ライ麦粉

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2/2/2023, 11:16:23 AM

 どうして。なんで。なんでそんなこと。もう二度と声は届かなくなってしまった。

 だから今日も、後悔を、する。


 「………………」

 「…………はぁ、」

 「君がいない世界は、相変わらず寂しいな」

 「早いな。もう、一年たったよ」

 「……ほら、これ」

 「花、好きだっただろ」

 「忘れてないよ。ちゃんと覚えてる」

 「だって、約束しただろ?」

 「勿忘草なんて贈っちゃってさ」

 「花言葉で伝える、って。口下手かよ」

 「あんまり、自分の意見言わないっていうか」

 「それだから、喧嘩もあんまりしなかったな」

 「無理、させてたんじゃないかな……なんて」

 「…………今さら、だよなぁ」

 「…………」

 「俺さ、絶対、絶っっ対」

 「一緒に過ごした日々のこと」


 「忘れないから」
_______________________

 ──ああ。

 「………………」

 ────。

 「…………はぁ、」

 ────。

 「君がいない世界は、相変わらず寂しいな」

 ──やめろ。

 「早いな。もう、一年たったよ」

 ──やめろ。

 「……ほら、これ」

 ──やめろ!!

 「花、好きだっただろ」

 ──そんなに……好きじゃなかったよ……。

 「忘れてないよ。ちゃんと覚えてる」

 ──何、何を忘れてないの。

 「だって、約束しただろ?」

 ──してないよ。君、約束なんてしてくれなかった。

 「勿忘草なんて贈っちゃってさ」

 ──私が買った花はそれが唯一だったよ。

 「花言葉で伝える、って。口下手かよ」

 ──サバサバしてるとこが好きって言ったじゃん。

 「あんまり、自分の意見言わないっていうか」

 ──全部、全部全部君に言ったッ!!

 「それだから、喧嘩もあんまりしなかったな」

 ──喧嘩だって……沢山したじゃん……。

 「無理、させてたんじゃないかな……なんて」

 ──無理してたら一緒にいないよ……。

 「…………今さら、だよなぁ」

 ──あり得ない話をしないでよ。

 「…………」

 ──ねえ、何処見てるの。
 
 「俺さ、絶対、絶っっ対」

 ──ねえ、君は一体、

 「一緒に過ごした日々のこと」

 ──何を忘れてないの。

 「忘れないから」

 ──君の! 君の覚えてるそれは!! 君の理想だよッ!!


 ──私じゃないよ……………。
 
 

 花瓶に挿さった勿忘草は、とうの昔に枯れ果てた。

【勿忘草(わすれなぐさ)】

2/2/2023, 7:39:11 AM

 人がどんな夢を見るのか知らないが、夢だ、と自覚できた時はいつも、真白い空間に、ぽつんと一つブランコがあった。
 現実で見たこともない、つまり思い入れもないブランコは、所々塗装が剥げた簡素な鉄パイプに、腐敗の進んだ木の板が、一つだけ、吊り下げられていた。少し押してやるだけで、錆びて赤茶の鎖が、きい、と音を立てた。
ブランコは、ひとりでに、風に吹かれた程度揺れることもあったし、永遠に沈黙を貫くこともあった。それがなんとも、その日の気分次第、といった具合で、少しばかり人間らしく思えた。

 夢の中にブランコがある理由は、さっぱり分からなかった。そのブランコで何をすれば良いのかも、やっぱり分からなかった、けれど。
 それなりに息苦しくて、目まぐるしく変わる日々の中で、そのブランコに腰かけて、ただぼうっと虚空を見つめるその時間は、あながち嫌いでは無かった。
 故に、それについて、深く考える理由も無かった。




 「寂しいんじゃないの」

 珍しく、気が合う人だと思った。だから他愛ない会話の応酬を、幾ばくか重ねる内に、そんな夢を見る、とでもこぼしたのだろうか。そう言われて、ブランコの話を自分がしたのか、と初めて気が付いた。
 気が付いたのは、たぶん、曖昧な納得をしたからだ。夢を見る理由が、なんとなくそうなんじゃないか、と思っていた気もしてきた。

 「よく、映画とかであるじゃん。夜の公園で……独白? って言うの、ブランコにのってさ。告白して振られた、とか、喧嘩しちゃった、とか。……あとは、」

 ──人生が、なんとなく虚ろに思ってるとか。

 妙な心地だった。心の底を言い当てられたのか、或いは、そうだと思わされたのか。いずれにしても、はっとした。
 どっちであるかもどうでもよかった。
 もう少しだけ、この人の話を聞いていたい。次に浮かんだ言葉は、ただそれだけであったから。
 だから取り敢えず、何でそう思ったのか、聞いてみた。
 だって君、暗そうだったから。
 その人は、悪戯っぽく笑って言った。



