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3/21/2026, 3:29:23 PM

二階建てのボロアパート。
自分の才能に限界を感じたバンドマンが、
天井から垂れた、ロープの輪っかに手をかけた。
時刻は22時。
明けっ放しの窓から、楽しそうな家族団らんする声が、風に乗ってかすかに聞こえる。
今日、バンドが解散した。
俺の全て。俺の生きがい。さよなら俺。
縄に首をかけ、後は椅子を引くだけだ。
目をつぶる。
隣の205号室から歌が聞こえた。

飲んで〜飲んで〜飲まれて〜飲んで〜

酒と泪と男と女を熱唱している。
歌いながら酒を飲んでいるのだろう。
たまに途切れて、嗚咽する声も聞こえた。
(選曲、古すぎるやろ。女にでも振られたか、ダセェ奴だ‥‥あれ?子供いなかったか?‥待て待て、俺には関係ない)
バンドマンは、気を取り直して足にぐっと、力を込めた。目をぎゅっと、つぶる。
「俺に、何の恨みがあるんだ!子供には何て説明する気?!何で‥何で俺の弟なんだよ!!」
電話する会話が丸聞こえだ。
205号室から悲痛な叫び声。嗚咽。ガシャン!と、何かが割れる音。
(マジかよ‥)
気づけば、バンドマンは、椅子から降りて、壁にぴったり耳を押し当てていた。
「あんたなんか、最初から好きでもなかった」
トドメを刺す女の声を最後に、205号室は、静かになった。
長い長い沈黙。
「‥俺が死ねば、いいのか」
戸棚が開く音がして、包丁を取り出す金属音が聞こえた。
バンドマンは弾かれたように壁から離れた。
頭の中で、警告音が鳴り響く。
急いでギターケースからギターを取り出す。
バンドマンは、大声で叫んだ。
「俺は!俺は、夢破れて今日、死のうとした!‥でも、死なない!!俺は死なない!!死なないんだ!!」
自分でも何を言ってるのかわからなかったが、
バンドマンは、熱唱した。
壁に向かって、ギター片手にSoranjiを歌う。

まだ消えちゃいないよ〜ちっちゃな希望を〜

涙と鼻水が勝手に垂れる。
もう、遅いかもしれない。
205号室の男が聞いてるとも限らない。

裏切りが続こうが大切が壊れようと〜
なんとか生きて生きてほしい〜

歌い終わる頃、パトカーのサイレンの音が、すぐ近くで聞こえた。
(あ、通報された)
バンドマンは弾くのをやめた。
205号室から声がした。
「‥ありがとう。頑張って‥生きてみる」

警察官が去ったあと、ボロアパートの一室。
孤独だった男たちが、酒を酌み交わす。
バンドマンは、静かにギターを弾く。
選曲は、サライだった。

3/21/2026, 1:22:38 AM

薄暗いマンションのエレベーター。
スマホの着信音がなる。
圭介は、メールを確認して、うんざりした顔でスマホをスーツのポッケにしまった。
今は、それどころじゃない。エレベーターが止まったのだ。動くまで30分かかるらしい。
「‥はぁ」
圭介は、一緒に閉じ込められた人を見て、肩を落とした。
(これが綺麗なお姉さんだったら‥)
買い物袋からネギの香りがただよう。
「地震の影響かしらねぇ」
「ですねぇ‥」
自分の母親と同じくらいだろうか。
他愛もない話で、時間を潰した。

30分以上たった。
エレベーターは動かない。
圭介は、おばさんに膝枕されていた。
めまいを起こして、ぶっ倒れたのだ。
「‥本当にすみません」
「いいから、いいから。困ったときは、お互い様よぉ」
残業続きで寝てないからか、対人関係が元から得意ではないからなのか。冷や汗がでて、身体に力がはいらなかった。
情けなくて、涙がでてくる。
「あら、大丈夫、大丈夫よぉ。」
おばさんは、赤ちゃんをあやすみたいに、圭介の肩を優しくトントンした。
短く浅い呼吸が、だんだん落ち着いて、意識が遠のいていく。
懐かしい匂いがして、記憶が蘇る。

熱を出して、学校を休んだ日。
台所で、ギュ、ギュ、とゴムが鳴る。
氷枕に水を入れる、母の後ろ姿。

2時間後、ようやくエレベーターは動いた。
「あ、アイス溶けちゃう!行くわね!お大事にぃ!」
「‥はい。ありがとうございました」
圭介は、深々と頭を下げた。
おばさんは、足早に帰って行った。
圭介の意識は、まだ、ぼんやりしている。
ポッケからスマホを取り出し、プッシュボタンを押した。
スマホから、ハイテンションな声が返ってくる。
「‥うん‥うん。元気、元気。今度の連休、家にいる?」
圭介は、数年ぶりに母に電話をかけた。



