作家志望の高校生

Open App
8/30/2025, 3:25:13 PM

僕と君は、ずっとふたりで居たのに。周りの皆は、僕一人しか居なかったって言うんだ。変わってるよね。
今日も、僕は君に話しかける。君は話すのがあんまり好きじゃないから、僕が一人で話すだけ。今日学校であったこと、お母さんに怒られたこと、色々話す。君は返事はしてくれないけど、顔を見れば何が言いたいか、何を思ってるかなんとなく分かる。今は、微笑んで僕の話を聞いてくれてる。それだけで、僕は安心できた。
お母さんも先生も、僕に友達は居ないのかって心配してくる。先生は、僕が君を紹介した時、一瞬だけ変な子を見る目で僕を見た。お母さんに誰と遊んでるのか聞かれて君を見せた時、引きつった笑顔で僕に笑いかけた。君は確かにここに居るのに。
世間一般からすると、どうやら僕は変な子らしい。皆と同じように友達と遊んでいるだけなのに、お母さんや先生は僕をやけに外に出したがる。外で遊ぶより、君と部屋でお絵描きがしたいと言えば、可哀想な子に向けるような視線が向けられた。
僕と君はいつでも一緒。家に居ても、勉強していても、寝る時も。ずっと一緒だと、思っていた。なのに。帰ったら、君が居なかった。お母さんに聞いても、「もう居なくなった」の一点張り。お母さんは僕に、他の友達を作れと言った。行きたくもない学校へ行かされて、他の子達と話をさせられた。でも、僕の友達は君だけだから、他の子には適当に接して、友達にはならなかった。
僕は今日も、部屋で待っている。僕と君が、またふたりきりで遊べる時を。次に君に会えた時は何をしようか、胸を弾ませながら。
*
抜粋:ある子供の母親と担当医師の会話の録音より
『先生、うちの子はやっぱり病気なんでしょうか……』
『病気ではないでしょう。あれくらいの年頃の子にはよく見られる症状です。』
『でも、ぬいぐるみを友達と言い張るなんて……それに、ずっと一人で話しているんですよ!?あんなの絶対異常です……!』
『奥さん、どうか落ち着いて……本当によくある話なんですよ、あれくらいの子には。大抵は、大きくなってちゃんとした友達ができれば収まりますから……』
『あの子は異常です!学校で他の友達を作るよう言っても、教室にすら入ろうとしないで……!この間なんて、友達と描いたと言ってこの絵を見せてきたんですよ!』
『……これは……』
『……右半分はうちの子が、左半分は例の友達が描いたらしいです。』
『……空白、ですね……』
『あの子には何が見えていて、何が聞こえているのか……もう私じゃ手に負えません……』
『……分かりました。少し荒療治にはなってしまいますが……あの子を無理矢理にでもあの人形から引き離しましょう。』
『え……で、でも、それは流石に……』
『……それくらいしないと治りませんよ、ああいう子は。』
『……分かりました。私も覚悟を決めて、あの子と向き合おうと思います。』
録音はここで終了している。

テーマ:ふたり

8/29/2025, 3:35:07 PM

スマホの光に顔だけを照らされ、暗闇の中寝そべって意味もなく大量の情報を貪る。時刻はもう深夜と言って差し支えないが、まだまだ当分寝付けそうになかった。こんなゴミみたいな生活を続けて、もうどれだけ経っただろうか。大した目標も目的もなく、惰性で学校に通い続けて。疲れて帰って、何をするでもなくスマホを眺めるだけの日々。未来なんて思い描けそうにもなくて、将来の夢を想像しても灰色に塗りつぶされた汚い何かが瞼の裏に映るだけ。
そうやって、人生の貴重な時間を浪費し続けている。スマホを手放してしまったら、麻酔を打ち込むのをやめてしまったら、とてつもない焦燥と自己嫌悪で死にたくなるから。色の無い世界の中で、唯一鮮やかな色を映すスマートデバイスを片手に、気絶同然の入眠を待っていた。
そろそろ来る、と思ってから数分後、俺は意識を失うように眠りについた。
目の前に広がるのは、現実ではあり得ない世界。見た瞬間、咄嗟にこれは夢だと気付いた。一番目を引くのは、一面に広がる巨大な水槽の、青。深い深い海のようにも、鮮やかで軽やかな青空のようにも見える色。その青いキャンバスに、何の共通点も無い色達が散らばっている。白いインクの染みがそのまま動き出したような、シーネットル。丸く艷やかな光を放つ真っ赤な桜桃。いつかの帰り道で見たような、黄色い水仙の花。青のフィルターをかけて尚鮮やかなそれ。それは間違いなく、あの退屈でどうしようもないモノクロの世界で生きた俺の、確かな記憶の断片で。
失ったと思っていた色は、俺が封じていただけだった。夢は記憶の整理中の風景だと言う。つまり、この鮮やかな色達は、俺の心に確かに存在していたのだ。あの小さな箱に囚われて、こんなにも美しい世界の色を見なかったのは、俺だった。
俺の意識の及ばない夢の世界はもうとっくに、惰性なんかじゃない、俺の生きる意味を見つけていて。それを、この巨大な水槽に閉じ込めていたのだ。
どうせ夢なのだから、と、俺は全力で水槽のガラスを殴り付ける。派手な音を立てて、色の濁流が俺を飲み込んだ。夢なのに息苦しさを覚えたが、それも全部含めて、この世界の色だと受け入れる。目まぐるしく駆け抜ける過去の情景を眺めていると、遠くで目覚ましのアラームが聞こえてきた。
目を開けて真っ先に目に入ったのは、色を失って尚夢を捨てきらなかった俺の部屋だった。色も分からず描いた水彩画で埋め尽くされた、俺だけの世界が広がっていた。

