池上さゆり

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4/26/2023, 2:02:49 PM

 恐ろしかった。自分の子どもの成長が。その残虐さが。
 幼い男の子が、楽しそうに蟻を潰したり、昆虫の足をもいだりすることがあるのはわかっていた。成長するとともに、それもなくなっていくだろうと信じていた。
 だが、どれだけ命の尊さを伝えても、理解してもらえない。周囲の人に相談しても、大きくなればやめるようになると言われて無理矢理自分を納得させようとした。大丈夫、そのうちやらなくなる。善悪の区別がつく子どものなると信じていた。
 それなのに、中学生になってもその行動は止まらなかった。なぜかエスカレートしていく一方で、気づけば野良猫に毒餌を与えて殺すようになっていた。近所の犬にもニンニクが混ざった餌を与えて殺していた。エアガンで雀を撃ったりしていた。
 それに気づいていながらも、こわくて咎めることもできなかった。
 だが、息子ももう高校生になる。いい加減逮捕されてしまう前に、親として正しい道に導かなければならないと思い、呼び出した。
「もう動物を痛めつけたり、殺したりするのはやめよう? いつまでも子どもだからという理由で許されることじゃないわ」
「そうだよね。これからなおしていくよ」
 思いのほか、すんなりと受け入れて安心した。これで大丈夫だと思えたことで、この日はぐっすりと眠ることができた。
 次の日、目が覚めると息子が朝食を用意してくれていた。初めての行動に感動して、しっかりとお礼を伝えて口にした。完食した後、息子がニコニコと笑っていた。
「これで最後にするよ」
 激痛に悶えている中、息子は笑ってそばに立っているだけだった。

4/25/2023, 3:36:32 PM

 七夕の季節、多くの笹に願いが下げられる。私はそれを叶えなければならない。でも、すべて願いが叶うわけでもない。私の力が届く範囲で、善良な人間に対してのみその願いを叶える。一年以内に叶うように調整するが、力およばずで叶えられなかったものも多い。だけど、誰も私を責めない。みんな、口を揃えてこう言う。
「神様なんていないんだ」
 この言葉に何度も傷つけられた。私はここにいるのに、それを証明できない。それが悔しくて何度も泣いた。一人じゃ背負いきれない責任に押しつぶされそうになって後任を探したこともあった。
 だけど、時々届く「神様、ありがとう」の言葉に救われて止めることができないのだ。
 そんな生活を人間の新しい一つの習慣を知った。
 流れ星が降る夜に、彼らは願い事をするらしい。星が消えるまでに願い事を三回唱えると、叶うのだという。
 それを知った私は驚いた。神様に頼らないで願いを叶える方法があるのだと。だが、どうしても不思議だった。流れ星に託した願いは誰が叶えるのだろうと。星は神様のように不思議な力はない。そうなると人間はなにを考えて祈っているのだろう。
 それを教えてくれたのは別の仕事をしている神様だった。
「神様よりも、星はものだから期待値が小さくて済むんじゃない? ほら、星よりも人の方が叶えてくれる力がありそうな気がするもの」
 そうか。それなら、私も星に願い事をしてもいいのだ。
 宇宙を眺めて流れ星を待った。すると、やっと一つの流れ星が見えた。目を瞑って、流れ星に願いを託す。
 もっと私に、人々の願いを叶える力がつきますように。