元気にしていますか?
ご飯はちゃんと、食べてますか?
ベランダに菜の花が咲いたので、テーブルに飾りました。とても綺麗です。
母より

3/19/2026, 3:02:27 PM

ピンポーン。
夕飯時に玄関のベルが鳴る。
ドアをあげると、隣の奥さんが夏ミカンの入ったビニール袋を持って立っていた。
引っ越しの挨拶にやってきたのだ。
「私、離婚して引っ越すんです」
憑き物が取れたみたいな晴れやかな笑顔だった。
(これが、噂の熟年離婚だ!)
ヨリは、動揺して返す言葉に困った。
そんな様子を察してか、奥さんは早々に帰っていった。
「誰が来たの?」
ダイニングのドアが空いて、ヨリの夫が顔を出した。戻ってこないヨリを心配して見にきたのだ。
「さっき、隣の奥さんが〜‥」
と、言いかけてヨリは違和感を感じた。
(わざわざ、離婚したって言う必要ある?)
引っ越してきたばかりのとき、隣のおばあさんが亡くなって、ご近所さんに誘われるがまま、線香をあげにいった。その時に少し、奥さんと話をしたくらいの間柄だ。
「‥そういえば、隣の旦那さん。昨日、倒れたんだって、脳卒中らしいよ。」
「え?!」
ヨリの脳内で、隣の奥さんの復讐ドラマが勝手に再生される。
義母の介護を丸投げして、好き勝手する旦那。
介護がやっと終わったと思ったら、次は旦那の看病だ。何かがプツンときれて、離婚を決意。
替えの下着を持ってきてくれる人はいない。
捨てられた旦那は、病院のベットから窓の外を眺め、何を思うのか‥
「くぅ〜〜〜!やるね!素晴らしい!」
ヨリは、興奮してぴょんぴょん跳ねた。
玄関に向かって激しく拍手する。
ヨリの夫は、またか、というようにため息をついて、何も言わずにダイニングのドアをしめた。


数ヶ月たった、ある朝。
ゴミを捨て場で、ヨリは、片足を引きずる隣の旦那さんを見かけた。
(あ、大変な時に捨てられるようなことをした男。イコール、クズ男だ)
帰ってきて、洗面台で手を洗う。
あの時の興奮が、またジワジワと胸をざわつかせた。
「あっ!くぅ〜〜〜!まんまとやられた!」
ヨリは、気づいたのだ。
復讐ドラマの観客から、演者にさせられていた自分に。
捨てられた元夫に、嫌なレッテルをはりつけ、さげすむ隣人A。
「‥いってきまーす。」
ぴょんぴょん跳ねているヨリを素通りして、ヨリの夫は、玄関のドアをしめた。

3/18/2026, 3:59:50 PM

佐々木は、長蛇の列に絶望した。

花見日和、休日の親睦会。
気になるあの子が隣に座る。
弾む会話。白いフリルが可愛く揺れて、佐々木は有頂天になった。
いつもより早く流し込んだビールと、取り分けてくれた惣菜の揚げ物が、佐々木の腹を容赦なく攻撃した。
「ちょっと、トイレ行ってきます」
「あ、はーい。待ってます」
佐々木は、ニヤつく口元を隠して、いそいでトイレに向かった。

「‥なんで、今日に限って‥」
設置された簡易トイレは、どうみても数が足りない。今か今かと、ヤキモキする気持ちを押さえて深呼吸する。
腹の痛さより、あの子の隣が取られないかが心配だ。
佐々木の順番がきた。懐かしい和式トイレで用を足し、トイレットペーパーに手を伸ばす。
カラン、カラン。
音だけが虚しく響いた。
(ああ、誰か嘘だと言ってくれ)
佐々木は天を仰いだ。とっさにひらめいてポケットからサイフを取り出した。
「今日の俺はツイてる!」
佐々木を救ったのは、スーパーのレシートだった。

その日の深夜、LINEの着信音が鳴なった。
佐々木は、ベットでうつ伏せに寝ながら、暗い部屋でスマホ画面をみてニヤニヤしている。
白クマの可愛らしいスタンプに、おやすみなさい(ハート)の吹き出しがついている。
興奮して足をバタバタさせるたびに、肛門に激痛が走った。
が、身体が勝手に動くので、いたしかたない。






3/17/2026, 3:03:45 PM

「さくちゃんのお母さん、亡くなったんだって」
買い物袋をキッチンに置いて、マフラーを外しながら母がいった。
「え?さくちゃんって小学校の?」
「そうそう、さくとくんよ。仲良かったじゃない」
ソファでくつろいでいた雅也は、驚いたが、まだ、高校生だ。身近な人の『死』は、よくわからない。

その日の夜、雅也はベットに寝転び天井をぼーっと見ていた。
雅也のなかで、さくちゃんは、小学生のままだ。中高はなればなれになってから、一度も会ってない。
最後の運動会。リレーのアンカーだった雅也は、バトンを落として最下位。まわりのため息や罵声が聞こえる中、さくちゃんだけは「がんばれ、がんばれ!」と応援してくれたことを思い出した。

さくちゃんの母の葬式。
すすり泣く声が響く。
「まだ、若いのに‥一番下の子は3歳だって」
「これから大変ねぇ」
同情と悲しみに包まれた空気に、雅也の目頭も熱くなり、唾がうまく飲み込めない。
高校生になった、さくちゃんを見た。
周りの大人が泣いてる中、涙をこらえて毅然と立っている。
雅也は、泣くのをぐっと、こらえた。
かわりに、さくちゃんにエールをおくった。
(がんばれ!がんばれ!がんばれ!)

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