※いつか書いた使いまわしです。そして恐らく普段の麦粉の雰囲気とは全く異なります。ご承知下さいませm(_ _)m
バレンタインデー。
それは歴とした日本の文化のひとつであり、女性が想いを寄せる男性にチョコレートを贈る日として知られている。
近年は、この想いを寄せる、と言うものが拡大解釈されていき、普段の感謝を伝える云々と言う名目のもと、女性のみならず男性でさえも同性、異性関わらず義理チョコを贈り合うただのチョコ交換イベントとなり下がっているのだが、まあそれはさておき──
「どうして、あげるのはチョコじゃないといけないの?」
今、私の目の前にいる五歳の少年の問いに、私は何て答えたものかと思案する。
……というか、思案の果てに答えが思い付かなかったから冒頭に現実逃避を兼ねてバレンタインデーとは何ぞや、という説明を長ったらしくしていた訳だが。
「……チョコは……チョコは、そう! 甘くて美味しいよね? 貰ったら嬉しいじゃん。だから、みんなチョコをあげるんだよ」
「でも、お煎餅貰っても嬉しいよ? 何でお煎餅じゃ駄目なの?」
…………煎餅、ときたか。
いやね、我ながら苦しい説明だとは思ったよ? しょっぱい系でも良いじゃん的な反論されたらどうしようって思ったよ?
しかし、よりにもよって、煎餅。
バレンタインという甘い響きにこうもそぐわないお菓子があるのものなのか。初めて知ったよ。
何もそんなものをピンポイントで挙げなくてもさぁ。
──よってらっしゃいみてらっしゃい! バレンタインの贈り物にピッタリ、チョコ煎餅だよ! バリッとした固い食感に、あまじょっぱい醤油の芳醇な香り、仕上げにほろ苦いチョコの後味が…………やっぱりないな。
お願いだから、せめてポテチにして欲しい。あれならまだチョコに合わせられる。
「ねーねーなんでー?」
「……ね……ねー! なんで……なんでだろうねぇ!?」
勿論そんな下らない妄想でこの好奇心旺盛な五歳児の「なんでなんで」を止められる筈もなく。
やはり私は途方に暮れるのであった。
……いや、別に正直に話しても良い筈なのだ。私とて、この歳になってその由来を知らない訳でもない。
──ただ。今一度、童心に帰って考えて欲しい。
かつて私がまだこの少年のように純粋な心を持っていた頃。
私も同じ疑問を抱いたことがあった。
それは私に限らず、多くの人が、やはりバレンタインデーになんでチョコを贈るのか、その理由を知りたいと思ったことがあるのではなかろうか。
そしてそれは、きっと冬の多くのイベントに年の順に慣れ親しんでいた頃だった筈だ。
クリスマスは偉大なる父の子、イエスの誕生祭として。
お正月は過ぎ行く年を慈しみ、新年を迎え入れる歓迎として。
節分は旧暦の正月、新春を祝い、その年の邪気を払うものとして。
いずれも馬鹿騒ぎに落ち着くのが日本人の性ではあるが、しかしそれらには歴史があった。
だから、きっとバレンタインデーにも、そういうロマンスがあるのだと。そう信じて疑わなかった我々は、今日に至るまでのその日の歴史に胸を踊らせながら、両親や先生に尋ねた。
──バレンタインデーになんでチョコを贈るのか、と。
そんな我々に、大人たちがどんなに無慈悲かつ大人げない回答をもたらしたのか。それはもう皆の知るところだろう。
ある人はインテリぶった顔をして、またある人は苦笑いを浮かべて。
純粋な私たちに、揃いも揃ってこう答えた。
──それはね、チョコ屋の、チョコ屋による、チョコ屋のための販売戦略なのだよ、と。
それは私の純情を初めて汚された瞬間だった。
当時の私にとって、その純粋な夢を壊されることは、相当にショックな出来事であった。あの時の喪失感を、私は今でも覚えている。
──そんな我々は、まるで自分たちがやられたことをそのまま返すように、悪そうな顔をしてこの少年の夢を奪うことが果たして出来るのか?
否。断じて否である。
少年よ! 安心するのだ! 私が、そのロマンスに見合う話を作っ──
「あのねー? ママがね、ばれんたいんは、お菓子やさんがね、お金が欲しいからね、チョコを贈るといいよって、いったんだってー。ねぇねぇ、チョコを贈るんだよって言うと、お菓子やさんが、お金、もらえるの? なんでー?」
…………………………。
…………この時、この無邪気な少年の落とした爆弾の如き破壊力を持った『なんで』が、私にいかに衝撃と、絶望をもたらしたのか、それは想像に硬くないのではないか?
正しく。正しく私は唖然とした。リアクションなど出来ようものか。
既に、私にはクリティカルヒットを超えて改心の一撃が入っていたというのに、それなのに。
「はい! これ、あげる!!」
「…………え? チョコ? ……あ、ありがとう? でも、なんで」
「んー。ママがね! おねぇさんは、どうせあげる相手もいないだろうから、かわいそう? だからあげてって! おねぇさん、かわいそうなの? これ、食べて元気だして?」
じゃあね! そう言って元気な五才児は、駆け出していってしまった。
「……………………」
…………ああ、うん。貰ったチョコは、酷く甘くて……いや、甘かった。
断じて、そう、断じて。少し、しょっぱくなど無かったのだ。
《完(敗)》
【バレンタインデー】
P.S
チョコ煎餅あるそうです。 Σ(Д゚;/)/
筆者の無知故あのような書かれ方をしたチョコ煎餅氏ですが、当人には一切関係がありませんので、何卒、ご容赦ください。決して、断じて! チョコ煎餅を貶す意図はこざいません。
2/14/2023, 2:12:20 PM