4/24/2023, 4:10:37 PM

 私の中には自分を幸せに導くためのルールがある。
 例えば、どんな時でも信号は守るとか、学校の授業で一日一回は挙手するとか、人がやりたがらないことを率先してやるとか、そういった小さなルール。守り続けたところで、誰かのためになるわけでもなければ、自分が得をするわけでもなかった。
 ただ、そういったことの小さな積み重ねがいつか、何か形になって返ってくると信じている。
 だからこそ、私には許せないものがある。
 それは社会で一般常識とされているようなルールを守れない人間だ。平気でゴミをポイ捨てしたり、路上喫煙をしていたり、歩道を走る自転車だったり。それが身近な人であればあるほど強い憎しみに似た感情を抱く。優等生な私はそういった人に注意をするが、大抵は無視されるか、文句を言われるかのどちらかだ。
 だから、三回目のの警告を無視した人には罰を与えなければならない。
 今、目の前で悶えているクラスメイトがそうだ。人に万引きを命じたり、未成年なのにタバコを吸っていたり、校則を守らなかったり。
 拘束されて、まともに動けない状態で理性のない動物のように言い訳を述べたり、命乞いされたりした。当然、聞き入れる耳は持ち合わせていない。だって、仏の顔も三度までなのだ。ルールを守れないゴミはこの世の中にはいらない。
 だから、みんなが安心して暮らせるように。綺麗な街を保てるように。犯罪がこの世から亡くなるように。
 その命を代償として、この世から消し去る。誰もやらないから私がやるしかない。法律とか倫理とか関係ない。
 私が、ルールだ。

4/23/2023, 1:50:14 PM

 今日は怒られませんように。
 毎日それを祈ってリビングに行っていた。それなのに、今日は違った。いつもだらしなく、ソファで寝ている母がいなかった。不思議に思って、家の中全ての部屋をのぞいたが、どこにもいなかった。安心する反面、どこに行ったのか不安になる。
 とりあえず、学校に行った。何度かスマホに母からの連絡がないかを確認したが、なにもなかった。毎日、嵐のように暴れて疲れたら眠る人だから、いないと気持ちが楽だった。
 母がいなくなった原因がわかったのは帰宅してからだった。警察署から電話があって、母が殺人未遂で逮捕されたという。特に驚きはなかった。あぁ、あの人ならやりかねないなと納得していた。警察署まで来て欲しいと呼ばれ、仕方なく出向いた。そこで会った母はまだ怒りの炎をメラメラと燃やしながら、何かをぶつぶつと呟いていた。それとなく話しかけたが、返事はない。
 その後、事件の詳細と今後の流れを警察官から説明を受けた。まだ、高校生だった私は児童養護施設で面倒を見てもらうこともできると言われたが、断った。母がもらっている生活保護と、父からの養育費で生活できると思って帰宅した。
 毎日、母が暴れ続けた痕跡がそこら中に残っていた。穴の空いた壁。破かれたカーテン。ひっくり返された机。その全てを一つ一つ丁寧に元に戻していった。直せないものはそのままにしたが、家の中が整うとこれまでにない、心に安寧が訪れた。
 誰にも支配されない落ち着いた生活を手に入れた。
 今までずっと荒ぶっていた心。これからの、今日の心模様はずっと遠くまで澄んでいて透き通った色をしていた。

4/22/2023, 3:10:11 PM

 こんな方法で父に会えるのなら本望だった。
 高校生だからといって自分の出世を優先して、海外出張に出かける父と会うのは年に数回のみだった。どうすればもっと会えるか、どうすればもっと会話できるか。ファザコンだと言われてもいい。その方法を必死に考えてきていた。
 ある日、友達から先輩の家に行こうと誘われた。なにも考えずについていくと、机の上に注射器が転がっていた。あからさまな怪しい雰囲気にこわくなり、逃げようとしたが友達の大丈夫だからという言葉のせいで後に引けなくなった。勧められるままソファに座り、目の前で先輩たちが交互に注射を打っていく。自分だけは絶対にやらないと決めていたのに、こんな時に思い浮かんだのは父の顔だった。
 たとえ間違いだったとしても、ここで私がこの注射を打って捕まりでもしたら心配で帰ってきてくれるのではないか。そんな期待が過った。そうだ。そうすれば父も海外になんて行かなくなる。私の行動を監視するようになるだろう。
 そう思うと、目の前の注射もこわくなかった。大丈夫、一回で辞められる。私は依存したりしない。そう言い聞かせながら腕に刺した後のことはあまり覚えていない。
 しばらくして、やっと父に会えた時心配の言葉を期待して抱きつこうとしたのに、その手を振り払われた。
「お前をこんな奴に育てた覚えはない」
 その冷たい目はなにも映していなかった。
 私は間違えたんだ。わかっていたはずなのに、気づいた時には既に手遅れだった。
 今、腕には消えない注射の跡がいくつもある。

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