テーマ:心の中の風景は

8/28/2025, 2:49:32 PM

青々とした草原が風に靡いて、淡く白みがかった緑と鮮やかな黄緑の波模様をつくる。辺りには晩夏を見せつけるように、アキアカネが飛び交っていた。すぐ近くの湖でも目指しているのだろう。番をがっちりと、決して離さないように抱き留める姿がやけに目に焼き付いて離れなかった。人間の俺らからすれば一見純愛に見えるそれは、元をたどれば番が浮気しないように見張る重たい独占欲他ならない。最も、奴らに浮気なんて概念は無く、自分の遺伝子を確実に遺したいだけだろうが。
揺れ動く草原を、男2人の足で踏み荒らして行く。お互い行き先は伝えなかったが、足は同じ方向へ向かっていた。俺がトンボに意識を向けている間、俺の横を歩いていた彼は目当てのものを見つけていたらしい。惚けている俺の肩を痛いくらい強めに叩いて、意識を無理矢理そちらに向けた。
「あった。ほら、ここ。」
高校生の、大きくなってしまった俺ら。無駄に高くなった身長のせいで、ずっと昔はそこそこ大きかったはずの目印は、少し力を入れれば足で退かせてしまった。ごろりと石が転がって、草原の一部に欠けができる。石の跡には、ダンゴムシやらミミズやらが住み着いていた。そいつらに構いもしないで、持ってきたシャベルで土を掘り起こす。深くに埋めたと思っていたが、やはり子供の小さな手と大人に近い手ではもう感覚が違うらしい。5分も掘ったら、シャベルの先は硬いものに当たった。
掘り起こして取り出したのは、ずっと昔に埋めたタイムカプセル。横で見守っている彼と、2人で埋めたもの。埋めが浅かったせいか、思ったよりは侵食されていなかった。その場で蓋を開けると、当日の空気と一緒に懐かしい思い出が溢れて来た。保育園で撮った写真、2人で集めたビー玉、そして、未来の自分に宛てた手紙。なんともいえないノスタルジックな気分に浸りながら、俺達はそれぞれに中身を分けて草原に座り込む。
手紙を開くと、クレヨンで書かれた幼児特有の拙い字が目に飛び込んでくる。もうサッカー選手になったかとか、可愛いお嫁さんはできたかだとか書いてあった。高校生に嫁は早いだろう、なんて思いもしたが、幼児の可愛らしい想像だと目を瞑っておいた。ふと顔を上げると、俺と同じく感傷に浸っているであろう彼の横顔が目に入った。手紙を読むために伏せられた目は、照りつける西日のせいでいっそ神々しささえ感じる。
強い茜色に照らされた夏草が、風で揺らめいて黒い影と艶やかな光の波を描く。番を閉じ込めるあのトンボ達の独占欲にも似た、汚く絡み付いてくる感情。それは、目の前の夏草が描く澱んだ波模様のように、俺の心にずっと巣食っていた。

