池上さゆり

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 こんな方法で父に会えるのなら本望だった。
 高校生だからといって自分の出世を優先して、海外出張に出かける父と会うのは年に数回のみだった。どうすればもっと会えるか、どうすればもっと会話できるか。ファザコンだと言われてもいい。その方法を必死に考えてきていた。
 ある日、友達から先輩の家に行こうと誘われた。なにも考えずについていくと、机の上に注射器が転がっていた。あからさまな怪しい雰囲気にこわくなり、逃げようとしたが友達の大丈夫だからという言葉のせいで後に引けなくなった。勧められるままソファに座り、目の前で先輩たちが交互に注射を打っていく。自分だけは絶対にやらないと決めていたのに、こんな時に思い浮かんだのは父の顔だった。
 たとえ間違いだったとしても、ここで私がこの注射を打って捕まりでもしたら心配で帰ってきてくれるのではないか。そんな期待が過った。そうだ。そうすれば父も海外になんて行かなくなる。私の行動を監視するようになるだろう。
 そう思うと、目の前の注射もこわくなかった。大丈夫、一回で辞められる。私は依存したりしない。そう言い聞かせながら腕に刺した後のことはあまり覚えていない。
 しばらくして、やっと父に会えた時心配の言葉を期待して抱きつこうとしたのに、その手を振り払われた。
「お前をこんな奴に育てた覚えはない」
 その冷たい目はなにも映していなかった。
 私は間違えたんだ。わかっていたはずなのに、気づいた時には既に手遅れだった。
 今、腕には消えない注射の跡がいくつもある。

4/22/2023, 3:10:11 PM