ピンポーン。
夕飯時に玄関のベルが鳴る。
ドアをあげると、隣の奥さんが夏ミカンの入ったビニール袋を持って立っていた。
引っ越しの挨拶にやってきたのだ。
「私、離婚して引っ越すんです」
憑き物が取れたみたいな晴れやかな笑顔だった。
(これが、噂の熟年離婚だ!)
ヨリは、動揺して返す言葉に困った。
そんな様子を察してか、奥さんは早々に帰っていった。
「誰が来たの?」
ダイニングのドアが空いて、ヨリの夫が顔を出した。戻ってこないヨリを心配して見にきたのだ。
「さっき、隣の奥さんが〜‥」
と、言いかけてヨリは違和感を感じた。
(わざわざ、離婚したって言う必要ある?)
引っ越してきたばかりのとき、隣のおばあさんが亡くなって、ご近所さんに誘われるがまま、線香をあげにいった。その時に少し、奥さんと話をしたくらいの間柄だ。
「‥そういえば、隣の旦那さん。昨日、倒れたんだって、脳卒中らしいよ。」
「え?!」
ヨリの脳内で、隣の奥さんの復讐ドラマが勝手に再生される。
義母の介護を丸投げして、好き勝手する旦那。
介護がやっと終わったと思ったら、次は旦那の看病だ。何かがプツンときれて、離婚を決意。
替えの下着を持ってきてくれる人はいない。
捨てられた旦那は、病院のベットから窓の外を眺め、何を思うのか‥
「くぅ〜〜〜!やるね!素晴らしい!」
ヨリは、興奮してぴょんぴょん跳ねた。
玄関に向かって激しく拍手する。
ヨリの夫は、またか、というようにため息をついて、何も言わずにダイニングのドアをしめた。
数ヶ月たった、ある朝。
ゴミを捨て場で、ヨリは、片足を引きずる隣の旦那さんを見かけた。
(あ、大変な時に捨てられるようなことをした男。イコール、クズ男だ)
帰ってきて、洗面台で手を洗う。
あの時の興奮が、またジワジワと胸をざわつかせた。
「あっ!くぅ〜〜〜!まんまとやられた!」
ヨリは、気づいたのだ。
復讐ドラマの観客から、演者にさせられていた自分に。
捨てられた元夫に、嫌なレッテルをはりつけ、さげすむ隣人A。
「‥いってきまーす。」
ぴょんぴょん跳ねているヨリを素通りして、ヨリの夫は、玄関のドアをしめた。
3/19/2026, 3:02:27 PM