テーマ:夏草

8/27/2025, 6:44:05 PM

「じゃ、もうそろそろ行くわ。」
軽く手を振ってそう言うお前を、玄関でにこやかに見送る。いつも通りに、上手く笑えていただろうか。行かないでくれとその袖を引けたら、可愛げのある泣き顔のひとつでも見せられたら、お前をここに引き留められただろうか。お前を引き留められるのなら、俺はみっともなく泣き喚いて地団駄を踏んだって構わない。たった一人の、唯一の親友と呼べるようなお前を、自分の醜聞程度で繋ぎ止められるなら安いものだ。
けれど、現実にはそんなことはできなかった。他の誰に何を言われたって大して気にはしないが、他でもないお前に嫌われるのが怖かった。お前の親に言われた一言が、咄嗟に脳裏を掠めていく。
『ウチねぇ、来週引っ越すのよ。今まであの子の遊び相手になってくれてありがとうねぇ。また会ったら仲良くしてくれたら嬉しいわぁ。』
そんな話、お前から聞いてない。最初の感想だった。この息苦しい田舎の町で、唯一呼吸がしやすい場所。それが、お前の隣だったんだ。お前の周りの空気だけは、澱んで埃っぽい町の空気と違って、澄んだ清々しい青春の匂いがした。そんなお前が、いなくなる。来週からどう息をすればいいのか、俺はもう分からなかった。
結局、いい案はお前が引っ越す当日まで何も思い付かなかった。特別な見送りをするわけでもなく、極めていつも通りの日常を送る。学校へ行って、道端に居た鳥の話をして、並んで帰って、どちらかの家に寄る。たったこれだけのことで、最後の一日はほとんど終わりかけていた。今日の夕方、今から2時間くらいで、お前はこの町を去る。俺の家に自然に上がり込んだお前はもうすっかり馴染んでいて、明日からこの光景は見られないんだと漠然と感じると、急に孤独感と恐怖が湧き上がった。明日からどう生きていけばいい?お前無しで呼吸なんてできるわけがない。この閉塞的で前時代的な田舎町で、「普通」になれない俺に普通に接してくれるのはお前だけだったんだ。
どれだけ俺がそう思っても、地球の自転は止まってくれない。あっという間に別れの時が来てしまった。あまりにも軽くお前が言うので、一瞬だけ、来ないはずのお前が居る明日を思い描いてしまう。軽く手を振って、「またな」なんて声をかけて。荷物とお前を載せたトラックが走り去ると、俺とお前を繋ぐのは連絡先の入ったスマホ一台だけになってしまった。お前は人当たりがいいから、きっと引っ越し先でたくさんの連絡先があの携帯に入るんだろう。家族とお前のくらいしか無い俺と違って、お前の携帯はいつもたくさんの人間と繋がっていたから。
部屋に戻って扉を閉める。机に2つ並んだコップに、半分空になった2リットルのペットボトル。少し乱れたベッド、読みかけで積まれた漫画……
こんなにも、俺の部屋はお前の痕跡が残るのに。ついさっきまでお前が転がっていたベッドに倒れ込む。まだ若干温かさを感じる布団からは、爽やかな柑橘のような香りがした。部屋に残った痕跡と、明日にはもうお前はここにいないのでという事実が突然現実として胸に突き刺さる。自然と涙が溢れていたが、それを拭う者はもう居ない。この部屋にあるお前の痕跡を、しばらく俺は片付けられそうになかった。

テーマ:ここにある

8/26/2025, 12:37:21 PM

ひたすらに、拳から流れる血も無視して殴り続ける。粉々になった鏡を、息を荒げて見下ろしていた。割れた破片の数々が、まだアイツの影を映している気がして。ガラスの破片だったものが、もう小石と見分けがつかなくなるくらいまで砕き続けた。指の付け根には割れた鏡の破片が突き刺さっているし、飛び散った破片は俺の体や顔も傷付けた。でも、興奮状態の脳はそんなちっぽけな痛みは反映しなかった。
随分身勝手だったアイツが寄越した鏡を叩き割って、アイツと撮った写真も、アイツと出掛けた時に買ったキーホルダーも、全部まとめてゴミ箱に投げ入れる。ぎゅ、と袋の口を固く縛って、ようやく俺は一息ついた。ずっと、馬鹿な奴だった。誰より軽薄そうなクセに、誰より温厚でお人好しだった。落ちたら怪我じゃ済まないような高所でも、
『この子が困ってたから。』
と小動物一匹如きの為に平然と登る。
誰もやりたがらない掃除を、サボりの奴らの分までやる。そんな奴だった。一人だった俺の心に土足で踏み入って、散々踏み荒らして一向に出ていこうとしなかった。最初は俺だって抗った。追い出そうと必死に突き放して、見ないフリをした。けれど、あまりにもしつこいから。つい、目を向けてしまった。目が合うと、後はもうなだれ込むようにアイツのペースに乗せられ、気付けば俺とアイツはニコイチ扱いされていた。なんだかんだ言って、俺も馬鹿だったと思う。アイツに付き合って、暴言を吐きつつ高所に手を伸ばし、椅子を蹴り飛ばすが掃除には付き合う。アイツに毒されていたんだ、きっと。
馬鹿なアイツは、俺を散々おかしくさせるだけさせて消えやがった。親の都合だとか言って引っ越した先で、交通事故で死んだらしい。たかが学生、たかが一友人でしかない俺は、県外の葬式まで呼ばれることは無かった。どうしようもなく腹が立った。勝手に消えたアイツも、止まってくれない涙も、全部。アイツが居なくなってからの俺は相当やつれていたらしい。普段は誰一人俺に近寄ろうとしないが、あの日から気遣うような視線が絡み付くようになった。
アイツが俺に遺した呪いは、二度と消えてはくれなかった。あの眩しすぎた数年間は、俺の何十年もの人生を蝕み続けるのだろう。
暗い家の中、裸足で歩く俺の足裏には、鏡の破片が突き刺さって、もう取れそうにもなかった。幽鬼のように、ふらふらと素足で外に出る。外は新月なのか、街灯の明かりが無ければ前も見えなさそうだ。冷えたアスファルトの感触が、肉に食い込んだ破片を冷やしていく。俺の網膜に焼き付いたアイツの影を、俺の血の足跡が汚していった。

テーマ:素足のままで

Next