページに映るのかもしれない。けれど、当事者もそう感じているとは限らないのだ。
昔からそうだった。俺の良いと思ったものは、皆にとって「ありえないもの」だった。俺はいつも少数派で、多数決で自分の要望が通ったことは一度も無い。俺の考え方は、きっと普通の人とどこか違うんだろう。とどこかで諦めて、冷めた目で世界を見つめていた。
とはいえ、これまでは少数派で困ることはそんなに多くなかった。少しだけ残念に思うことはあっても、本気で多数派になりたいなんて望んだことも無かった。ケーキの味だとか、遊びの種類だとか、精々その程度のことだった。だから、ここまで本気で、「普通」を望んだことが無かったんだ。
もし俺が普通だったら、胸を張って堂々とお前の横に並べたのだろうか。もし俺が普通だったら、もっとちゃんと顔を上げてお前の顔を見られたんだろうか。ぐるぐると考えは巡って、俺の視線をさらに床に押し付ける。こんなもしもを考えている時点で、普通とは程遠いというのに。
女の子を好きになれなかった。小さくて柔らかくて、華奢でふわふわしたような子を可愛いと思うことはあっても、所詮可愛い止まりなのだ。そこから「好き」に繋がらない。かといって、男子が好きかと問われれば、それもまた何か違う気がする。好きな人なんてできたことが無かったから、気が付かなかっただけかもしれないが。
お前に出会って初めて、俺は恋愛感情を正しく理解した。それと同時に、また世界のレールから外れたようなものすごい自己嫌悪と焦燥で死にそうになった。
今日もまた、俺はお前の男子高校生らしい話を聞き流す。お前が嬉々として語る隣のクラスの可愛い女子より、頬を紅潮させて興奮した様子で話すお前を可愛いと思ってしまった。友人数名とお前が、所謂恋バナをしているのが耳に入る。俺はクールを気取ってスマホに視線を落とすが、その画面には何も映っちゃいない。
もし、俺が、あるいはお前が、可愛くて華奢で、いい匂いがして柔らかい女の子だったら。俺は、「普通」の仲間入りができたのかもしれないのに。
ありもしない空想を思い描きながら、俺はまた間違いを恐れて何も言えなかった。

テーマ:仲間になれなくて

9/7/2025, 6:14:57 PM

君は晴れ男だった。君が参加する行事はいつも晴れていて、空は一片の雲さえ見当たらなかった。それに、いつも皆の中心にいて、側にいる人を皆照らす、本当に、太陽みたいな人だった。
僕はその反対で、誰より酷い雨男だった。遊びに誘われても、僕がいるといつも雨だからいつからか誘われなくなった。話すのも下手だから、僕に話しかけてくれるのなんて本当に君くらいだった。雨さえ照らせるほどの光を持ったのは、太陽だけだったんだ。
だから、皆錯覚していた。太陽はいつまでもそこにあって、いつまでも温かく、優しく僕らを照らしてくれると。僕は知らなかった。太陽が時に、この身を焦がすほどの熱でもって呪うことを。太陽には、近付きすぎちゃいけなかったんだ。
そのことに気が付いたのは、君が居なくなってからだった。あれだけ明るかった君が、僕の頭くらいの壺に収まってしまった。いつもカラフルな色に囲まれていた君に似合わない、白と黒がその場に広がっていた。僕は、君が居なきゃダメなんだ。
君の葬式は雨だった。晴れ男だった君は、死んだら効力を失うらしい。雨男の僕が参加したせいか、晴れ男の君が死んだことを天が悲しんだのか、先が霞んで前も見えないくらいの大雨だった。
太陽が滅んでしまってから、僕は仄かに残った熱で酷く焼かれた。君が綺麗に埋めてくれた穴の中身が全部焼け落ちて、その灰さえ残さず風がさらっていってしまった。僕には何が遺されていたのか、もう分からない。
あれだけ眩しかった君を失っても、皆はすぐに立ち直った。他に埋めてくれるものがあったから。でも、僕は違った。君の遺した熱が冷めてしまわないように守りたいのに、僕が降り続かせる雨はそれを許さない。僕が生命活動を続ける限り、君は僕の中から失われていく。そんなの、許せないじゃないか。
月は太陽に照らされて、ようやくその姿を見せられる。でも、その光は永遠じゃない。間に別の邪魔者が入って、その温かな光を遮ってしまう。非力で無力でどうしようもない月は、太陽に焦がれながら邪魔者の陰に食われるしかない。けれど、それだけじゃ嫌だった。
晴れだけじゃ田畑は乾ききって枯れてしまう。けれど、雨だけでは川も海も暴れ狂って、他の全てを飲み込んでしまう。僕と君は、どちらか一方が欠けたら終わりだったんだ。
だから、僕は君に逢いに行くことにした。

