会社の給湯室。
「整形は、やりすぎじゃない?」
「やり過ぎなんかじゃない。私は彼女になりたいの」
友人の笑顔がひきつる。
マナは、手鏡にうつる瞼をつまんで二重にした。
彼女とお揃いの白いロココ模様の手鏡だ。
隣のビルから、仕事終わりの彼女が出てきた。
マナは正面にあるカフェで待ち伏せる。
彼女はマナを知らない。
「可愛い‥あのバックはじめて見た‥」
すかさず、スマホで同じバックを探しはじめた。
着信音がなる。同僚からだった。
「マナさん!今日は飲み会だよー!先に飲んでるね〜」
(あ、忘れてた‥面倒くさいなぁ)
「すみませ〜ん。今、向かいますね!」
マナは陽気で気さくな女を演じる。
彼女のような女になるために。
ガヤガヤとした居酒屋。
広い座敷で上司やクレーマーの話で盛り上がる。
「トイレいってきます」
マナは席を立ち、長い長い廊下歩いていると、前から自分とそっくりの女が歩いてきた。
「ひっ!」
マナはとっさに小さい悲鳴をあげた。彼女だった。
彼女もびっくりした顔でマナを見る。
「‥ドッペルゲンガーかと、思った」
そう言って、彼女はゲラゲラ笑い出した。
「私もこのブランド好き!」
「色違いじゃない?」
マナは、自分には無い、純粋な好意に戸惑った。
なぜか、意地悪してみたくなった。
「これ全部、あなたの真似したの。」
言った後に、ハッと後悔したが、遅かった。
彼女のぱっちりとした目がさらに大きく見開いた。
帰り道、夜道を街灯が照らす。
マナは、友人に電話をかけた。
「‥なんで、言っちゃたの?!気持ち悪いとか言われた?」
マナは泣きながら、震える声で言った。
「‥うれしいだってさ、‥今度、双子コーデして夢の国に行くことになりました」
「えーーーー!??」
鼓膜が破れそうなくらいの声がかえってきた。
そう、彼女は天使。いや、聖女様だった。
「え〜!?私、芸能人でも何でもないのに〜ちょっと嬉しいかも!ありがとう!」
喜んではしゃぐ彼女は、マナのドロドロとした卑しくて醜い心を浄化してくれたのだった。
料理が上手くて優しい女。
怒らない女。
義父母との関係も良好。
そして、都合のいい女。
増築された新しい家。
昼ご飯を食べた後のダイニングテーブルに、片方が記入済みの一枚の紙。
「離婚してほしい」
真奈美は、にっこり笑う。
「‥わかった」
仲が悪かったわけじゃない。夫の不倫相手に子供ができたからだ。
1年後、二階建てのアパート。
綺麗に整えられた部屋。
吊り下げのポトスが風に揺れる。
「味が濃くて身体に悪そうだって食べないの!酷いと思わない?」と、元義母。
「ドアはちゃんと閉めろ!とか、靴下を丸めて出すな!とか、言い方がキツいんだ‥こんな話聞きたくないよね」と、元夫。
「筍おすそわけしたら、調理済みなら受け取ります。っていわれたの!感じ悪いのよ〜」と、元ご近所さん。
真奈美は、満足気にスマホを置いて、淹れたてのコーヒーを飲む。
彼らの不満は、全て、真奈美の愛という名の我慢で成り立っていたからだ。
(いいぞ!いいぞ!浮気女!あの愚民どもを思う存分、蹴散らしてくれ!!)
膝の上で猫が気持ちよさそうに、ゴロゴロとのどをならす。
「‥あぁ、幸せ」
真奈美は、ずっと飼いたかった猫をなでた。
雰囲気のいい居酒屋のカウンター。
小百合は、恋多き女、ルミ子と飲んでいた。
ほんわかした雰囲気と謎の色気を振りまくルミ子。
「いいなぁ‥ルミ子は、恋愛テクニックみたいなものがあるの?」
「ないよーそんなもの」
ルミ子がケラケラ笑う。
そろそろ、お開きにしようとしたときー
突然、スーツを着た男が、ルミ子の腕をつかんだ。
「ちょっと、話あるんだけど」
男はイライラしていた。
ルミ子はキョトンとしていたが、思い出したのか、小さくため息をついた。
「電話も出ないし、ブロックしてるでしょ」
男は、一方的に『なんで』と『なぜ』を繰り返す。だんだんとルミ子から表情が消えていく。
(こんなときでも口角は、上がってるんだな)
喧嘩を止めるタイミングを完全に見失ってしまった小百合は、とりあえずビールを流しこむ。
「好きだったわけじゃないよ。ただ、寂しかっただけ。ごめんね」
男の顔がみるみる歪み、目に涙がたまる。カウンターに置いてあったお冷をつかんだ。
バシャン!
