ogata

Open App

飛べない翼

 鳩ばかりの鳥小屋へ新たに加わったのは、ふくふくと丸い雀だった。
 どちらも神使のようなものだから普通の鳥のように飼う必要はないのだが、本鳥たちも満更ではない様子だったので、馬たちの世話と同じように交代制で面倒を見ている。
 水飲み場を洗って井戸から汲んできた新しい水を入れ、小屋の中を掃除して、ここまで普通の鳥と同じで良いのだろうかと首を傾げながら餌を与える。
「この餌、結局なんなの?」
 小屋の横で鍬や鋤についた畑の泥を丁寧に落としている男に尋ねれば、あれ? 知らない? と作業の手を止めて顔を上げた。
「粟とか稗だよ。この前みんなに収穫を手伝ってもらった」
「あれかぁ」
 稲のようで稲とは違う雑穀を確かに収穫した。皆で食べるには量が少ないと思ったら、ここにいる小さな仲間たちの食糧であったらしい。
 餌を啄み、水を飲み、ぺたぺたと歩く。小屋と言っても雨風を防ぐための屋根と壁、それから止まり木があるだけで、鍵をかけて閉じているわけではない。暗くなる前には皆帰ってくるが、仕事がなければ日当たりの良い場所で各々のんびりと、文字通り羽を休めていた。
 ぺたぺた、よちよちと、まんまるの小鳥が歩く様子をぼんやりと眺める。
「飛べないわけじゃないのに、飛ばないんだ」
「なんだかねぇ、飛ぶのも大変らしいよ」
「鳥なのに?」
「鳥なのに」
 翼があるからと言って、必ず飛んで移動するわけでもないようだ。考えてみれば翼の羽ばたきの力だけで己の身体を浮かせるわけだから、そう簡単であるはずがない。
「地上に危険がなければ飛ばなくなる鳥もいるくらいだし」
「ペンギンとかニワトリとか?」
 少し前に読んだ本の挿絵を思い出しながら名前を挙げれば、鶏はちょっと飛ぶよ、と答えて笑った。
「他にはダチョウとかエミューとか、キウィとかドードーとか」
「結構いるんだ」
 飛ぶ理由がなければ、わざわざ大変な思いをしてまで飛ぶ必要はないということなのだろう。
 飛べない翼を、けれども彼らは持ち続けていた。ペンギンのように用途も形も変わることはあるが、空を飛ぶための翼であった名残は残っている。
「飛べない鳥の中には、空を飛びたかった鳥もいるのかなぁ」
「かもしれないねぇ」
 自分の意思でそうなったわけではないのだから。空に憧れて焦がれたものも、飛べない翼を持つ鳥の中にはいたのかもしれない。雲が浮かぶ空を、首が痛くなるほど見上げて。
 きゅっと胸が痛くなる。空に焦がれたことはないが、自分の手にはないものを渇望する思いは知っている。どんなに走って手を伸ばしたところで、何も掴めないことも。
 思わず俯いて、両手で腹部を抱え込むように押さえる。まだそれほど痛みはないが、これ以上ぐるぐると考えていたら本格的に痛くなってしまいそうだ。
 そんな様子に気づいているのかいないのか。隣に立つ男は普段と変わらない柔らかな口調で、いつもの言葉を口にした。
「でもみんな、最後は土と共にあるんだから同じことだよ」
 遥か高く空の上にいても、深く静かな海の底にいても、それは変わらない。地上を走るようになった自分たちもまた同じこと。
「なんていうか、それを言っちゃうと元も子もないよね」
「でも安心できるでしょ?」
「どうかなぁ」
 首を傾げつつも、腹の痛みが遠のいていくのはわかった。
 全てのものは土と共にあり、循環するもの。そんな彼の話を隣でずっと聞いてるから、そういうものなのかもしれないと思うようになってきている。
 難しくてよくわからない話も多いが、彼がゆっくりと語る声を聞くのは好きな時間のひとつだった。

11/11/2023, 4:42:13 PM