ひたすらに、拳から流れる血も無視して殴り続ける。粉々になった鏡を、息を荒げて見下ろしていた。割れた破片の数々が、まだアイツの影を映している気がして。ガラスの破片だったものが、もう小石と見分けがつかなくなるくらいまで砕き続けた。指の付け根には割れた鏡の破片が突き刺さっているし、飛び散った破片は俺の体や顔も傷付けた。でも、興奮状態の脳はそんなちっぽけな痛みは反映しなかった。
随分身勝手だったアイツが寄越した鏡を叩き割って、アイツと撮った写真も、アイツと出掛けた時に買ったキーホルダーも、全部まとめてゴミ箱に投げ入れる。ぎゅ、と袋の口を固く縛って、ようやく俺は一息ついた。ずっと、馬鹿な奴だった。誰より軽薄そうなクセに、誰より温厚でお人好しだった。落ちたら怪我じゃ済まないような高所でも、
『この子が困ってたから。』
と小動物一匹如きの為に平然と登る。
誰もやりたがらない掃除を、サボりの奴らの分までやる。そんな奴だった。一人だった俺の心に土足で踏み入って、散々踏み荒らして一向に出ていこうとしなかった。最初は俺だって抗った。追い出そうと必死に突き放して、見ないフリをした。けれど、あまりにもしつこいから。つい、目を向けてしまった。目が合うと、後はもうなだれ込むようにアイツのペースに乗せられ、気付けば俺とアイツはニコイチ扱いされていた。なんだかんだ言って、俺も馬鹿だったと思う。アイツに付き合って、暴言を吐きつつ高所に手を伸ばし、椅子を蹴り飛ばすが掃除には付き合う。アイツに毒されていたんだ、きっと。
馬鹿なアイツは、俺を散々おかしくさせるだけさせて消えやがった。親の都合だとか言って引っ越した先で、交通事故で死んだらしい。たかが学生、たかが一友人でしかない俺は、県外の葬式まで呼ばれることは無かった。どうしようもなく腹が立った。勝手に消えたアイツも、止まってくれない涙も、全部。アイツが居なくなってからの俺は相当やつれていたらしい。普段は誰一人俺に近寄ろうとしないが、あの日から気遣うような視線が絡み付くようになった。
アイツが俺に遺した呪いは、二度と消えてはくれなかった。あの眩しすぎた数年間は、俺の何十年もの人生を蝕み続けるのだろう。
暗い家の中、裸足で歩く俺の足裏には、鏡の破片が突き刺さって、もう取れそうにもなかった。幽鬼のように、ふらふらと素足で外に出る。外は新月なのか、街灯の明かりが無ければ前も見えなさそうだ。冷えたアスファルトの感触が、肉に食い込んだ破片を冷やしていく。俺の網膜に焼き付いたアイツの影を、俺の血の足跡が汚していった。
テーマ:素足のままで
8/26/2025, 12:37:21 PM