「将来の夢は。」
語って微笑ましく観られなくなったのは、何時だった?
向けられる笑顔が、次第に嘲りに変わったのは、何時だった?
けら、けら。
──知ってるか? あいつ、有名人。
けらけら、けらけら。
──知ってる知ってる。学校一、イタイやつだろ?
けらけらけらけらけらけら。
──現実見ろよ。脳内お花畑かよ。
けらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけらけら。
「…………は、っはは」
全く、滑稽だ。なあ? そうは思わないか。
嫉妬か? 羨望か? 優越か?
何れにしても醜いだろう?
笑われたなら、良いじゃあないか。
そんな言葉が一体どれ程稚拙なのか、分かっていないのか。
「呆れたな」
そういって、嗤い返してやれよ。
知ってるさ、そんな事をするやつが一番醜い。醜いやつにはなりたくない。
だから、今だけで良い。今だけ、他人を嗤う自分が一番嫌いな奴の、ふりをしてみろよ。
自分に持てる、精一杯の虚勢で、ただ一瞬だけ、背徳感に浸って周りの全てを見下してやれ。
なあ? たまには。
道化の如く生きてみろ。
【スマイル】
ある日憐憫に身を寄せた。
らしくもないと思い至ったら、次の瞬間には嫌悪に変わった。
それでも日が落ちたらすっかり忘れて、今度は友情に嫉妬した。
なんの脈絡もなくふいにそう思って、そんな自分は酷く愛おしかった。
よくある話だろうか。
相反する様に思える感情が、自覚されればいつの間にか二人、背中を合わせて息をしている。
そうして自分は混乱する……本当に? 好いた事もあったじゃないか。
何も、考えていない様にも思える。
考えすぎて、思考がおかしくなった様にも思える。
いつの間にか涙を流して、感動したのかと後から気付く。
たちまち言葉が大きくなって、怒っているらしいと他人事の様に言う。
一日が充実して、身も心も疲れはてた時か。
日がな布団で過ごして、退屈だと大袈裟に嘆いた時か。
理由も知られず、経緯も分からず、何を考えたのか、思い出す情景が目まぐるしく移ろって、笑いたく、泣きたく、語りたく、黙りたく、唯、無性に狂いたくなる。
そんな感情の奔流に、身を任せて良いものか。
不安か、安心か、どうでも良いのか、どうにかしたいのか。
確かな事が、一つづつ消えていく。自分は、誰でもないのか。何処にも居ないのか。
──ああ、ああ。違います。
書きたくないんじゃありません。
見せられない程に醜い訳でも。
美しすぎて自分だけのものにしたい訳でも。
ただ、ただ──
書き表す術を、私は全く、存じ上げないのです。
【どこにも書けないこと】
『見なさい。時計の針が、また一つ、歩みを進めた』
『もうすぐだ……分かるかい? この技術が完成すれば、人々の暮らしはもっと快適になる。この技術だけではない、科学が進歩し、人々がより多くの事を、自分の意思で考えるようになる』
『世界が完成するまでの刻限へ、針を進めるのは、他ならぬ、我々の素晴らしい発見と努力なんだ。希望を見つめる力が、この世界をより良くするんだよ』
『──じゃあ、針がてっぺんまでいったら、どうなるの?』
『良い質問だね。その時は、』
『世界はきっと、際限無く美しいのだろうね』
草木も生えぬ荒涼の地で、壊れたレコーダーがそんな音声を流したとして。
もはや聞くものも居なければ、そんなものは無いものと同じではないだろうか?
【時計の針】
どこに向かうのですか
行く宛はあるのですか
何を求めるのですか
それすらも分かりませんか
そんなもんだと言ったら、怒りますか
後悔しませんか
やめたくなりませんか
蹴飛ばしたくなりませんか
泣きたくなりませんか
そんなもんだと言ったら、嗤いますか
苦しくないのですか
やめられないのですか
何を願うのですか
それすらも分かりませんか
そんなもんだと言ったら、
少しは楽に、なりますか
【溢れる気持ち】
とつとつと、取り留めもなく。
※2023.2.5 編集。ちょっとずるかったので一話追加しました。
随分と静かな晩だった。
雪解けにはまだ早く、底冷えのする寒さがしんしんと降りてはいたが、それでも、澄んだ空に浮かぶ月を戴きたくなるような、そんな夜だった。
だからあの人なら、一人庭に出て、空を見上げていると思った。
「ここに居られたのですか」
果して、その勘は当たっていた。ただ違うのは、彼はその視界に、月ではなく街を収めていたことだった。
「全く。いい加減ご自身の立場ぐらい、理解して頂きたい。護衛もつけずにこんなところで」
「五月蝿い。こんな晩に、鎧をつけたむさい男を側に置けと言うか、お前は。煩わしくてかなわんわ」
そう言って、心底嫌そうな顰めっ面を私に見せるのだから、私は肩を竦めるより他に仕方がない。
「せめてコートぐらい着てください。風邪を引かれては困ります」
「はあ、この世話焼きめが」
「それが仕事です」
暫しの沈黙。この人は何を思っているのだろうか。隣に立って、その視線の先を追えば、私にも彼と同じものが見えようか。
「……東の砦を、落としたそうです。隣国は、じきに降伏するでしょう」
「…………ふむ。言った通り、勝ったであろう?」
「ええ。全く、信じられませんよ」
彼が、世界征服という大それた野望を、胸に抱いているのは知っていた。それでも、東の隣国を攻め落とす、と言った時には誰もが驚いた。隣国は大国だ。そんなことは出来やしない、と影で嗤ったものも多かった。
しかしこの一件で、彼の評価は覆った。この方ならば、或いは本当に、世界をその手に収めてしまうかもしれない。そんな期待が国中に行き渡るのに、もうそうはかからないだろう。
「東の隣国が領土となれば、我が国はいっそう豊かになるでしょう。そうしたら、今度は南へ攻めるのですか。それとも、西岸から海の向こうの異民の地を目指しますか」
何れにしても、成せれば世界征服に大きく近づくことになる。
「阿呆か。暫く戦はせぬ」
思わず、彼の方を見た。
「なんだ」
「…………いえ」
世界征服は、お止めになられたのですか。言える筈も無い言葉を確かに自分は呑み込んだ。
ああそれなのに、貴方は豪快に笑ったのだ。
「まさか。ただ戦争はいかんな。何分、金がかか
る。金をかけず領土が広がるのなら、それに越したことはない……そうだな、南とは、まずは国境を無くす事からだ。お互いの民が自由に行き来して、法の枠組みでの国境が曖昧になれば、いくらでも取り込む方法はあろう」
「……では、それで国を一つ落とすのに、何年かかるのですか」
「どれだけ早くとも、五十年はかかるだろう」
耳を疑った。五十年だって?
