二階建てのボロアパート。
自分の才能に限界を感じたバンドマンが、
天井から垂れた、ロープの輪っかに手をかけた。
時刻は22時。
明けっ放しの窓から、楽しそうな家族団らんする声が、風に乗ってかすかに聞こえる。
今日、バンドが解散した。
俺の全て。俺の生きがい。さよなら俺。
縄に首をかけ、後は椅子を引くだけだ。
目をつぶる。
隣の205号室から歌が聞こえた。
飲んで〜飲んで〜飲まれて〜飲んで〜
酒と泪と男と女を熱唱している。
歌いながら酒を飲んでいるのだろう。
たまに途切れて、嗚咽する声も聞こえた。
(選曲、古すぎるやろ。女にでも振られたか、ダセェ奴だ‥‥あれ?子供いなかったか?‥待て待て、俺には関係ない)
バンドマンは、気を取り直して足にぐっと、力を込めた。目をぎゅっと、つぶる。
「俺に、何の恨みがあるんだ!子供には何て説明する気?!何で‥何で俺の弟なんだよ!!」
電話する会話が丸聞こえだ。
205号室から悲痛な叫び声。嗚咽。ガシャン!と、何かが割れる音。
(マジかよ‥)
気づけば、バンドマンは、椅子から降りて、壁にぴったり耳を押し当てていた。
「あんたなんか、最初から好きでもなかった」
トドメを刺す女の声を最後に、205号室は、静かになった。
長い長い沈黙。
「‥俺が死ねば、いいのか」
戸棚が開く音がして、包丁を取り出す金属音が聞こえた。
バンドマンは弾かれたように壁から離れた。
頭の中で、警告音が鳴り響く。
急いでギターケースからギターを取り出す。
バンドマンは、大声で叫んだ。
「俺は!俺は、夢破れて今日、死のうとした!‥でも、死なない!!俺は死なない!!死なないんだ!!」
自分でも何を言ってるのかわからなかったが、
バンドマンは、熱唱した。
壁に向かって、ギター片手にSoranjiを歌う。
まだ消えちゃいないよ〜ちっちゃな希望を〜
涙と鼻水が勝手に垂れる。
もう、遅いかもしれない。
205号室の男が聞いてるとも限らない。
裏切りが続こうが大切が壊れようと〜
なんとか生きて生きてほしい〜
歌い終わる頃、パトカーのサイレンの音が、すぐ近くで聞こえた。
(あ、通報された)
バンドマンは弾くのをやめた。
205号室から声がした。
「‥ありがとう。頑張って‥生きてみる」
警察官が去ったあと、ボロアパートの一室。
孤独だった男たちが、酒を酌み交わす。
バンドマンは、静かにギターを弾く。
選曲は、サライだった。
3/21/2026, 3:29:23 PM