トントンと紙の端を軽く机で揃え、教卓に置いておく。教師としてこの学校に来て、早半年が過ぎた。元々この学校の出身だった俺は、ここに赴任が決まった時、正直面倒だと感じた。
市内でも群を抜いて治安が悪いと有名な地区の、偏差値もあまり高くないような学校だ。当然、内部は荒れに荒れていた。そこら中で不良の集団が屯し、辺りを見渡せば一組は喧嘩中のヤンキーが目に入る。当たり前のように授業は授業とも呼べないような物に成り下がり、教師の地位は奴隷なんかと同等だと思えるほど低い。強ければ偉い、弱者は踏み躙られて当然。そんな学校だった。
学生時代、俺は例に漏れず荒れていた。毎日喧嘩やら恐喝に浸り、気に入らなければ殴って捻じ伏せた。授業なんてろくに聞いてもいなかったし、ノートなんて買った記憶すら無い。
そんな俺が教師になって戻って来るなんて、あの頃は考えもしなかった。この学校に配属された当初、俺はやはり教師としての洗礼を受けた。教室に入ろうとした瞬間かけられた水に、教室を埋め尽くした笑い声。ああ、戻って来たんだ、とそこで初めて心底実感した。
けれど、不良というのは案外扱いやすいものだった。良くも悪くも、馬鹿で暴力が好きな彼らは単純なのだ。少しだけそれっぽいことを言って、仲間意識を植え付ける。それだけで、彼らは俺の授業を熱心に受けるようになった。国語の授業としては失格なくらい汚い言葉で教えたが、元々この学校に居た俺にはそれが合っていたらしい。丁寧に教えるよりも、ずっと分かりやすく教えられた自信がある。
放課後、誰も居なくなった教室。俺が来た当初は荒みきり、スプレーの落書きとゴミが散乱していた床は、今や古びてはいるが清潔感を保っている。ひび割れて穴が開いていた壁も、生徒達に少し言えば自分から直すようになった。誰もいないのに、この教室には生徒達の息吹が溢れている。
ロッカーには一人一人の性格がよく表れていて、今ではもう見るだけでなんとなく誰のロッカーか分かるようになった。夜の学校は寂しいはずなのに、この教室があまりにも彼ららしくて、俺は寂しさを感じる暇さえありそうになかった。
テーマ:誰もいない教室
9/6/2025, 5:44:05 PM