ルミ子の前髪からポタポタと水滴が落ちる。
カラになったグラスをバンっと強く置いて、男は無言で去っていった。
暗い公園。
店に居られなくなった小百合とルミ子は、近くの公園のベンチに座っていた。
「ごめんね」
「恋愛もいいことばかりじゃないんだね。びっくりした」
「ふふ‥そうだね。小百合ちゃんに迷惑かけちゃった。ごめんね」
順風満帆にみえる、ルミ子の意外な一面を見た気がした。
小百合は、ルミ子を慰めながら思った。
私には当分、彼氏はできないだろう‥一人でもちっとも寂しくないからなぁ。
朝方のファミレス。
向き合って座る女が二人。
「ごめん。圭哉くんと寝ちゃったの」
奈緒は、涙ながらに衝撃の告白をした。
『圭哉くん』は、沙羅の彼氏だ。
「‥本当は嫌だったんだけど、断れなくて」
「‥ずっと、言えなくて苦しかった」
「‥好きなわけじゃないの」
沙羅はフリーズしたまま、親友の言い訳をただただ聞いていた。
沙羅と奈緒は、バイト先で知り合って、すぐに仲良くなった。全てが正反対なのに、なぜか一緒にいると楽しい。
黒や鮮やかな色が好きな沙羅。奈緒は白やピンクを好む。
高身長の細身と小柄な、ぽっちゃり。
沙羅は男女共に友達が多いが、奈緒は友達が少ない。特に、女友達は沙羅だけだった。
男の好みも正反対だった‥はずなのに‥。
沙羅は、困惑していた。
怒りが、湧いてこないのだ。
自分でも驚くほど、彼氏への想いが急激に冷えていくのがわかる。
奈緒の歴代の元カレたちは、口をそろえて、みんな言う。
「俺がいないと、奈緒は死んじゃう」
(‥んなわけないじゃん)
あのときは、馬鹿な男どもが!と、呆れていたが、今、まさに自分が同じように考えてることに気がついた。
「ケーキ頼んであげるから、泣かないで」
沙羅は、タッチパネルを操作しながら、紙ナプキンを渡した。
涙を拭きながら、安堵して嬉しそうに笑う奈緒をみて、沙羅も自然と笑顔になった。
誰にも理解されなくて、いい。
歪でてもいい。
私の愛しい愛しい子豚ちゃん。
駅まで徒歩15分。ほぼ直線距離。
スタート!
さぁ!『ミチコシップ』がでました。
出勤時間まで、まだまだ余裕です。
早々に『メガネ』と『ピンクベージュ』を追い抜きました。
おっと、後方から何者かが追いかけてきます。
『トビ』です!
見かけない顔です。
だんだん、追い上げてきます。
だてに、ニッカポッカをはいてませんねぇ。
『ミチコシップ』負けずと大股、どんどん速度をあげていきます。
『トビ』コンビニに入りました。
残念。離脱です。
『ミチコシップ』独走状態をキープ‥かと思いきや、反対の歩道を見落としていました。
マズイ!これは、非常にマズイです。
『ストライプスーツ』こちらをチラチラみています。
競ってるのがバレているようです。
お互い速度を落としません。
ほぼ、並走!ほぼ、並走です。
これは‥‥‥恥ずかしい!!
どうするどうする。
しれっと、ペースを落とすのか、落とさないのか!
駅が見えてきました!
!!!
『ミチコシップ』
勝ちにいったぁああああああ!
もはや、早歩きではありません!バウンディングです!
懐かしい!小学校の校庭でグリコしたときにやっていたバウンディングです!
『ミチコシップ』速い!
『ミチコシップ』速い!
ゴーーーール!!
と、言うのをほぼ、毎日やっています。