うちのまめちゃんが突然関西弁をしゃべりだした。
(まめちゃんは白いボタンインコだ。目がすごく大きくて、うちに来たとき父が「豆大福みたいだね」といったから、まめちゃんという名前になった。)
「オハヨー」「ダイスキ」とか「イッテラッシャイ」とか今朝は普通にしゃべってたのに、学校から帰ってきたら関西弁になってた。一体何が起こっているんだ。
「おはよう」
「おはようさん」
「大好き」
「好っきゃ」
家族の誰も関西弁を話さないのに、いつ、どうやって覚えたんだろう。ちょっと気味がわるいんだけど、まめちゃんがどこまで返事してくれるのか試してみる。
「さよなら」
「さいなら」
「さよならは言わない」
「さいならは言わへん」
「さよならは言わないで」
「さいならは言わんとって」
「さよならは言わないでね」
「さいならは言わんとってや」
すごい。なんか語尾まで全部変えてくる。
そもそもこれが正しい関西弁なのか分かんないけど、多分それっぽいことをしゃべってるとは思う。
でも何だろう。コントのお笑い芸人より、イントネーションがちょっとおっさんっぽい。まめちゃんの中に関西人のおっさんの魂が乗り移ったりしたんだろうか。
「まめちゃん、本当にどうしたの?」
「まめやん、ほんまどしたん?」
うわ、愛称まで律儀に変えてきた!
どうしようまめやんなんて本当におっさんになっちゃう!?やだやだやだそれは嫌だ!
「まめちゃん、せめてちゃん付けで呼ばせてね!?」
「……ええで」
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所感:
「◯◯◯で」型のお題が出ると、脳内で一度は関西風イントネーションで読み上げてしまいます。
今日の講義は魔法学概論ii、1章の続きです。
76ページを開いてください。
世間で広く使われている光の魔法。太陽や月や星といった自然由来の光から魔力を得て使う魔法です。素朴ですが歴史が長く強い力がある。この市民講座に通っていらっしゃる皆さんは、初級試験の合格者ですね。
反対に、闇の魔法があるのもご存じでしょう?暗く、重い、世界の光を打ち払う漆黒の闇を媒介とする魔法です。光ある世界にしか生きられない我々人間にはおよそ扱うことが困難な、危険を伴う術です。
(小声で)そこをもっと詳しく知りたいという方は、講義のあとで個人的にお声がけを……ははは、個人講義の授業料は要相談です。
それでは今日の本題、影の魔法に進みます。
今、会議室には右手の窓から日差しが差し込んでいますね。机の上に伸びている、窓枠の影をよく観察してみてください。何が見えますか?
影にごくごく淡い輪郭が存在するのが見えますか?まるで「影の影」といったような…ええ、ええ、それ、その部分です。全員見えました?良く分からない方は、77ページの写真を見ておいてください。
それを半影といいます。まさに光と闇の狭間であり、影の魔法の力の源となるものです。
光と闇は正反対の存在であり常に反発しあう力ですが、影はそうではない。光と闇のどちらとも親しく、また、常に彼らの両方の力を必要とする複雑な存在です。
影の魔法を使いこなすには、世界の中道を探り当てる観察力と、常に偏りなくその立ち位置を維持する胆力の二点を求められます。
さ、残り半年の講義で基礎をしっかり学びましょう。
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「光と闇の狭間で」
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所感:
始まりも終わりも唐突な講義風景。基礎講座なので高度な術は教えてもらえません。あと、本気で闇の魔法について尋ねると要注意人物として当局にマークされます。
泣けば涙が真珠に変わる。
笑えばダイヤモンドと薔薇がこぼれ落ちる。
それが何なの?見世物じゃない!
