ライ麦粉

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2/14/2023, 2:12:20 PM

※いつか書いた使いまわしです。そして恐らく普段の麦粉の雰囲気とは全く異なります。ご承知下さいませm(_ _)m


バレンタインデー。
 それは歴とした日本の文化のひとつであり、女性が想いを寄せる男性にチョコレートを贈る日として知られている。
 近年は、この想いを寄せる、と言うものが拡大解釈されていき、普段の感謝を伝える云々と言う名目のもと、女性のみならず男性でさえも同性、異性関わらず義理チョコを贈り合うただのチョコ交換イベントとなり下がっているのだが、まあそれはさておき──

 「どうして、あげるのはチョコじゃないといけないの?」

 今、私の目の前にいる五歳の少年の問いに、私は何て答えたものかと思案する。
 ……というか、思案の果てに答えが思い付かなかったから冒頭に現実逃避を兼ねてバレンタインデーとは何ぞや、という説明を長ったらしくしていた訳だが。

 「……チョコは……チョコは、そう! 甘くて美味しいよね? 貰ったら嬉しいじゃん。だから、みんなチョコをあげるんだよ」

 「でも、お煎餅貰っても嬉しいよ? 何でお煎餅じゃ駄目なの?」

 …………煎餅、ときたか。
 いやね、我ながら苦しい説明だとは思ったよ? しょっぱい系でも良いじゃん的な反論されたらどうしようって思ったよ?
 しかし、よりにもよって、煎餅。
 バレンタインという甘い響きにこうもそぐわないお菓子があるのものなのか。初めて知ったよ。
 何もそんなものをピンポイントで挙げなくてもさぁ。

 ──よってらっしゃいみてらっしゃい! バレンタインの贈り物にピッタリ、チョコ煎餅だよ! バリッとした固い食感に、あまじょっぱい醤油の芳醇な香り、仕上げにほろ苦いチョコの後味が…………やっぱりないな。

 お願いだから、せめてポテチにして欲しい。あれならまだチョコに合わせられる。 

 「ねーねーなんでー?」

 「……ね……ねー! なんで……なんでだろうねぇ!?」

 勿論そんな下らない妄想でこの好奇心旺盛な五歳児の「なんでなんで」を止められる筈もなく。
 やはり私は途方に暮れるのであった。


 ……いや、別に正直に話しても良い筈なのだ。私とて、この歳になってその由来を知らない訳でもない。
 ──ただ。今一度、童心に帰って考えて欲しい。

 かつて私がまだこの少年のように純粋な心を持っていた頃。
 私も同じ疑問を抱いたことがあった。
 それは私に限らず、多くの人が、やはりバレンタインデーになんでチョコを贈るのか、その理由を知りたいと思ったことがあるのではなかろうか。
 そしてそれは、きっと冬の多くのイベントに年の順に慣れ親しんでいた頃だった筈だ。
 クリスマスは偉大なる父の子、イエスの誕生祭として。
 お正月は過ぎ行く年を慈しみ、新年を迎え入れる歓迎として。
 節分は旧暦の正月、新春を祝い、その年の邪気を払うものとして。
 いずれも馬鹿騒ぎに落ち着くのが日本人の性ではあるが、しかしそれらには歴史があった。

 だから、きっとバレンタインデーにも、そういうロマンスがあるのだと。そう信じて疑わなかった我々は、今日に至るまでのその日の歴史に胸を踊らせながら、両親や先生に尋ねた。
 ──バレンタインデーになんでチョコを贈るのか、と。
 そんな我々に、大人たちがどんなに無慈悲かつ大人げない回答をもたらしたのか。それはもう皆の知るところだろう。
 ある人はインテリぶった顔をして、またある人は苦笑いを浮かべて。
 純粋な私たちに、揃いも揃ってこう答えた。

 ──それはね、チョコ屋の、チョコ屋による、チョコ屋のための販売戦略なのだよ、と。

 それは私の純情を初めて汚された瞬間だった。
 当時の私にとって、その純粋な夢を壊されることは、相当にショックな出来事であった。あの時の喪失感を、私は今でも覚えている。
 ──そんな我々は、まるで自分たちがやられたことをそのまま返すように、悪そうな顔をしてこの少年の夢を奪うことが果たして出来るのか?

