ライ麦粉

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※大変長らくお待たせ致しました。本日は二本立て。


 「あ、」

 間髪いれずに彼女は自身の太ももをひっぱたく。しかし目的は達せられなかったようで、顰めっ面をしながら叩いた周辺を軽くさすった。
 居るね。  
 まあ、夏だからね。
 軽い応酬。ぶん、と耳の近くの空気が揺れた。
 取ってよ。君の方が得意でしょ。
 単純に視力が良いだけだと思うよ。
 そう言いながらも、今度は自分の腕に止まったそいつに手を伸ばす。ぱちん。音と同時に飛び立つ豆粒。何かが当たった気がしたから、取ったと思ったんだけれど。
 指先を見れば、そいつの脚だけ、黒く、黒く、張り付いていた。
 取れた?
 若干の期待を込めて聞いてくる彼女が、まじまじと見た手のひらの先に居た。

 『取れた』

 脚。あれは、蚊ではなくて、蟻だったか。彼女が笑って掲げた死骸は、やっぱり脚が欠けていた。
 昔の話だ。よくある話だ。好奇心だけで作られた無邪気さが、それでも自分は酷く恐ろしかった、気がした。
 
 ばちん。先程よりも重い音が鳴る。今度は机を叩いたようだ。
 ノートの上に、形さえも分からないシミができた。その上に生々しい血の赤が飛び散っていた。
 取れた。
 まさに浮かべたその笑顔が、いつかのそれと、重なった。

 
【小さな命】【君は今】

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─そうだ、明日から家族で旅行に行こうよ。
「…………」
─たまには気晴らしも必要じゃない?
「姉ちゃん」
─旅行じゃくてもいいよ。ちょっと遠出しよう。
「姉ちゃん」
─そうだな、準備しなくちゃいけないね。
「姉ちゃん」
─あー、トランクとか出さないとね。
「姉ちゃん」
─ガイドブックとか、買っちゃう?
「姉ちゃん、」
─ん、何? 何? さっきから。天気が心配?
「姉ちゃん、」
─ダイジョブだって、こんなに晴れて─

「─今日は土砂降りだろ」
 
─ああ、

─じゃあ、てるてる坊主作らなきゃね。
「………………」
─覚えてる? 昔、母さんに教えて貰ったの。
「……、姉ちゃん!」
─あ、そうだ。母さん達も明日休みだよね?
「姉ちゃんッ!!」
─たまには親孝行しないとね─
「ッ、無理に決まってるだろッ!!!」
…………もう、居ないだろ。

────あれ……………?


【物憂げな空】【現実逃避】【遠くの街へ】

3/1/2023, 8:09:40 AM