昔むかし、仙女の祝福を受け宝石姫と呼ばれた乙女がいました。きらびやかな宝石が良くしてくれたのは彼女の暮らしだけで、人生は決して良くはなりませんでした。
尽きせず財宝の湧き出る生きた宝石箱だと、欲に目がくらんだ人間の醜さは、親族も王族も商人も皆同じ。
宝石姫を手中におさめんとする争いに巻き込まれ、人を人とも思わぬ非道な扱いを受けた日々は、一人の優しい乙女を冷徹な戦士へとすっかり変えてしまいました。
泣きも笑いもしない、ただ貴人として王宮に留めおかれていた姫は、ついに宝物庫から魔法の剣を盗んで城を飛び出します。向かう先は森の奥の光る泉。
「人倫を知らぬ仙女の気紛れな祝福は、それを望まぬ者にとってはただの呪い。今、お前の命を以て解く」
捕らえた仙女に魔法の剣を突き立てた乙女の独白が、泉の水面を静かに揺らします。
「呪いを解くまでの辛抱だと、今日まで泣かないで笑いもしないで耐えてきた。……それがどうしたことか。いざこの時を迎えても、嬉し涙すら出てこない」
冷たい表情のまま彼女はふらふらと歩き出しました。
苦難と忍従の年月に奪い取られた感情は、一体どこに行けば取り戻せるでしょう。尋ねる相手はもう居ません。
花と宝石の日々を捨て笑顔も涙も失くしたうえ、宝物泥棒として追われる身となった彼女はついに国をも捨て、戦地を渡り歩く凄腕の傭兵となりますが……そのお話はまた次の機会にお披露目いたしましょう。
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「泣かないで」
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所感:
着地点が分からないまま長くなったので反省。
泣かないでと人に言うのも言わせるのも好きじゃない。
泣くか泣かないかなんてお互いの自由で。
雪女は頭を抱えていた。
冬山の神様が休暇先ではしゃぎすぎて足の骨を折ってしまい、すぐには国元へ戻れなくなったという。
道理でこの山里だけまだ秋の終わりがこない訳だ。雪女の住処の周りでも、散り時を逃したままの紅葉が梢のあちこちで所在なさげに縮こまっている。
しかし、そんな大事な報せを渡り鳥に託すなんて!神様なら夢枕にでも立ってくれれば良いものを。おかげで雪女の元まで話が届いたのは、立冬を二十日も過ぎた今日だ。本来の冬のはじまりにはてんで間に合っていない。
こうなっては仕方ない、すぐにも季節を改めねば。
雪女はさっそく神様の代わりに山じゅうを駆け巡り、大急ぎで精霊たちに冬支度を頼んで回った。そんな急には眠くならないとしょぼくれる熊には大粒の飴玉とオルゴールを渡してやり、滝の龍神には雨雲ではなく雪雲を呼んで欲しいとお願いをする。
あちこちへ声をかけ、とりなしを頼み、里へ降りて来た頃にはとっぷりと夜が更けていた。最後に明日の朝一番に大きな霜柱を立たせるよう池の精にことづけ、家に戻ろうした雪女は、ふと立ち止まって空を仰いだ。
「お月様、お月様。どうぞ明日の夜からは冬色の、銀の衣にお召し替えくださいな」
そっと声を掛けられた月は、きらりと微笑んでみえた。
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「冬のはじまり」
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所感:
冬のはじまる前について考えていたところ、それはつまり秋の終わりだと思い至り、田舎の里山の風景が浮かびました。冬の冴えた月は美しいですね。
楽しい実験も連日連夜ではダレる。
それをよく分かっているから、研究所では日々あの手この手で上司らが研究員達の機嫌を取りにくる。
なんと今日の差し入れはリーダーだった。
うん。食事やおやつを持ってきたって意味じゃなくて、ご自身が差し入れになってくれたってこと。
うちのリーダーはお母さん譲りのシルバータビーがご自慢のメイン・クーンだ。皆、一度でいいからあのしっぽのフサフサにくるまって昼寝させて欲しいと思ってる。
「片付けた者からモフりにおいでよ」なんて言われたらとっとと本気を出して終わらせないではいられない。
研究室中がにわかに静かに活気づいた。
自分も立派な毛皮持ちのくせに、隣席のシェルティが猛然と端末にデータを打ち込んでいる。さてはガチ勢か!
うわあ、負けてられないぞ。
複眼をフルに使ってモニタチェック、左手2本は書類をまとめ、右手2本は日誌を入力しつつ、余りの手でデスクの整頓。おっとマグカップが空で助かった。
僕ホントこういうときだけは自己評価MAXだよ。
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「終わらせないで」
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所感:
何の研究?言語は?服着てる?せめて哺乳類縛りでは?などなど多数の疑問はさておき研究員達の共通点は「もふもふ」です。複眼の「僕」も勿論もふもふ。きゃー!