「大人になってもずっと遊ぼうね」。確かにそんな言葉を交わしたけどさ。
陽気すぎる声がそこかしこから響いて雑音へと変わる。アルコールの臭いは、実は酒というより消毒用のそれだし、何なら料理のほうが美味そうな匂いを運んでくるのだ。学生の頃にぼんやり思った居酒屋のイメージは、なんかちょっとだけ現実より敷居が高かったらしい、なんて気づいたのは、最近のようで十年も前。足繫く通えばそんな目新しい発見もありはしない。
はじめは予定を全員で合わせて。誰かの誕生日、行事の記念日。いつの間にか、ただ愚痴りたいときに、今から来れるやつ、なんて雑に呼びつけて。それでも大体来てくれる彼らを、やっぱりそれなりに好いていて。
「結婚したんだ」
心の底からおめでとうと言えた。お前も早くしろよ、茶化されてもうるせえと笑えた。
知ってるか? そのネタはこすられなくなったほうが辛いんだ。今も気のいい奴らのままで。電話一本で駆けつけてくれる。ありがたいよ、本当に。
それでも、話の中心はいつも、子供のことだ。ふられすらしない話題でみんな盛り上がって、共感をぶちまける……いや、わからないんだって、だから。そうして今日も、ぬるいビールを端の席でちびちびすする。
カラン、と隣にグラスを置かれる音がした。反射で会釈をすれば、その中では一番付き合いのない彼女。ああ、そうか、あなたもね。それでも同士のような苦笑いを浮かべて、二人苦い酒をあおるのだ。
【二人ぼっち】
※間に合いそうにないので溜めたお題はまた後日消化します。今日はこれで勘弁(-人-;)
お金。私、お金に眼がありません。大好きですよ、ええ。……まあ、私に限らず、嫌いなお人は、少ない様に思われますが。
「お金は嘘をつかない」、なんて言いますけど、まさしくその通り。額面以上の価値は、逆立ちしたってありませんからね。それに勝手な期待をし過ぎると、少々痛い目を見るやもしれませんが。
何が素晴らしいって、価値が統一されていることですね。どんなものだって、需要と供給によって、常々価値が変わりますから。それを、お金を用いれば誰の眼に見ても価値の変動が明らかです。お金に照らして、「相対的な」価値判断が、誰でもさくっと行えるんです。
そう! つまり、お金は、あらゆるものの基準になり得る訳です。お金は常に、あらゆるものと等しい価値がございます。値段をつける訳ですから。以上も以下も、本来はないのです。
……え? 私ですか? いえいえ。私、そんな大それたものは持ち合わせておりません。持ってはいませんが……お金より大切なものが存在している事は、存じ上げておりますとも。
いろいろありますねぇ。人命、栄誉、夢……。否定する気は全くございません。たた……先程申し上げた通り、元来、お金は、あらゆるものと等しく価値がある筈です。しかし、そうではない何かがある。
それは、人によって価値が著しく変動するものではございませんか?
貴方にとっては何よりも大切だけれど、他の誰かにとっては、二束三文にもならないような。そんな物は、成る程確かに、お金によって価値を決めるのは難しいやもしれません。
……私だって、そういったものの価値は、少しは分かります。ただ。……それはつまり、貴方の置いた価値が、貴方の思想や思うところが、とある他人には、共有されない、ということで。
お金よりも大事なもの。抱えてしまえば、少しばかり、生き難くはありませんか。
【お金より大事なもの】
はしたないと嗤うなら、命を賭ける資格は無い。
【欲望】
※大変長らくお待たせ致しました。本日は二本立て。
「あ、」
間髪いれずに彼女は自身の太ももをひっぱたく。しかし目的は達せられなかったようで、顰めっ面をしながら叩いた周辺を軽くさすった。
居るね。
まあ、夏だからね。
軽い応酬。ぶん、と耳の近くの空気が揺れた。
取ってよ。君の方が得意でしょ。
単純に視力が良いだけだと思うよ。
そう言いながらも、今度は自分の腕に止まったそいつに手を伸ばす。ぱちん。音と同時に飛び立つ豆粒。何かが当たった気がしたから、取ったと思ったんだけれど。
指先を見れば、そいつの脚だけ、黒く、黒く、張り付いていた。
取れた?
