「隣の席の子とは席が変わったら話さなくなるみたいに、運命とか巡り合わせみたいなものがあって、逆らうのは無粋なような気がするよ。」
なんてことを言いながらお気に入りの靴ばかり履いているから、すぐに履き潰してしまう。何年を一緒に過ごすことはなくて通り過ぎていくものばかりだ。その中で積もっていくものがある。流れていく川の中で、底に溜まっていく砂みたいに微かに。
「一人になったらどうするの」
たぶん、毎日に寂しさが足りない。このくらいが好き、は言わなくたって持っているし。世界に呑み込まれていく感じで、お腹の中で揉まれているのは息苦しくていけない。手と手を取りあうのは近すぎていて好きじゃないから、愛しさのつもりで足を引いた。
ショッピングモールの中は穏やかな音楽が流れていて、映画館みたいだね、映画館、苦手だから、覚えていないくせに考えてみる。刺々しい気持ちにはあんまりなりたくないし、凪いだまんまでたまに喜びの波を乗り越えるようなふうにやりたいな。
子どもたちが歩いているのはもう放課後だからかな。小さい頃好きだったものをいくつ覚えてる?ね、なかなかうまくいかないね。どうして生きてやろうかな。自意識に溺れてあとから恥じらいたくはないと思っていたけど、あれが本当だとしたらさ。
今更とは言うけれど、身長があと二十センチ伸びたらいいんだけど。それか、小さいときの気持ちをそのまんま思い出せたらいいのかもしれない。無謀なことばかり考えたって埒が明かないね。あんまり苦しくなりたくないし、あんまり醜くなりたくないし、なんにも変わらなくたって受け取り方次第だと思っている、つもりでは、ある。
物語は溢れる気持ちを描くけれど、とにかく手に入れたくないな。認めたくないから足元を見て歩いているの?見たことのあるものばかりでさみしいね。瓶から中身をこぼさないように、よく気を配ってやらなくちゃ。
作り上げた物語の向こう側に、世界の向こう側に、作り手にさえ見えていない世界がある。あの主人公の幼く丸い額に、ふくとした頬に口づけて、微笑む母の姿もあるのだろうか。
しあわせに、どうかしあわせにと願いながら読み進める紙片の毎秒毎秒に心の細胞が死んでいってしまう気がする。悲しいお話でなくても泣ける物語もあるけど、あんまり心を動かしてしまうと痛いから。
バッドエンドの主人公のあとにおおきく背伸びをして進み出す人がたくさんいるんだろうと思う。なんだかんだ大丈夫なんだろうと思いながら最後にふっと死んでしまう終わりに、キスを落としていっそ閉じようと思う。
此の世をば、我世とぞ思って生きたいものだ。今から数えて千年余り前のときに、事実上そういうふうに生きた人がいたのと自分はなんにも変わらない。よね?
これからはじまる生前がもし暇だったらでいいんだけど、教科書に載るための努力をしてみようかな。たぶん命を賭けた武勇よりも、永遠の調停のほうが難しいんじゃないかって思うから、世界を救うための戦いがしたい。願わくば、たった一人で。
かつての威光と生存権を賭けた争いがはじまる。黒死病のときにねずみを殺しきれなかったみたいに、人間は様なく生き残り続けると思うんだ。ドラマチックに死にゆくチャンスがなくても惨めな爪痕を遺したなら、もしかしたら幾千年先でも、残るのかなぁ…?
遠いところへ夢を見に行こう。まだ見えない未来をぼうっと手に掴むみたいに彷徨わないと。亡霊になったとき道に迷わないくらいには世界に慣れてしまう歩行術だけ覚えよう。街へ行った回数を覚えている?僕は覚えていないけど、君が覚えていたらどうしようって思うよ。世界の理不尽を嘆いていたら時間が尽きてしまいそうだから、店先の甘い匂いで誤魔化すしかないか。新しいパン屋さんができたんだって。パン屋さん好きなんだよね。
家の前の曲がり角の前のあたりでいい香りがするのがなんでかなって思ってたんだけど、それは結局コインランドリーだってことがわかったよ。なんで気付かなかったんだろう。染み付いた習慣みたいにもうなくなったテナントを訪ねている毎日もいつか忘れてしまうんだろうな。
街へ行こうよ。歩き慣れて飽きた街を自分の頭の地図に変えるみたいに何も見ないで、忘れてしまった日常の欠片集めにいこう。辿り着かないで。遊園地のお気に入りのコースターに乗ってすぐ帰る人みたいだよ。どこにも辿りは着かないで、ここに居続けないで、悲しまないで。