「ヤベー!さっきすれ違った女子めっちゃいい匂いした!」
「お前キモすぎ」
男子高校生が繰り広げる、どこにでもありふれた低俗な会話。大人から見れば、青くて眩しくて少しだけ痛い、青春の美しき1ページに映るのかもしれない。けれど、当事者もそう感じているとは限らないのだ。
昔からそうだった。俺の良いと思ったものは、皆にとって「ありえないもの」だった。俺はいつも少数派で、多数決で自分の要望が通ったことは一度も無い。俺の考え方は、きっと普通の人とどこか違うんだろう。とどこかで諦めて、冷めた目で世界を見つめていた。
とはいえ、これまでは少数派で困ることはそんなに多くなかった。少しだけ残念に思うことはあっても、本気で多数派になりたいなんて望んだことも無かった。ケーキの味だとか、遊びの種類だとか、精々その程度のことだった。だから、ここまで本気で、「普通」を望んだことが無かったんだ。
もし俺が普通だったら、胸を張って堂々とお前の横に並べたのだろうか。もし俺が普通だったら、もっとちゃんと顔を上げてお前の顔を見られたんだろうか。ぐるぐると考えは巡って、俺の視線をさらに床に押し付ける。こんなもしもを考えている時点で、普通とは程遠いというのに。
女の子を好きになれなかった。小さくて柔らかくて、華奢でふわふわしたような子を可愛いと思うことはあっても、所詮可愛い止まりなのだ。そこから「好き」に繋がらない。かといって、男子が好きかと問われれば、それもまた何か違う気がする。好きな人なんてできたことが無かったから、気が付かなかっただけかもしれないが。
お前に出会って初めて、俺は恋愛感情を正しく理解した。それと同時に、また世界のレールから外れたようなものすごい自己嫌悪と焦燥で死にそうになった。
今日もまた、俺はお前の男子高校生らしい話を聞き流す。お前が嬉々として語る隣のクラスの可愛い女子より、頬を紅潮させて興奮した様子で話すお前を可愛いと思ってしまった。友人数名とお前が、所謂恋バナをしているのが耳に入る。俺はクールを気取ってスマホに視線を落とすが、その画面には何も映っちゃいない。
もし、俺が、あるいはお前が、可愛くて華奢で、いい匂いがして柔らかい女の子だったら。俺は、「普通」の仲間入りができたのかもしれないのに。
ありもしない空想を思い描きながら、俺はまた間違いを恐れて何も言えなかった。
テーマ:仲間になれなくて
9/8/2025, 4:06:53 PM