若干の期待を込めて聞いてくる彼女が、まじまじと見た手のひらの先に居た。
『取れた』
脚。あれは、蚊ではなくて、蟻だったか。彼女が笑って掲げた死骸は、やっぱり脚が欠けていた。
昔の話だ。よくある話だ。好奇心だけで作られた無邪気さが、それでも自分は酷く恐ろしかった、気がした。
ばちん。先程よりも重い音が鳴る。今度は机を叩いたようだ。
ノートの上に、形さえも分からないシミができた。その上に生々しい血の赤が飛び散っていた。
取れた。
まさに浮かべたその笑顔が、いつかのそれと、重なった。
【小さな命】【君は今】
______________________
─そうだ、明日から家族で旅行に行こうよ。
「…………」
─たまには気晴らしも必要じゃない?
「姉ちゃん」
─旅行じゃくてもいいよ。ちょっと遠出しよう。
「姉ちゃん」
─そうだな、準備しなくちゃいけないね。
「姉ちゃん」
─あー、トランクとか出さないとね。
「姉ちゃん」
─ガイドブックとか、買っちゃう?
「姉ちゃん、」
─ん、何? 何? さっきから。天気が心配?
「姉ちゃん、」
─ダイジョブだって、こんなに晴れて─
「─今日は土砂降りだろ」
─ああ、
─じゃあ、てるてる坊主作らなきゃね。
「………………」
─覚えてる? 昔、母さんに教えて貰ったの。
「……、姉ちゃん!」
─あ、そうだ。母さん達も明日休みだよね?
「姉ちゃんッ!!」
─たまには親孝行しないとね─
「ッ、無理に決まってるだろッ!!!」
…………もう、居ないだろ。
────あれ……………?
【物憂げな空】【現実逃避】【遠くの街へ】
一目惚れなんてロマンスを、俺は信じていなかった。
だからこれは惚れたんじゃなくて、ただ一方的に、あてられただけだ。
灼熱だった。スポットライトが照らす彼女は、その場の何よりエネルギーを放っていた。
直視できないくらいに眩しいのに、目を逸らす事は決して叶わない。
されるがままに、焦がされた。
埃を被ったギターを思い出す。本当は、……本当は? 積もったのはそうして出した言い訳にもならない言葉達だと知っている癖に。
──歌えよ。
どうして。どうして。何で俺はここにいる? 何であのスポットライトの下にいないんだ?
真っ直ぐにこちらを射ぬく眼。挑発的に伸びゆく歌声。
何もかもに、内蔵の一切を焦がされた。
あれから何時間たった? 全く覚えちゃいなかった。いても立ってもいられなくなって、とにかく必死に、喉が枯れるまで声を上げた。
気が付けばスポットライトの下に立っていて。
気が付けば必死にギターを掻き鳴らしていた。
頭上の白熱灯は思ったよりも眩しかったし、観衆の眼は思ったよりもよく見えた。
あの日から火照ったままの体が、その実全く動かない。動かす為の熱量は内側に渦巻いているのに、指先の動きはもどかしいほど遅かった。
助けが欲しかった。指標が欲しかった。すがるようなみっともない目で、客席を見下ろした。
彼女が、観ていた。
忖度なんて無い、冷たい視線。羞恥に焼かれる。なんで自分はこんなことを? 臆病な部分が冷静ぶって、無性に泣きたくなった。今すぐに、このステージから駆け降りて、お目汚し失礼しましたと頭を下げてしまいたい。
でも、でもな。辞められないんだ。みっともなくたって、声に出して、叫んで、そうしろと体の内から何かが焼いた。
妬いて焼かれて、燃えていた。体は壊れるんじゃないかってくらい熱くて、暑くて、吹き出した汗が止まらなかった。
それでも声を張り上げる。上ずったかもしれない、音を外したかもしれない。足腰はガクブルだ。全部観られてる。まだここから降りない宣言だと、全部全部知られてる。
気のせいだろう。彼女が、愉しそうに笑った。
イカれてるかな。でも、確かに。
君になら消し炭にされても良いと思ったんだ。
【太陽のような】【Love you】
名も無き日。