どうして。なんで。なんでそんなこと。もう二度と声は届かなくなってしまった。
だから今日も、後悔を、する。
「………………」
「…………はぁ、」
「君がいない世界は、相変わらず寂しいな」
「早いな。もう、一年たったよ」
「……ほら、これ」
「花、好きだっただろ」
「忘れてないよ。ちゃんと覚えてる」
「だって、約束しただろ?」
「勿忘草なんて贈っちゃってさ」
「花言葉で伝える、って。口下手かよ」
「あんまり、自分の意見言わないっていうか」
「それだから、喧嘩もあんまりしなかったな」
「無理、させてたんじゃないかな……なんて」
「…………今さら、だよなぁ」
「…………」
「俺さ、絶対、絶っっ対」
「一緒に過ごした日々のこと」
「忘れないから」
_______________________
──ああ。
「………………」
────。
「…………はぁ、」
────。
「君がいない世界は、相変わらず寂しいな」
──やめろ。
「早いな。もう、一年たったよ」
──やめろ。
「……ほら、これ」
──やめろ!!
「花、好きだっただろ」
──そんなに……好きじゃなかったよ……。
「忘れてないよ。ちゃんと覚えてる」
──何、何を忘れてないの。
「だって、約束しただろ?」
──してないよ。君、約束なんてしてくれなかった。
「勿忘草なんて贈っちゃってさ」
──私が買った花はそれが唯一だったよ。
「花言葉で伝える、って。口下手かよ」
──サバサバしてるとこが好きって言ったじゃん。
「あんまり、自分の意見言わないっていうか」
──全部、全部全部君に言ったッ!!
「それだから、喧嘩もあんまりしなかったな」
──喧嘩だって……沢山したじゃん……。
「無理、させてたんじゃないかな……なんて」
──無理してたら一緒にいないよ……。
「…………今さら、だよなぁ」
──あり得ない話をしないでよ。
「…………」
──ねえ、何処見てるの。
「俺さ、絶対、絶っっ対」
──ねえ、君は一体、
「一緒に過ごした日々のこと」
──何を忘れてないの。
「忘れないから」
──君の! 君の覚えてるそれは!! 君の理想だよッ!!
──私じゃないよ……………。
花瓶に挿さった勿忘草は、とうの昔に枯れ果てた。
【勿忘草(わすれなぐさ)】
人がどんな夢を見るのか知らないが、夢だ、と自覚できた時はいつも、真白い空間に、ぽつんと一つブランコがあった。
現実で見たこともない、つまり思い入れもないブランコは、所々塗装が剥げた簡素な鉄パイプに、腐敗の進んだ木の板が、一つだけ、吊り下げられていた。少し押してやるだけで、錆びて赤茶の鎖が、きい、と音を立てた。
ブランコは、ひとりでに、風に吹かれた程度揺れることもあったし、永遠に沈黙を貫くこともあった。それがなんとも、その日の気分次第、といった具合で、少しばかり人間らしく思えた。
夢の中にブランコがある理由は、さっぱり分からなかった。そのブランコで何をすれば良いのかも、やっぱり分からなかった、けれど。
それなりに息苦しくて、目まぐるしく変わる日々の中で、そのブランコに腰かけて、ただぼうっと虚空を見つめるその時間は、あながち嫌いでは無かった。
故に、それについて、深く考える理由も無かった。
「寂しいんじゃないの」
珍しく、気が合う人だと思った。だから他愛ない会話の応酬を、幾ばくか重ねる内に、そんな夢を見る、とでもこぼしたのだろうか。そう言われて、ブランコの話を自分がしたのか、と初めて気が付いた。
気が付いたのは、たぶん、曖昧な納得をしたからだ。夢を見る理由が、なんとなくそうなんじゃないか、と思っていた気もしてきた。
「よく、映画とかであるじゃん。夜の公園で……独白? って言うの、ブランコにのってさ。告白して振られた、とか、喧嘩しちゃった、とか。……あとは、」
──人生が、なんとなく虚ろに思ってるとか。
妙な心地だった。心の底を言い当てられたのか、或いは、そうだと思わされたのか。いずれにしても、はっとした。
どっちであるかもどうでもよかった。
