そんじゅ

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12/9/2022, 9:15:00 AM

スマホも電子辞書もない昔は、海外旅行って今より本当に大変なイベントだったんだよ。出国するまでも、向こうで楽しく過ごすのも、無事に帰って来るのも。

旅行仲間に限界外国語の達人っていう先輩がいたんだけどさ。“限界”って何かというと。

「こんにちは、ありがとう、ごめんね」

現地語でこの3ワードさえ言えれば、出会った人達と大抵のコミュニケーションは何とかなるってわけ。
で、旅行滞在中は更に追加で2ワード。

「これはいくら?」
「トイレはどこ?」

先輩はこの5つだけなら21か国語で話せるって笑って自慢してた。そのうちの3つは広東語と上海語と普通話だったよ。先輩は料理が好きだったから、現地であちこち食べ歩くのを趣味にしてたんだ。

でさ、こないだ久々にその先輩から連絡きて一緒にご飯食べたんだ。最近どこに行ったか聞いたら真顔で一言「地底都市」って。

正気か?って一瞬怯んだんだけど、スマホの写真見せてもらったら、疑いきれなくなっちゃった。先輩いわく、

「太陽光がないから朝晩の概念がなくて『おはよう』『こんばんは』に対応する単語もない。全部『こんにちは』で良かった。あと、貨幣制度も無いっぽくて『これいくら?』は教われなかった」だってさ。

行こうと思える好奇心と、スマホの十分なバッテリー、あとは身体に合った胃腸薬。今はこの3つがあれば、何も話せなくったって世界中どこでも行けるって笑ってた。


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「ありがとう、ごめんね」

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所感:
お題に合わせて変更しましたが、本来の限界外国語は「ありがとう、これいくら、トイレどこ」の3つです。あとは身振り手振りと変顔でなんとかなります。

12/9/2022, 7:42:10 AM

あの日。久々に上がった屋根裏部屋の片隅で、鳥の羽根がこんもりと山を作っていた。

ひょっとして鳩でも入り込んで巣作りしてしまったんだろうか。卵を産む前に片付けにゃならんとバケツとホウキを抱えて戻ってきたら、羽根の山がふわふわ動いている。まさかもうヒナがいるのか。

両手でそっと羽根をかき分けてみたら、ふわふわの中にはなんと赤ん坊の天使がうずまっていた。

「おお人間よ。私を見つけてくれてありがとう」

流石は天からの使者。
見た目は赤ん坊でも話す言葉は流暢だ。

「うっかり季節を長く過ごしてしまい、地上で換羽期が来てしまった。翼が元通りになり、再び空を飛べるようになるまでしばしここに居させてもらえないだろうか」

鳥の巣をぶち壊すつもりだったとは白状できず、暖房のない屋根裏に一人居させるのも何だか申し訳ない気分になって、あなたが構わないなら階下に居れば良いと告げると彼はにっこり微笑んだ。

「親切な人間よ。貴方に加護を」

それから一月ほどの間、天使との同居生活は案外楽しいものだった。聞き上手な天使は堅苦しい説教もせずに仕事の愚痴に付き合ってくれたし、しなやかな羽根が生えそろってきた翼を撫でさせてもくれた。

「今日、天の国へ戻ろうと思う」

そう切り出されたときは本当に寂しくて泣きそうだったけれど、引き留めるわけにはいかない。またいつか会えたら嬉しいと伝えるだけで精一杯だった。

「私も貴方との再会を楽しみにしている」

天使はその一言を残して去っていった。

僕は彼に「また会えて良かった」と言われたい一心で、それからの人生を真面目に誠実に、丁寧に生きてきた。
もちろん自分にできる範囲で、だけれど。

今日はあの日と同じ、雲の速い空だ。
天使はきっと疾風のように駆けて来てくれるだろう。


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「部屋の片隅で」

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所感:
不法侵入!

12/8/2022, 4:32:53 AM

王宮の使者が来たんです。王様がお呼びだって。

行きたいわけないじゃないですか!今度はどんな無理難題を吹っ掛けられるんだろうって、馬車の中で冷や汗を一斗もかきながら、急に痛み出した腹を撫でて我慢してましたよ。

控えの間で召使いの話を聞くに、先日献上したお召し物の着心地が悪くて仕方ないと。襟ぐりがチクチクするし、ボタンもうまく留められないと。私だっていっぱしの腕前を認められて御用職人を務めているんです。自分の作った服が出来損ないだと言われたら腹が痛いだのいっちゃいられない。

ドレスルームで王様のお越しを待つ間、何が問題だったか悩んでいましたね。素材か採寸か縫製か、あるいは型紙のひきかたに間違いがあったのか。必死で考えを巡らせながら控えてたもんですから王様の御前で頭を上げた瞬間、鼻から変な声が出ましたね。ぐふ、って。

確かに私の作った服を御召しではいらっしゃったけれども、それが前後どころか表裏も、おまけに上下も逆さまで身に着けていらっしゃる。

……これ、正直に話していいんですか?

