雰囲気のいい居酒屋のカウンター。
小百合は、恋多き女、ルミ子と飲んでいた。
ほんわかした雰囲気と謎の色気を振りまくルミ子。
「いいなぁ‥ルミ子は、恋愛テクニックみたいなものがあるの?」
「ないよーそんなもの」
ルミ子がケラケラ笑う。
そろそろ、お開きにしようとしたときー
突然、スーツを着た男が、ルミ子の腕をつかんだ。
「ちょっと、話あるんだけど」
男はイライラしていた。
ルミ子はキョトンとしていたが、思い出したのか、小さくため息をついた。
「電話も出ないし、ブロックしてるでしょ」
男は、一方的に『なんで』と『なぜ』を繰り返す。だんだんとルミ子から表情が消えていく。
(こんなときでも口角は、上がってるんだな)
喧嘩を止めるタイミングを完全に見失ってしまった小百合は、とりあえずビールを流しこむ。
「好きだったわけじゃないよ。ただ、寂しかっただけ。ごめんね」
男の顔がみるみる歪み、目に涙がたまる。カウンターに置いてあったお冷をつかんだ。
バシャン!
ルミ子の前髪からポタポタと水滴が落ちる。
カラになったグラスをバンっと強く置いて、男は無言で去っていった。
暗い公園。
店に居られなくなった小百合とルミ子は、近くの公園のベンチに座っていた。
「ごめんね」
「恋愛もいいことばかりじゃないんだね。びっくりした」
「ふふ‥そうだね。小百合ちゃんに迷惑かけちゃった。ごめんね」
順風満帆にみえる、ルミ子の意外な一面を見た気がした。
小百合は、ルミ子を慰めながら思った。
私には当分、彼氏はできないだろう‥一人でもちっとも寂しくないからなぁ。
朝方のファミレス。
向き合って座る女が二人。
「ごめん。圭哉くんと寝ちゃったの」
奈緒は、涙ながらに衝撃の告白をした。
『圭哉くん』は、沙羅の彼氏だ。
「‥本当は嫌だったんだけど、断れなくて」
「‥ずっと、言えなくて苦しかった」
「‥好きなわけじゃないの」
沙羅はフリーズしたまま、親友の言い訳をただただ聞いていた。
沙羅と奈緒は、バイト先で知り合って、すぐに仲良くなった。全てが正反対なのに、なぜか一緒にいると楽しい。
黒や鮮やかな色が好きな沙羅。奈緒は白やピンクを好む。
高身長の細身と小柄な、ぽっちゃり。
沙羅は男女共に友達が多いが、奈緒は友達が少ない。特に、女友達は沙羅だけだった。
男の好みも正反対だった‥はずなのに‥。
沙羅は、困惑していた。
怒りが、湧いてこないのだ。
自分でも驚くほど、彼氏への想いが急激に冷えていくのがわかる。
奈緒の歴代の元カレたちは、口をそろえて、みんな言う。
「俺がいないと、奈緒は死んじゃう」
(‥んなわけないじゃん)
あのときは、馬鹿な男どもが!と、呆れていたが、今、まさに自分が同じように考えてることに気がついた。
「ケーキ頼んであげるから、泣かないで」
沙羅は、タッチパネルを操作しながら、紙ナプキンを渡した。
涙を拭きながら、安堵して嬉しそうに笑う奈緒をみて、沙羅も自然と笑顔になった。
誰にも理解されなくて、いい。
歪でてもいい。
私の愛しい愛しい子豚ちゃん。
駅まで徒歩15分。ほぼ直線距離。
スタート!
さぁ!『ミチコシップ』がでました。
出勤時間まで、まだまだ余裕です。
早々に『メガネ』と『ピンクベージュ』を追い抜きました。
おっと、後方から何者かが追いかけてきます。
『トビ』です!
見かけない顔です。
だんだん、追い上げてきます。
だてに、ニッカポッカをはいてませんねぇ。
『ミチコシップ』負けずと大股、どんどん速度をあげていきます。
『トビ』コンビニに入りました。
残念。離脱です。
『ミチコシップ』独走状態をキープ‥かと思いきや、反対の歩道を見落としていました。
マズイ!これは、非常にマズイです。
『ストライプスーツ』こちらをチラチラみています。
競ってるのがバレているようです。
お互い速度を落としません。
ほぼ、並走!ほぼ、並走です。
これは‥‥‥恥ずかしい!!
どうするどうする。
しれっと、ペースを落とすのか、落とさないのか!
駅が見えてきました!
!!!
『ミチコシップ』
勝ちにいったぁああああああ!
もはや、早歩きではありません!バウンディングです!
懐かしい!小学校の校庭でグリコしたときにやっていたバウンディングです!
『ミチコシップ』速い!
『ミチコシップ』速い!
ゴーーーール!!
