ogata

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11/17/2023, 4:23:58 AM

11/16 はなればなれ

 四六時中一緒にいるわけではない。むしろお互いに単独行動を取っていることの方が多いはずなのに。
「何故どいつもこいつも、あいつの居場所を俺に聞く」
「なぜって、そりゃねぇ」
 確実に知っているか、誰よりも正確に予想できるからなのだが、本人に自覚がないのだろうか。
 少し考えた後、これは自覚がない方だなと一人頷いた。
「何を一人で納得している」
「たとえばね、戦さ場で乱戦になってはなればなれになったとするじゃん? どんなに混乱した状況でも絶対に見つけられるでしょ?」
「………………」
 そんなことはない、と言おうとした口の形そのまま固まっている相手を見て、ほらね、と肩をすくめて笑ってみせた。
「そこで否定できないのが、あんたのかわいいところだよね」
 絶対に見つけ出せるし、見つけ出す。そういう男であることを、仲間たちみんなが知っている。



11/15 子猫

 青年の腕の中で、丸くなって寝ている子猫が一匹。胸元をよじ登ろうとしている子猫が一匹。上を向いてみゃあみゃあと鳴いている子猫が一匹。
「捨て猫を拾うヤンキーみたいな男が捨て猫を拾って来たな」
 門前の掃き掃除の手を止めて淡々と所感を述べれば、相手はああ?と不満げな声を上げた。
「誰がヤンキーだ。あと捨て猫じゃねぇよ」
「誘拐か」
「子猫なんか誘拐してどうすんだよ……任務中、化け猫に押し付けられた。引っ越し先が見つかるまで預かっててくれだとよ」
「普通の猫に見えるが」
「山に捨てられた子猫を放っておけなかったんだと」
 子猫たちが自力で生きていく力を身に着けるまでは面倒を見ようと思ったが、そのためにはもう少し安全な住処が必要だと考えたらしい。しかし子猫を三匹も抱えて山中を探すのは難しいと考えていたところに通りかかったのが、任務を終えて帰る途中の青年だった。
「有無を言わさず強引に押し付けられたんだよ。狐には報告済みだ」
 寝ている子猫を起こさないように抱え直し、よじ登っている子猫を掴んで腕の中に戻し、みゃあみゃあ鳴いている猫の口に軽く指を添えて吸わせながら青年はため息を吐く。
 こんな血生臭い匂いの取れない男に預けるなんてどうかしているとこぼした愚痴を、聞いているのかいないのか。もう一人は納得した様子でもっともらしく頷いた。 
「なるほど、捨て猫を拾った化け猫の頼みを断れないヤンキーみたいな男か」
「増やすな増やすな」

11/15/2023, 9:36:57 AM

秋風

「待って、ちょっと、寒い!」
 屋上に出ようと言い出した本人が外に出た途端に騒いだ。うるせぇと尻を蹴りながらフェンス越しまで足を進めれば文句を言いながらついてくる。
「ちょっと前まで夏だったじゃん」
「季節はとっくに秋なんだよ」
「秋にしては寒すぎない?」
 確かに気温は低いが、吹く風はまだ刺すような冷ややかさではなかった。やわらかな冷たさを持つ秋風だ。
「休憩所より屋上が良いとか言い出したのはお前だからな」
「一緒に屋上でお喋りするのが、おじさんの数少ない楽しみなんだから仕方ないだろー」
「なんだそりゃ」
 隣でフェンスに寄りかかりながらぶうぶう言っている相手に呆れながら、風に吹き消されないように気をつけながらタバコに火を付ける。
 深く吸い込んで、吐き出して。
「おっさんとおっさんが屋上で並んでたって、面白くもなんともないだろう。昔話で懐古でもすんのか」
 俺はしたくないが、という気持ちを吐き出した紫煙に含みながら問えば相手は苦笑を浮かべた。
「昔話はしたくないでしょ? 未来の話は、おじさん最近ちょっと飽きちゃったかな。今の話をしよう。最近どんな感じ?」
「雑だな」
「他社さんとうまくやってる?」
「いつもどおりだ」
 特に答えることなど何もない。日々の変化はもちろんあるにしても、基本的には同じ毎日の繰り返し。そんなことは相手もわかってるだろうに、わざわざ聞いてくるところは昔から変わらない。
「仲良くやってるならおじさんは安心だ」
「そういうお前もいつもどおりだろう」
「うん。そう。いつもどおり大変」
 毎日慌ただしく、賑やかに、いつもどおり。それが良いことなのか悪いことなのか、考える余裕すらなかった昔とは違う。
 いつもどおりであることを、守るために自分たちは走り続けている。
「お前も俺もいつもどおり。心配されるようなことは何もねぇよ」
「わかってるけどねぇ。年長者の癖みたいなものだから」
 仕方ないんだ、と再び苦笑する。
 秋風は冷たくもおだやかだが、そのせいか寂寥感を募らせる。自分の力ではどうにもならなかったことばかり思い出してしまう昔の話をしたくないのも、自分の力ではどうにもならない未来の話に飽いているのも、きっとそのせいだ。
「まあ、お前が一番おっさんだしな」
「おっさんにおっさん扱いされてる! 不本意だけどそのとおりだから反論できない!」
 一人で騒がしい男の隣で煙草を吸う。そのうち休憩に入った別の仲間たちが呼びに来る。いつもと変わらない時間を、秋風がそろりと撫でていった。