 人と話すのは苦手だと決めつけていた。しかし食わず嫌いに近しいもので、きっかけがあれば瓦解するのは容易であった。寂しいんじゃないの、そう言ったあの人が、話し上手だっただけかもしれない。ただもう少し、いろんな人に話を聞いてみたいと思わされた。
 会話を試みれば早かった。苦手なんだ、と言えば、皆懸命に話を紡いでくれた。なんだよ、お前面白い奴だな、そう、何度言われたことか。しかし悪い気はしなかった。
 なんとなくあった閉塞感は、いつの間にか霧散していた。
 
 あの人の言った事が図星であったことに気付くのに、そう時間はかからなかった。幾度枕に顔を埋めても、もうあのブランコは、自分の中の何処にも見当たらなかった。

 けれど不思議な事に、それが一番寂しく感じた。

【ブランコ】

2/1/2023, 1:06:03 AM


 何を求めるも無く、何処に行くも無い。
 ただ、自分の人となりが、それなりの時分に、ふらりと足をいずこかへ向かわせるだけである。
 息苦しいのだろうか。日々の生活が、自覚もなしに煩わしく感じているのだろうか。しかしそれにしては、愛おしいものができすぎてしまった様にも思える。全く、難儀なものである。

 そういう訳で、たまの出張なんかを言い渡されたら、部下同僚は、それなりに嫌な顔をするのだが、自分はむしろ、心持ちモチベーションが向上する。忙しい時期じゃなければ、大抵は連ねる様に有休を取って、少し長めに目的地に滞在するのが、自分の中の一つ決まりとなっていた。
 仕事仲間は皆気持ちの良い奴で、たまに長く留守にする自分は、それなりに迷惑をかけているだろうに、嫌味の一つ無く。貸しだと笑って、美味い土産を所望するばかりである。息子諸君も土産話を聞かせれば眼を輝かせ、妻も、埋め合わせにと同じ場所に皆で赴き、ガイドの代わりを少々やってくれればそれで良いと朗らかに言う。
 そんな彼らに文句などつけようもない。自分は少し、恵まれ過ぎている。

 ……ああ、そうそう。どんな僻地へ訪れても、石ころの一つ、それもなければ面白い話を、自分は必ず土産に包むようにしている。何を当たり前の事を、と言う人があるかもしれぬ。だがそれの示す意味を考えたとき、ふらりと出掛けたくなる、などと言っておきながら、随分甘えたものだ、と我ながらの傲慢に笑ってしまった。

 私の旅路の果てにはいつも、我が家へと帰る、片道切符が握られているのだから。

【旅路の果てに】

1/30/2023, 11:52:00 AM

 人は、夢見心地と嗤うかもしれない。それでいいわけじゃないけれど、嗤われたって貶されたって、やめることは叶わないから。
 ……〝どうして〞?
 そりゃあ、そうさ。たった一語、一音、一筆を生み出すために、ともすれば無限のような時間をかけて、その間どうしようもないもどかしさにかられながら。

 それでも、何かを創りたいと願ったのだから。

 やめられないのは、唯、問いたいから。自分に見えてるこの世界が、君は、君には、いったいどう見えているんだい。自分の考えは、思考は、好みは、思い出す世界は、こんなにも美しく醜く、情緒に溢れているんだと。それを見た君は、一体何を思うんだい。……その答えばっかりが、なによりも欲しくて。
 言うまでもない、エゴイズムの塊だ。自分のそれを思い返せば、いつだって吐く程嫌悪する。それでも、そんな傲慢な想いが、届いたらいい。

 そう願って、僕らは今日も、筆を取る。

【あなたに届けたい】

1/29/2023, 11:24:01 AM

 「好きなものはなんですか」
 問われれば答えに詰まる。趣味? 嗜好? 嫌いじゃないものはたくさん。……ああ、いや。嫌いなものも、たくさん、だ。
 見渡せば、別段おかしなものもない。流行りの洋服、ブランドのバッグ、ふるさと納税で送られてきた蟹、給料明細、彼女に貰った財布。その全部が、それなりに好きで、それなりに、嫌いだ。

 でも、でもさ。みんな、そんなもんだろ?

 ……ほら、そうしたら答えが出た。全部肯定して生きてける、そんな俺。

 俺はそんな俺が、大好きさ。


【I LOVE…】

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