テーマ:雨と君

9/6/2025, 5:44:05 PM

トントンと紙の端を軽く机で揃え、教卓に置いておく。教師としてこの学校に来て、早半年が過ぎた。元々この学校の出身だった俺は、ここに赴任が決まった時、正直面倒だと感じた。
市内でも群を抜いて治安が悪いと有名な地区の、偏差値もあまり高くないような学校だ。当然、内部は荒れに荒れていた。そこら中で不良の集団が屯し、辺りを見渡せば一組は喧嘩中のヤンキーが目に入る。当たり前のように授業は授業とも呼べないような物に成り下がり、教師の地位は奴隷なんかと同等だと思えるほど低い。強ければ偉い、弱者は踏み躙られて当然。そんな学校だった。
学生時代、俺は例に漏れず荒れていた。毎日喧嘩やら恐喝に浸り、気に入らなければ殴って捻じ伏せた。授業なんてろくに聞いてもいなかったし、ノートなんて買った記憶すら無い。
そんな俺が教師になって戻って来るなんて、あの頃は考えもしなかった。この学校に配属された当初、俺はやはり教師としての洗礼を受けた。教室に入ろうとした瞬間かけられた水に、教室を埋め尽くした笑い声。ああ、戻って来たんだ、とそこで初めて心底実感した。
けれど、不良というのは案外扱いやすいものだった。良くも悪くも、馬鹿で暴力が好きな彼らは単純なのだ。少しだけそれっぽいことを言って、仲間意識を植え付ける。それだけで、彼らは俺の授業を熱心に受けるようになった。国語の授業としては失格なくらい汚い言葉で教えたが、元々この学校に居た俺にはそれが合っていたらしい。丁寧に教えるよりも、ずっと分かりやすく教えられた自信がある。
放課後、誰も居なくなった教室。俺が来た当初は荒みきり、スプレーの落書きとゴミが散乱していた床は、今や古びてはいるが清潔感を保っている。ひび割れて穴が開いていた壁も、生徒達に少し言えば自分から直すようになった。誰もいないのに、この教室には生徒達の息吹が溢れている。
ロッカーには一人一人の性格がよく表れていて、今ではもう見るだけでなんとなく誰のロッカーか分かるようになった。夜の学校は寂しいはずなのに、この教室があまりにも彼ららしくて、俺は寂しさを感じる暇さえありそうになかった。