 否。断じて否である。

 少年よ! 安心するのだ! 私が、そのロマンスに見合う話を作っ──

 「あのねー? ママがね、ばれんたいんは、お菓子やさんがね、お金が欲しいからね、チョコを贈るといいよって、いったんだってー。ねぇねぇ、チョコを贈るんだよって言うと、お菓子やさんが、お金、もらえるの? なんでー?」

 …………………………。

 …………この時、この無邪気な少年の落とした爆弾の如き破壊力を持った『なんで』が、私にいかに衝撃と、絶望をもたらしたのか、それは想像に硬くないのではないか?

 正しく。正しく私は唖然とした。リアクションなど出来ようものか。
 既に、私にはクリティカルヒットを超えて改心の一撃が入っていたというのに、それなのに。

 「はい! これ、あげる!!」

 「…………え? チョコ? ……あ、ありがとう? でも、なんで」

 「んー。ママがね! おねぇさんは、どうせあげる相手もいないだろうから、かわいそう? だからあげてって! おねぇさん、かわいそうなの? これ、食べて元気だして?」

 じゃあね! そう言って元気な五才児は、駆け出していってしまった。

 「……………………」

 …………ああ、うん。貰ったチョコは、酷く甘くて……いや、甘かった。

 断じて、そう、断じて。少し、しょっぱくなど無かったのだ。

              《完(敗)》

【バレンタインデー】

P.S
 チョコ煎餅あるそうです。 Σ(Д゚;/)/
 筆者の無知故あのような書かれ方をしたチョコ煎餅氏ですが、当人には一切関係がありませんので、何卒、ご容赦ください。決して、断じて! チョコ煎餅を貶す意図はこざいません。

2/13/2023, 4:57:38 PM

 心配なんて柄じゃ無いと思った。その目的で彼女の元を訪れるのに、今の自分は全く相応しくないとも知っていた。
 それでも、不安に思ったのだから、ここに来たのは間違いじゃ無いだろう。

 古いアパートの一室は、鍵もかかっていなかった。ワンルームの家だから、玄関をくぐれば全てが見えた、察せられた。
 カーテンは閉まっていなかったけど、この時期には珍しい厚い曇天が外には広がっていて、安い白熱灯はその役割さえ放棄して、部屋のなかを明るく照らすものは何も無かった。
 吐く程飲んだのか、部屋中に安いチューハイの缶が散乱し、吐瀉物とアルコールの臭いが立ち込める。窓際のキャンパスには描きかけの作品があっただろうに、赤い絵の具で雑に塗り潰されており、破れた厚紙は部屋のそこかしこに見付かった。

 アトリエでもあるから色には困らない筈なのに、闇すら存在しないその部屋は、唯一様に灰色だった。
 彼女は、そんな無色の部屋の片隅で、うつ伏せに潰れて嗚咽をあげていた。

 『入賞者は──』

 机の上だ。この全てを作り上げた残酷な文字が、無機質な明朝体でコピー用紙に羅列されている。その机のすぐ側に、或いは彼女が今まですがってきた筈の古いガラスのトロフィーが、粉々に砕けて鈍く光っていた。

