人がどんな夢を見るのか知らないが、夢だ、と自覚できた時はいつも、真白い空間に、ぽつんと一つブランコがあった。
現実で見たこともない、つまり思い入れもないブランコは、所々塗装が剥げた簡素な鉄パイプに、腐敗の進んだ木の板が、一つだけ、吊り下げられていた。少し押してやるだけで、錆びて赤茶の鎖が、きい、と音を立てた。
ブランコは、ひとりでに、風に吹かれた程度揺れることもあったし、永遠に沈黙を貫くこともあった。それがなんとも、その日の気分次第、といった具合で、少しばかり人間らしく思えた。
夢の中にブランコがある理由は、さっぱり分からなかった。そのブランコで何をすれば良いのかも、やっぱり分からなかった、けれど。
それなりに息苦しくて、目まぐるしく変わる日々の中で、そのブランコに腰かけて、ただぼうっと虚空を見つめるその時間は、あながち嫌いでは無かった。
故に、それについて、深く考える理由も無かった。
「寂しいんじゃないの」
珍しく、気が合う人だと思った。だから他愛ない会話の応酬を、幾ばくか重ねる内に、そんな夢を見る、とでもこぼしたのだろうか。そう言われて、ブランコの話を自分がしたのか、と初めて気が付いた。
気が付いたのは、たぶん、曖昧な納得をしたからだ。夢を見る理由が、なんとなくそうなんじゃないか、と思っていた気もしてきた。
「よく、映画とかであるじゃん。夜の公園で……独白? って言うの、ブランコにのってさ。告白して振られた、とか、喧嘩しちゃった、とか。……あとは、」
──人生が、なんとなく虚ろに思ってるとか。
妙な心地だった。心の底を言い当てられたのか、或いは、そうだと思わされたのか。いずれにしても、はっとした。
どっちであるかもどうでもよかった。
もう少しだけ、この人の話を聞いていたい。次に浮かんだ言葉は、ただそれだけであったから。
だから取り敢えず、何でそう思ったのか、聞いてみた。
だって君、暗そうだったから。
その人は、悪戯っぽく笑って言った。
人と話すのは苦手だと決めつけていた。しかし食わず嫌いに近しいもので、きっかけがあれば瓦解するのは容易であった。寂しいんじゃないの、そう言ったあの人が、話し上手だっただけかもしれない。ただもう少し、いろんな人に話を聞いてみたいと思わされた。
会話を試みれば早かった。苦手なんだ、と言えば、皆懸命に話を紡いでくれた。なんだよ、お前面白い奴だな、そう、何度言われたことか。しかし悪い気はしなかった。
なんとなくあった閉塞感は、いつの間にか霧散していた。
あの人の言った事が図星であったことに気付くのに、そう時間はかからなかった。幾度枕に顔を埋めても、もうあのブランコは、自分の中の何処にも見当たらなかった。
けれど不思議な事に、それが一番寂しく感じた。
【ブランコ】
2/2/2023, 7:39:11 AM