「早いな、確かに。戦を起こせば、そうして勝てば。たった一瞬この世を統べる、それだけであれば、血生臭いのも良かろうよ。だがそれではつまらぬ。それならば、この世の民を一人残らず根絶やしにし、空の大地に旗を立てればそれで良かろう。それと、何も変わらぬであろう」
「ではこの世が統一されるのに、一体何年かかるのですか!」
──ああ。
「千年、だ」
貴方は、私に夢を見せてくれるのではなかったのか。
「千年後、この国の玉座が、世界で一番高くなる」
「…………それは貴方の手で成し得るものじゃあ無い。誰も、誰も! ……それを証明できないじゃありませんか……」
他人事だ。何をそんなに熱くなっているのか。言葉にしてみて初めて気付く。
思っているよりも悔しかったのだ、自分は。目の前の人物が凄いことを知っているから。
「容易い事ではない。むこう千年、後に信念を託し、必ずそれが報われると、疑わぬものしかこの座にはつけぬ。……だが、人は確かなものにすがりたくなるもの。一抹の疑念を抱き、目先の欲に目が眩めば、そんな人間が一人でもいれば、夢は決して叶わぬ」
ああ、語る言葉に血が通う。
「──だからこそ面白い。揺るがぬ一つの意志を、他ならぬ、『俺』の意志を、後世に残すのだ。それこそ、千年先も、人を魅了する、夢を! 言葉を!! ──それが成されるという、絶対の、自信を」
そして、遥か遠くを見据えたその目が、私の眼を真っ直ぐに射抜いた。
「故に、それが叶ったのであれば、それすなわち、手柄は俺のものだ。全て、俺の名の元に集い、俺の名の元に勝鬨を挙げ、そして俺の名の元に、世界を一つにせんと足掻くのだから」
ずるい人だ。冷めかけた心が、再び、いや、今まで以上に燃えている。あらゆる感情が胸の上で膨れ上がって、何故だか無性に喉を焼く。
「……千年越しに、貴方は、再び玉座に、座るのですか」
ああ、貴方のその顔を、私は決して忘れない。
「誓おう。私は、世界を手中に収めて見せる」
伸ばされた手は一真に月の光を浴びていた。私は直ぐ様頭を垂れ、その手に接吻を捧げる。
「もうとっくに、この身は国のものでありますが。私の全てを、貴方様に捧げましょう。唯、貴方様の、思うがままに。そして願わくば、千年先も揺るがぬ意志の、礎と成らんことを」
【1000年先も】 【Kiss】
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
もう一本、お届けします。 by麦粉
_ _ _ _ _ _ _ _ _ _ _
愛してる。情熱的な言葉を紡いで、呆けた顔に唇を埋める。たっぷり二秒数えて、その瞳を見ながら名残惜しそうに離す、その顔が上気していたら成功。こちらも恥ずかしそうに目を伏せられたら尚良い。
結婚しよう、そう切り出すのは、キスをしても相手が混乱しなくなった辺り。なるだけ真摯に言ってやる。今から大切な事を言います、というムードが何より大事で、雰囲気作りの出費はけちらないこと。
潤んだ瞳で了承されたら──その関係は終わり。
あとは、架空のウェディングコンサルタントを紹介して、金をいただいたら用無し、即とんずら。
そうして、また新しい人を見つけて、情熱的な愛を囁く。
楽なものだ。ルックスが特別良い訳ではない。それでも、人をたらすのは上手かった、それなりに人の欲しい言葉が分かったから。優しく、甘く、寄り添うように、欲しい言葉を的確に言ってやる、唇を寄せながら。そうしてそれは、見せかけの愛に上塗りされる。
ああ、もう、何人と唇を交わしたかも覚えちゃいない。どうでも良かった。
ただの、飯の種以上にはならないのだから。
「悲しいやつだな」
弾けるように顔を上げた。パイプ椅子が、僅かに軋む。
こいつ、このワン公が。鼻で、嗤いやがった。
うるせぇ、うるせぇよ! 後ろの制服に押さえつけられる。
俺だって、俺だってなあ!
……本物のキスってのがあるなら、知りてぇよ。
【Kiss】