はい、馬鹿には見えない服を作れとの仰せでしたので。

ええそりゃ縫った本人には見えますよ。でなけりゃ針も通せない。けれどそれを着せた召使いも、お召しになった王様も実は見えてはいらっしゃらなかったんでしょう。見えないだけで触れられますし、着られます。それがあだになってしまったんですな。

もう喉が震えてふるえて、気を抜くと吹き出してしまいそうなのを全力でおさえつつ王様からお服をお預かりして、あちこち縫い直してるフリをしながらこっそり袖をつまんで表裏を元に戻してお返しした訳です。

え?じゃあ王宮の皆も国民も王様の裸を見たのかって?

そんな畏れ多いことさせるわけないじゃないですか!
私が一緒に仕立てて王宮にお納めした下着は全て「馬鹿には盛装に見える下着」ですからね。


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「逆さま」

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所感:
才能も忠義心もある職人を召し抱えた、幸せな王様。

12/6/2022, 10:35:07 AM

もくじん。木人と聞けばカンフー映画やゲームのキャラクターが浮かんでくるけど、僕の場合はそれじゃない。

木人病。足から根っこが生えて、放っておくと身体が一本の木になってしまう。昔は奇病といわれていたそうだけど、近頃じゃ木人は学校の1クラスに数人いるくらいのありふれた病気だ。

毎日適切な運動をして食事もほどほどに注意してれば何も気にすることはない。葉緑体のせいで皮膚が緑色になるのが見た目的に驚かれやすいけど、光合成できるようにもなるし、悪い事ばっかりじゃないっていうか。

ただし立ちっぱなしや座りっぱなし、つまり長時間動かない姿勢でいると根っこが勝手に地面へ潜りこんでいってしまう。処方されてる薬を飲んで根っこを枯らせば人間で居続けられるんだけど、放っておくとその場に根を張って立派な木になる。ジ・エンドだ。

そうなんだよ。
いやあ、そろそろ喋るのも億劫になってきた。

一世一代の告白をフラれちゃって眠れないほどツラかったのは仕方ないし、それでやけ酒に走るのだって悪いことないだろう。ただ薬を飲み忘れてたのは駄目だったし、酔ったまま駅のベンチに座って眠り込んだのがホントに駄目だった。酔いつぶれるにしてもせめて私有地だったら良かったのに。

……伐採職員さんも大変だよね。
そこで僕の臨終待ちしてくれてるんでしょ。

いい太さのケヤキなんだから、うまく切り出して使ってくれると嬉しいかもしれないなあ。


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「眠れないほど」

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所感:
多分早晩飲み薬からパッチ薬へと処方が変わって、不慮の死を遂げる木人は激減すると思います。

12/5/2022, 10:25:01 PM

いくら愛しく思おうと、渡せるものは二物まで。
魂への贈り物は三物、四物とたくさん与えて過ぎてはならないのだと神が納得したのは、目をかけていた人の子が三人続けて早逝してからだった。

知力、体力、時の運、そして才能のパラメータは神の力をもって全て最大値に設定。時の運内部の隠しステータス配分も、天の時、地の利、人の和をきっちり三等分した上で、幸運には生存中無期限のバフをかける。

そうして地上に立たせた一人目は、大いに周囲の妬みを買って、ある日崖から突き落とされて死んでしまった。たくさんの贈り物を持たせたが、初めから持っていた不幸を取り上げてやることはできなかったのだ。

二人目は何故か大成しなかった。持って生まれた器量を活かして成り上がったものの、過分な聡明さが仇となった。今生も所詮は一炊の夢と現実否定し、早々に自ら天上へ戻ってきてしまった。神の御元で魂は「何でもすぐ分かった気になる自分を良しと思えませんでした」と静かにぼやいていた。

そして三人目はなんと五つにもならぬうちに、風邪をこじらせてあっさり死んでしまった。聞けば、あまりに可愛らしい人間が居ると聞いた他所の神が、さっさと天上へ連れてきてしまったのだという。

えい、儘ならぬものは仕方がない。

過ぎたことに執着しないこの神は、次は賽を手にした。
偶然の荒波に翻弄される人々の様を眺めていれば、千年は瞬きほどの間。面白い出来事の一つや二つ、きっと起こるに違いない。


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「夢と現実」

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所感:
お題を綺麗に文章の中へ嵌め込むことだけ考えていたらこうなりました。悪い神様も居たもんだ。

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