作家志望の高校生

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青々とした草原が風に靡いて、淡く白みがかった緑と鮮やかな黄緑の波模様をつくる。辺りには晩夏を見せつけるように、アキアカネが飛び交っていた。すぐ近くの湖でも目指しているのだろう。番をがっちりと、決して離さないように抱き留める姿がやけに目に焼き付いて離れなかった。人間の俺らからすれば一見純愛に見えるそれは、元をたどれば番が浮気しないように見張る重たい独占欲他ならない。最も、奴らに浮気なんて概念は無く、自分の遺伝子を確実に遺したいだけだろうが。
揺れ動く草原を、男2人の足で踏み荒らして行く。お互い行き先は伝えなかったが、足は同じ方向へ向かっていた。俺がトンボに意識を向けている間、俺の横を歩いていた彼は目当てのものを見つけていたらしい。惚けている俺の肩を痛いくらい強めに叩いて、意識を無理矢理そちらに向けた。
「あった。ほら、ここ。」
高校生の、大きくなってしまった俺ら。無駄に高くなった身長のせいで、ずっと昔はそこそこ大きかったはずの目印は、少し力を入れれば足で退かせてしまった。ごろりと石が転がって、草原の一部に欠けができる。石の跡には、ダンゴムシやらミミズやらが住み着いていた。そいつらに構いもしないで、持ってきたシャベルで土を掘り起こす。深くに埋めたと思っていたが、やはり子供の小さな手と大人に近い手ではもう感覚が違うらしい。5分も掘ったら、シャベルの先は硬いものに当たった。
掘り起こして取り出したのは、ずっと昔に埋めたタイムカプセル。横で見守っている彼と、2人で埋めたもの。埋めが浅かったせいか、思ったよりは侵食されていなかった。その場で蓋を開けると、当日の空気と一緒に懐かしい思い出が溢れて来た。保育園で撮った写真、2人で集めたビー玉、そして、未来の自分に宛てた手紙。なんともいえないノスタルジックな気分に浸りながら、俺達はそれぞれに中身を分けて草原に座り込む。
手紙を開くと、クレヨンで書かれた幼児特有の拙い字が目に飛び込んでくる。もうサッカー選手になったかとか、可愛いお嫁さんはできたかだとか書いてあった。高校生に嫁は早いだろう、なんて思いもしたが、幼児の可愛らしい想像だと目を瞑っておいた。ふと顔を上げると、俺と同じく感傷に浸っているであろう彼の横顔が目に入った。手紙を読むために伏せられた目は、照りつける西日のせいでいっそ神々しささえ感じる。
強い茜色に照らされた夏草が、風で揺らめいて黒い影と艶やかな光の波を描く。番を閉じ込めるあのトンボ達の独占欲にも似た、汚く絡み付いてくる感情。それは、目の前の夏草が描く澱んだ波模様のように、俺の心にずっと巣食っていた。

テーマ:夏草

8/28/2025, 2:49:32 PM