「コロモガエ?」
「衣…seasonal change of clothes…あと何だ、
reorganize one’s wardrobe、分かる?」
「小さな分かる」
「"少し"分かる」
「スコッシ分かる」
そういえばンㇽバヤが越してきてまだ二か月。これが
初めての秋だ。彼女は長袖の服を持っているだろうか。
「ンㇽバヤ、故郷に四季はあった?」
「昔ある…あった。今はない」
窓越しに揺れるイチョウの黄色を眺めながらvivid colourいいねと呟く姿は私達と何ら変わりない。
それはそうだ。系外惑星出身の銀河難民がここで暮らす条件には地球人への擬態も含まれていた。
「地球のfallout shelterは、四季があると教えられた。だから、今、楽しい」
「それは良かった」
最後に地上で落ち葉を踏んで歩いたのは3年半前。私の子供も本当の季節を一つも知らない。
けれど、スクリーンパネルの調光は確かにやわらかな秋の日差しを再現していて、これが現実でないとはもう思えない。ちりちりと風に舞うイチョウの葉は私の不安を覆い隠すように静かに降り積もっていく。
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「衣替え」
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所感:
自分自身がカッチリした衣替えとは縁の無い暮らしなので、「衣替え」を知らない人のことを書いてみようと思った結果、なんちゃってSFになりました。
「本当に感極まってしまったというんだね」
「……」
「だからって声が枯れるまで泣かなくて良かったろう」
「……」
「蜂蜜茶を用意しておいたから、飲めそうなら飲んで」
「…ぁぃ」
昨日、泣き女のバイトを2軒回ってきた。こちらは副業にしているつもりもないのに、絶叫具合が上手いからと斎場や先輩つながりで時折お呼びが掛かる。
家族より、友人より、知人より。
見ず知らずの他人を悼むほうがよほど「上手く」泣けるというのは、一体どうしたことだろう。
ただここに横たわる一人の人間が居なくなった世界の、私にとっての変わりなさが、そう、ただどうしようもない悲しみを呼ぶのだ。
同じように、もし私一人が居なくなったとしても、この地上に生きる190億の人間の日常にとって何も変わりはないだろう。そのことを悲しいと思ってくれる人はいるだろうか。一人の人間の小ささを、憐れんでくれる人はいるだろうか。
いつかあなたはどれほど悲しんでくれるだろう。
いつか私はどれほど悲しむことになるのだろう。
そんな思いに捕われて昨日は現場で身も世もなく泣き叫んで帰って来たのだ。2軒目で対面した遺影があなたと年恰好の似た姿だったから、きっとそれでうっかり余計なことを考えすぎてしまったのだ。
…などと一言だって伝えなかったのに(物理的に声も出ないのだけれど)、しょげた顔を見せただけであなたには何かが伝わるらしい。何も訊かれずとも届く優しさに、今は少し甘えることにした。
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「声が枯れるまで」
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所感:
実生活では、声が枯れるのは風邪のときぐらいです。そこまで泣いたり歌ったり叫んだりすることはなかったので、シチュエーションを考えるのが楽しかったです。
今日の昼休憩の始まりはいつもと違って静かだった。
食堂に残っている人影はもうまばらだ。ミーティングが長引いて少し遅い時間になってしまった。味噌鯖にありつけなかったのは残念だけど、みぞれ鶏だって好物だから構わない。
配膳されたトレーを手にテーブルへ向かうと、奥の席から手を振るあなたが見えた。そんなに人の好い笑顔を向けられたら、ひょっとして私を待ってくれていたのかと期待してしまうじゃないか。
「遅くなっても、昼は抜かないだろうと思ってね」
確かに自分が食に貪欲な自覚はある。しかしそこを読まれているのは気恥ずかしい。
「待ってたんだ。少しでも顔が見られたらいいなって」
と、あなたは読みかけの本に栞を挟みながら言葉を重ねてくる。臆面なくこうも素直に好意を向けられると、こちらも素直にありがとうと返すしかない。
いつもと違う昼下がり。
何か新しい関係の始まる気配がした。
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「始まりはいつも」
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所感:
問)「あたかも」を使って文章を作りなさい
答)「冷蔵庫に卵があたかもしれない」
…的な、主題の軸をずらしていく言葉遊びも好物です。
今日はお題を否定形に振ってみました。
すれ違い、空回る。
二人の間に時折そんな隙間があることを、今はまだ少し気楽に感じてしまう。
心も気持ちも行動も寄木細工のようにぴったり噛み合う関係は、それは本当に心地よいものだろうか。譲る余裕も逃げ道もなく。片方に掛かった負荷はそのまま反対側に食い込んで、圧に負けたところからひび割れ始める。痛いだろう。苦しいだろう。
ああ。いっそ、自我を押し合う高熱で互いが融けて、混じり合ってひとつになれば、それはいつまでも安定した異形になれるのか。
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「すれ違い」
空がいちだんと高くなった。
上空は風がずいぶん強いのだろう。さっきまで大群で移動中だったひつじ雲はみるみるうちに柔らかく溶け、もこもこの毛並みを活かした薄手のラグが広々と敷き詰められつつある。
二人並んで歩くとき、定まらない視線の行く先はたいてい空へ向かってしまう。ちょっと見上げる感じであなたの横顔を見てから視線を逸らせば、そのまま空が目に入るという寸法で。
綺麗な秋晴れですね、だとか、鳶がいますよ、だとか、今流れ星が!だとか。
顔を合わせるたびにいつもそんなことばかり話し掛ける私は、きっと自然好きだと思われているだろう。
そうだけど、そうじゃない。
本当はあなたをずっと見ていたいだけなのに。
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「秋晴れ」