11/14/2023, 3:24:40 AM

また会いましょう

「僕たちはいつでもここで待っています」拍手で返した無言の約束

11/12/2023, 3:39:58 PM

スリル

 破れ寺の薄暗い廊下を、二人並んでバタバタと走る。
「誰だこっそり潜入してさっさと任務を終わらせようなんて言い出したのは!」
「お前だ」
「俺だな!」
 全速力で走りながらいつもどおりの冷静な突っ込みに笑いつつ、朽ちかけた障子を破って現れた敵を斬り払う。後ろからだけでなく左右からも襲いかかってくる敵の気配を察する余裕などなく、とにかく足を止めずに走りながら戦うしかない。
「お前の好きな驚きの展開だろう」
「こんなもの、お約束の展開で驚きも何もないぞ! いや、あまりにも定番すぎて逆に驚きなのか? どう思う?」
「知るか」
 敵に見つかったのは失敗だが、任務そのものは成功しているのであとは二人揃って無事に帰還するだけだ。長い廊下の先にようやく見えた木の戸を、同時に振り上げた足で勢いよく蹴破る。朝焼けの光が差し込む中ぴょんと庭に降り立ち、振り返って刀を構えた。
「さて、反撃といこうじゃないか」
「息が上がっているぞ」
「君もなァ!」
 息をひそめて潜入していた時よりも、どこから現れるのかわからない敵に追われながら全力疾走したことで心の臓が早鐘を打っている。
「いやぁスリル満点だった」
「二度とごめんだ」
 心の底から吐き出された、疲れ切った声に思わず笑ってしまった。
「俺もしばらくは遠慮したいな!」

11/11/2023, 4:42:13 PM

飛べない翼

 鳩ばかりの鳥小屋へ新たに加わったのは、ふくふくと丸い雀だった。
 どちらも神使のようなものだから普通の鳥のように飼う必要はないのだが、本鳥たちも満更ではない様子だったので、馬たちの世話と同じように交代制で面倒を見ている。
 水飲み場を洗って井戸から汲んできた新しい水を入れ、小屋の中を掃除して、ここまで普通の鳥と同じで良いのだろうかと首を傾げながら餌を与える。
「この餌、結局なんなの?」
 小屋の横で鍬や鋤についた畑の泥を丁寧に落としている男に尋ねれば、あれ? 知らない? と作業の手を止めて顔を上げた。
「粟とか稗だよ。この前みんなに収穫を手伝ってもらった」
「あれかぁ」
 稲のようで稲とは違う雑穀を確かに収穫した。皆で食べるには量が少ないと思ったら、ここにいる小さな仲間たちの食糧であったらしい。
 餌を啄み、水を飲み、ぺたぺたと歩く。小屋と言っても雨風を防ぐための屋根と壁、それから止まり木があるだけで、鍵をかけて閉じているわけではない。暗くなる前には皆帰ってくるが、仕事がなければ日当たりの良い場所で各々のんびりと、文字通り羽を休めていた。
 ぺたぺた、よちよちと、まんまるの小鳥が歩く様子をぼんやりと眺める。
「飛べないわけじゃないのに、飛ばないんだ」
「なんだかねぇ、飛ぶのも大変らしいよ」
「鳥なのに?」
「鳥なのに」
 翼があるからと言って、必ず飛んで移動するわけでもないようだ。考えてみれば翼の羽ばたきの力だけで己の身体を浮かせるわけだから、そう簡単であるはずがない。
「地上に危険がなければ飛ばなくなる鳥もいるくらいだし」
「ペンギンとかニワトリとか?」
 少し前に読んだ本の挿絵を思い出しながら名前を挙げれば、鶏はちょっと飛ぶよ、と答えて笑った。
「他にはダチョウとかエミューとか、キウィとかドードーとか」
「結構いるんだ」
 飛ぶ理由がなければ、わざわざ大変な思いをしてまで飛ぶ必要はないということなのだろう。
 飛べない翼を、けれども彼らは持ち続けていた。ペンギンのように用途も形も変わることはあるが、空を飛ぶための翼であった名残は残っている。
「飛べない鳥の中には、空を飛びたかった鳥もいるのかなぁ」
「かもしれないねぇ」
 自分の意思でそうなったわけではないのだから。空に憧れて焦がれたものも、飛べない翼を持つ鳥の中にはいたのかもしれない。雲が浮かぶ空を、首が痛くなるほど見上げて。
 きゅっと胸が痛くなる。空に焦がれたことはないが、自分の手にはないものを渇望する思いは知っている。どんなに走って手を伸ばしたところで、何も掴めないことも。
 思わず俯いて、両手で腹部を抱え込むように押さえる。まだそれほど痛みはないが、これ以上ぐるぐると考えていたら本格的に痛くなってしまいそうだ。
 そんな様子に気づいているのかいないのか。隣に立つ男は普段と変わらない柔らかな口調で、いつもの言葉を口にした。
「でもみんな、最後は土と共にあるんだから同じことだよ」
 遥か高く空の上にいても、深く静かな海の底にいても、それは変わらない。地上を走るようになった自分たちもまた同じこと。
「なんていうか、それを言っちゃうと元も子もないよね」
「でも安心できるでしょ?」
「どうかなぁ」
 首を傾げつつも、腹の痛みが遠のいていくのはわかった。
 全てのものは土と共にあり、循環するもの。そんな彼の話を隣でずっと聞いてるから、そういうものなのかもしれないと思うようになってきている。
 難しくてよくわからない話も多いが、彼がゆっくりと語る声を聞くのは好きな時間のひとつだった。

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