テーマ:誰もいない教室

9/6/2025, 3:07:58 AM


空は晴れ渡り、少し色付き始めた木々の葉は、それでもまだ青さを保っている。視界に広がった、まるで宇宙から見下ろした地球そのもののような色。雀の鳴き声が飛び交う中、この頃下がってきた気温を感じさせる秋風に吹かれながら、僕は玄関に鍵をかけた。行き先は駅だ。そんなに本数の多い路線ではないから、少し早めに家を出る。
無事電車に乗り、目当ての駅で降りる。昨日まで降り続いていた雨が止んだらしい、なんだか空気もいつもより澄んでいるような気がした。未だ乾かない水溜まりに空が反射して、道の向こうの海と繋がって見える。自分まで海の中心にいるような一面に広がった青。そのせいで深海へ沈んでいくような錯覚を覚えながら、僕は見慣れた田舎道を進んでいった。気分は晴れ晴れとしていて、心なしか体も軽い気がする。普段より少しだけ速く、目の前の坂を駆け下りた。
自分の真横に広がる山々の木が、今日はやけに喧しい。風に吹かれて、ざあざあと揺らぐ音がした。視界に広がっていた緑色の草むらは、段々と田園風景へと変化していく。
頭を垂れ、軽やかな鈴の音のような音を立てて稲穂が揺らめいている。黄金色に染まった田んぼは、先ほどまでの晩夏の残る風景を塗り替えて秋の訪れを僕に報せた。
この辺りは気温が下がるのも早かったようで、もうすっかり秋景色だ。黄色に色付いた銀杏は、今朝僕が見たものよりずっと鮮やかだった。小さな子どもが2人並んだデザインが描かれた標識も、古びてしまって銀杏の黄色にかき消されてしまいそうだ。あまりにも綺麗で、僕は歩く速度を少し落として見惚れてしまった。
ふと、桜の大木が目に入る。そろそろ目当ての場所に着く合図だ。桜の葉は紅葉して真っ赤になっていた。葉が散る寸前のこの色は、儚くも美しい桜の花を思わせる。丁度春にこの桜を一緒に見た幼馴染に久しぶりに会えるのだ。僕の気分は上々で、桜の葉と同じくらい、僕の頬も紅潮していた。
ちらちらと、視界に人工的な赤色が混じる。至る所に、真っ赤なカラーコーンが置かれていた。普段はあまり見かけないような、新品に近いそれは、周囲の自然らしい少しくすんだ色とは違って、本能が危険だと訴えるような色をしていた。
目当ての場所、幼馴染のアイツの家。普段ならば、植えられた松の木の落ち着いた緑色が迎えてくれる玄関。しかし、今日はいつもと違っていた。いつの間にか切ってしまったらしい、松の木は見当たらない。代わりに目に飛び込んできたのは、立ち入り禁止の黄色いテープと、赤く明滅するパトライト。頭が真っ白になった。
開いたドアの隙間から、アイツが僕を見ていた。見開かれた目に生気は無くて、その目は濁りきっている。見慣れた玄関には、何か、真っ赤な液体が広がっていた。
その赤に縫い付けられたように、僕の身体は動かなくなる。顔から血の気が引いて、顔が真っ青になるのを、どこか客観的に、ぼんやりと感じていた。

テーマ:信号

9/4/2025, 6:10:07 PM

俺にはある悪癖があった。何でもかんでも後回しにして、土壇場になって焦りだす悪癖が。とはいえ、今まではなんとかなっていた。提出しなければならない課題だって、ギリギリではあったが間に合っていた。申し込み期限なんかもギリギリに終わらせていた。何とかなると、思っていた。
けれど、あの日、あの一回だけは、どうにもならなかった。後で言おう、まだ様子を見ようと先送りにし続けていた。元々の怠惰な性格に加えて、これを口に出してしまうことへの若干の怯えもあった。ずっと、言おう言おうと思い続けるだけで、行動できなかった。
この日のためにわざわざ買ったスーツをおろして、いつか2人で見た入道雲のように真っ白なネクタイを締める。普段日常ではあまり見ない色は、俺の喪失感を刺激するには十分だった。
会場に着いて祝儀を渡す。貧乏学生にはそれなりの金額ではあったが、自身の想いと決別するためにも惜しみなく包んだ。わざわざ銀行まで行って換えてきた新札は、普段見慣れたものより若干色が濃く見えた。
いよいよ、アイツが入場してきた。パートナーと腕を組んで、仲睦まじい様子で、よく磨かれた床の上を歩いてくる。真っ白な布に包まれて、心底愛おしそうな目で相手を見つめる視線に、ああ、本当に終わりなのだと思わざるを得なかった。今なら、泣いたって許されるだろう。精々、友達の結婚式で号泣する友人思いの人、程度の目しか向けられない。俺はもう、滲む視界を食い止める方法は持ち合わせていなかった。
アイツの相手は、アイツに相応しいだろう人だった。明るくて、愛嬌があって、少し不器用だけど一生懸命で。何より、俺と違って言葉を紡ぐ勇気があった。何もかも、俺とは真逆の存在。少し話しただけでいい人なのが伝わってきて、それがむしろ俺の心を傷付けた。
帰ってきて、引き出物の入った袋を床に投げ捨てる。行き場のない感情が胃の中で渦巻いて、俺は新品のスーツのままゴミ箱に頭を突っ込んだ。きっと、今の俺の顔は到底人には見せられない。涙も涎も鼻水も、吐瀉物さえ垂れ流した顔は恐らく酷い有様だろう。
こんなに苦しむくらいなら、さっさと言っておくんだった。関係が壊れるのを恐れて、先延ばしになんてするんじゃなかった。いっそ、はっきり断られた方がマシだった。これは、周りを皆等しく照らす太陽みたいなアイツに、友達以上の想いを抱いてしまった俺への天罰なのだろうか。
俺は盛大に嘔吐しながら、あの日言えなかった言葉たちも一緒にゴミ箱に吐き捨てた。

テーマ:言い出せなかった「」

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