と、言うのをほぼ、毎日やっています。
二階建てのボロアパート。
自分の才能に限界を感じたバンドマンが、
天井から垂れた、ロープの輪っかに手をかけた。
時刻は22時。
明けっ放しの窓から、楽しそうな家族団らんする声が、風に乗ってかすかに聞こえる。
今日、バンドが解散した。
俺の全て。俺の生きがい。さよなら俺。
縄に首をかけ、後は椅子を引くだけだ。
目をつぶる。
隣の205号室から歌が聞こえた。
飲んで〜飲んで〜飲まれて〜飲んで〜
酒と泪と男と女を熱唱している。
歌いながら酒を飲んでいるのだろう。
たまに途切れて、嗚咽する声も聞こえた。
(選曲、古すぎるやろ。女にでも振られたか、ダセェ奴だ‥‥あれ?子供いなかったか?‥待て待て、俺には関係ない)
バンドマンは、気を取り直して足にぐっと、力を込めた。目をぎゅっと、つぶる。
「俺に、何の恨みがあるんだ!子供には何て説明する気?!何で‥何で俺の弟なんだよ!!」
電話する会話が丸聞こえだ。
205号室から悲痛な叫び声。嗚咽。ガシャン!と、何かが割れる音。
(マジかよ‥)
気づけば、バンドマンは、椅子から降りて、壁にぴったり耳を押し当てていた。
「あんたなんか、最初から好きでもなかった」
トドメを刺す女の声を最後に、205号室は、静かになった。
長い長い沈黙。
「‥俺が死ねば、いいのか」
戸棚が開く音がして、包丁を取り出す金属音が聞こえた。
バンドマンは弾かれたように壁から離れた。
頭の中で、警告音が鳴り響く。
急いでギターケースからギターを取り出す。
バンドマンは、大声で叫んだ。
「俺は!俺は、夢破れて今日、死のうとした!‥でも、死なない!!俺は死なない!!死なないんだ!!」
自分でも何を言ってるのかわからなかったが、
バンドマンは、熱唱した。
壁に向かって、ギター片手にSoranjiを歌う。
まだ消えちゃいないよ〜ちっちゃな希望を〜
涙と鼻水が勝手に垂れる。
もう、遅いかもしれない。
205号室の男が聞いてるとも限らない。
裏切りが続こうが大切が壊れようと〜
なんとか生きて生きてほしい〜
歌い終わる頃、パトカーのサイレンの音が、すぐ近くで聞こえた。
(あ、通報された)
バンドマンは弾くのをやめた。
205号室から声がした。
「‥ありがとう。頑張って‥生きてみる」
警察官が去ったあと、ボロアパートの一室。
孤独だった男たちが、酒を酌み交わす。
バンドマンは、静かにギターを弾く。
選曲は、サライだった。
薄暗いマンションのエレベーター。
スマホの着信音がなる。
圭介は、メールを確認して、うんざりした顔でスマホをスーツのポッケにしまった。
今は、それどころじゃない。エレベーターが止まったのだ。動くまで30分かかるらしい。
「‥はぁ」
圭介は、一緒に閉じ込められた人を見て、肩を落とした。
(これが綺麗なお姉さんだったら‥)
買い物袋からネギの香りがただよう。
「地震の影響かしらねぇ」
「ですねぇ‥」
自分の母親と同じくらいだろうか。
他愛もない話で、時間を潰した。
30分以上たった。
エレベーターは動かない。
圭介は、おばさんに膝枕されていた。
めまいを起こして、ぶっ倒れたのだ。
「‥本当にすみません」
「いいから、いいから。困ったときは、お互い様よぉ」
残業続きで寝てないからか、対人関係が元から得意ではないからなのか。冷や汗がでて、身体に力がはいらなかった。
情けなくて、涙がでてくる。
「あら、大丈夫、大丈夫よぉ。」
おばさんは、赤ちゃんをあやすみたいに、圭介の肩を優しくトントンした。
短く浅い呼吸が、だんだん落ち着いて、意識が遠のいていく。
懐かしい匂いがして、記憶が蘇る。
熱を出して、学校を休んだ日。
台所で、ギュ、ギュ、とゴムが鳴る。
氷枕に水を入れる、母の後ろ姿。
2時間後、ようやくエレベーターは動いた。
「あ、アイス溶けちゃう!行くわね!お大事にぃ!」
「‥はい。ありがとうございました」
圭介は、深々と頭を下げた。
おばさんは、足早に帰って行った。
圭介の意識は、まだ、ぼんやりしている。
ポッケからスマホを取り出し、プッシュボタンを押した。
スマホから、ハイテンションな声が返ってくる。
「‥うん‥うん。元気、元気。今度の連休、家にいる?」
圭介は、数年ぶりに母に電話をかけた。
〜
元気にしていますか?
ご飯はちゃんと、食べてますか?
ベランダに菜の花が咲いたので、テーブルに飾りました。とても綺麗です。
母より
〜