もう少しだけ、この人の話を聞いていたい。次に浮かんだ言葉は、ただそれだけであったから。
だから取り敢えず、何でそう思ったのか、聞いてみた。
だって君、暗そうだったから。
その人は、悪戯っぽく笑って言った。
人と話すのは苦手だと決めつけていた。しかし食わず嫌いに近しいもので、きっかけがあれば瓦解するのは容易であった。寂しいんじゃないの、そう言ったあの人が、話し上手だっただけかもしれない。ただもう少し、いろんな人に話を聞いてみたいと思わされた。
会話を試みれば早かった。苦手なんだ、と言えば、皆懸命に話を紡いでくれた。なんだよ、お前面白い奴だな、そう、何度言われたことか。しかし悪い気はしなかった。
なんとなくあった閉塞感は、いつの間にか霧散していた。
あの人の言った事が図星であったことに気付くのに、そう時間はかからなかった。幾度枕に顔を埋めても、もうあのブランコは、自分の中の何処にも見当たらなかった。
けれど不思議な事に、それが一番寂しく感じた。
【ブランコ】
何を求めるも無く、何処に行くも無い。
ただ、自分の人となりが、それなりの時分に、ふらりと足をいずこかへ向かわせるだけである。
息苦しいのだろうか。日々の生活が、自覚もなしに煩わしく感じているのだろうか。しかしそれにしては、愛おしいものができすぎてしまった様にも思える。全く、難儀なものである。
そういう訳で、たまの出張なんかを言い渡されたら、部下同僚は、それなりに嫌な顔をするのだが、自分はむしろ、心持ちモチベーションが向上する。忙しい時期じゃなければ、大抵は連ねる様に有休を取って、少し長めに目的地に滞在するのが、自分の中の一つ決まりとなっていた。
仕事仲間は皆気持ちの良い奴で、たまに長く留守にする自分は、それなりに迷惑をかけているだろうに、嫌味の一つ無く。貸しだと笑って、美味い土産を所望するばかりである。息子諸君も土産話を聞かせれば眼を輝かせ、妻も、埋め合わせにと同じ場所に皆で赴き、ガイドの代わりを少々やってくれればそれで良いと朗らかに言う。
そんな彼らに文句などつけようもない。自分は少し、恵まれ過ぎている。
……ああ、そうそう。どんな僻地へ訪れても、石ころの一つ、それもなければ面白い話を、自分は必ず土産に包むようにしている。何を当たり前の事を、と言う人があるかもしれぬ。だがそれの示す意味を考えたとき、ふらりと出掛けたくなる、などと言っておきながら、随分甘えたものだ、と我ながらの傲慢に笑ってしまった。
私の旅路の果てにはいつも、我が家へと帰る、片道切符が握られているのだから。
【旅路の果てに】
人は、夢見心地と嗤うかもしれない。それでいいわけじゃないけれど、嗤われたって貶されたって、やめることは叶わないから。
……〝どうして〞?
そりゃあ、そうさ。たった一語、一音、一筆を生み出すために、ともすれば無限のような時間をかけて、その間どうしようもないもどかしさにかられながら。
それでも、何かを創りたいと願ったのだから。
やめられないのは、唯、問いたいから。自分に見えてるこの世界が、君は、君には、いったいどう見えているんだい。自分の考えは、思考は、好みは、思い出す世界は、こんなにも美しく醜く、情緒に溢れているんだと。それを見た君は、一体何を思うんだい。……その答えばっかりが、なによりも欲しくて。
言うまでもない、エゴイズムの塊だ。自分のそれを思い返せば、いつだって吐く程嫌悪する。それでも、そんな傲慢な想いが、届いたらいい。
そう願って、僕らは今日も、筆を取る。
【あなたに届けたい】
「好きなものはなんですか」
問われれば答えに詰まる。趣味? 嗜好? 嫌いじゃないものはたくさん。……ああ、いや。嫌いなものも、たくさん、だ。
見渡せば、別段おかしなものもない。流行りの洋服、ブランドのバッグ、ふるさと納税で送られてきた蟹、給料明細、彼女に貰った財布。その全部が、それなりに好きで、それなりに、嫌いだ。
でも、でもさ。みんな、そんなもんだろ?
……ほら、そうしたら答えが出た。全部肯定して生きてける、そんな俺。
俺はそんな俺が、大好きさ。
【I LOVE…】