 それもその筈。それは彼女が欲しかったトロフィーではないのだから。
 それもその筈。彼女が欲しかったトロフィーは、自分の手の中にあるのだから。

 「…………って」

 しゃがれた声だった。やっとの思いで出したのかもしれない。

 ──待っててよ、お願いだから。

 「────は、」

 そんな情けない声を聞かされたから。胸の内に言葉が湧くのも早かったのだろう。
 塗り潰されたキャンパスが視界に入る。やっぱり、来て良かったかもしれない。

 怒りのままに、声を発したつもりだった。もっと冷めた声色になると思った。

 「じゃあ、待っていようか」

 それが思いの外優しく響いて、我ながら酷い奴だと笑いたくなった。随分頭に来ていたらしい。
 伏せられた顔が勢いよく上げられる。顎はわなわなと震えて、既に青い顔から更に血の気が引いていく。漸く自分を捉えたその眼は、大きく見開かれたその瞳は、今しがた彼女自身が発した言葉への後悔と、自分の答えに対する絶望をありありと映した。
 構うものか。一つ微笑んで、踵を返す。
 
 ねえ、待って、違う、そうじゃない。

 聞こえる声に返事をする必要がどこにあるだろう。あんなものか。もう二度と期待などするものか……期待?
 そう、そうか。自分が感じたのは、彼女の作品が観られなくなる事への、不安だったのか。
 ああ、残念だ。好きだったのに。
 乱暴に扉を閉めて、鉄さびた階段に足をかけようとした時。

 背後から、慟哭が上がった。

 咄嗟に口元を覆った。最低だ、本当に。それでも。
 それでも、口角が上がるのを抑えられない。
 
 そうだ。そうだよ。泣き叫べ。踠き、苦しめ。血涙を流して、また這い上がってこいよ。
 待ってて、なんて。望んでもいない事を口にするんじゃない。そんなの、誰よりもお前が、許さない癖に。

 先に行くさ。同じように、足掻いて、踠いて。だから、だから。

 お前が走って、追い抜かせよ。

【待ってて】

2/13/2023, 7:13:21 AM

 どんな言葉も、芯にはその想いがあるだろう。
 もしかしたら、自覚はされないかもしれない。思ったものと違う感情や情報が伝わるかもしれない。
 それが、嫌で。
 より正確に、より複雑に、言葉を編んで、誤解のないよう、正しく意図する所が伝わるよう、慎重に、臆病に、一語一語紡いでいく。

 ──ああ、神よ。

 その願いの果てに、我々はバベルを建てたんだ。

 それはそんなに、悪い事でしたか。

【伝えたい】

2/12/2023, 5:51:54 AM



   二度とはあり得ない、刹那を生きる。


 【この場所で】

2/11/2023, 4:40:42 AM

※一日飛ばしたので今回は二本立てでございます。

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 花など、毎日貰う人でもない。
 花束を、自分が抱えて、人に抱えさせて。そんな情景を想い出すのは、ああ、花ではなく、それを頂くに至った一連の関係を、因果を、そして感情を呼び起こす。

 そのどれも、忘れる事など叶わないのなら、それは。


 それは枯れずの花束。


 手の中の彩色は、未だ痛いくらいに艶やかで。どうしようもなく、憎くて、憎くて、美しい。

【花束】

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 誰もがみんな、愛情を憶えている。
 憎悪を、敬愛を、嫉妬を、羨望を、憤怒を、喜楽を、憶えている。
 誰もがみんな、人間である。

 誰もがみんな、息をしている。
 食事を、睡眠を、代謝を、発熱を、運動を、生命活動を、している。
 誰もがみんな、生きている。

 当たり前の話だ。抽象化の果てに、人は同じく括る事が出来る。共通項はすぐに見つかる。貴方は、私は、物体である。地球の上に存在している。
 それは、容易い事だ。

 そう、容易い事なのだ。それでも。

 執拗に難しく考えて、簡単に括った関係を切り分ける事が出来るのは、ただ自分自身だけである。分け方は千差万別、それ故に、括る様に一つ明確な定義や正解はあり得ない。
 それ故に、酷く難儀な事である。

 そしてそれ故に、価値を見出だしやすい事も。

 きっと、誰もがみんな、知っている事だろう。

【誰もがみんな】

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