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秋風

「待って、ちょっと、寒い!」
 屋上に出ようと言い出した本人が外に出た途端に騒いだ。うるせぇと尻を蹴りながらフェンス越しまで足を進めれば文句を言いながらついてくる。
「ちょっと前まで夏だったじゃん」
「季節はとっくに秋なんだよ」
「秋にしては寒すぎない?」
 確かに気温は低いが、吹く風はまだ刺すような冷ややかさではなかった。やわらかな冷たさを持つ秋風だ。
「休憩所より屋上が良いとか言い出したのはお前だからな」
「一緒に屋上でお喋りするのが、おじさんの数少ない楽しみなんだから仕方ないだろー」
「なんだそりゃ」
 隣でフェンスに寄りかかりながらぶうぶう言っている相手に呆れながら、風に吹き消されないように気をつけながらタバコに火を付ける。
 深く吸い込んで、吐き出して。
「おっさんとおっさんが屋上で並んでたって、面白くもなんともないだろう。昔話で懐古でもすんのか」
 俺はしたくないが、という気持ちを吐き出した紫煙に含みながら問えば相手は苦笑を浮かべた。
「昔話はしたくないでしょ? 未来の話は、おじさん最近ちょっと飽きちゃったかな。今の話をしよう。最近どんな感じ?」
「雑だな」
「他社さんとうまくやってる?」
「いつもどおりだ」
 特に答えることなど何もない。日々の変化はもちろんあるにしても、基本的には同じ毎日の繰り返し。そんなことは相手もわかってるだろうに、わざわざ聞いてくるところは昔から変わらない。
「仲良くやってるならおじさんは安心だ」
「そういうお前もいつもどおりだろう」
「うん。そう。いつもどおり大変」
 毎日慌ただしく、賑やかに、いつもどおり。それが良いことなのか悪いことなのか、考える余裕すらなかった昔とは違う。
 いつもどおりであることを、守るために自分たちは走り続けている。
「お前も俺もいつもどおり。心配されるようなことは何もねぇよ」
「わかってるけどねぇ。年長者の癖みたいなものだから」
 仕方ないんだ、と再び苦笑する。
 秋風は冷たくもおだやかだが、そのせいか寂寥感を募らせる。自分の力ではどうにもならなかったことばかり思い出してしまう昔の話をしたくないのも、自分の力ではどうにもならない未来の話に飽いているのも、きっとそのせいだ。
「まあ、お前が一番おっさんだしな」
「おっさんにおっさん扱いされてる! 不本意だけどそのとおりだから反論できない!」
 一人で騒がしい男の隣で煙草を吸う。そのうち休憩に入った別の仲間たちが呼びに来る。いつもと変わらない時間を、秋風がそろりと撫でていった。

11/15/2023, 9:36:57 AM