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5/13/2024, 2:20:27 PM

『失われた時間』


コツコツと登る石段。足元を照らすランプの光を頼りに暗い道をまっすぐと進む。
辿り着いた場所に聳え立つ重厚な扉に触れるか触れないかの所で手を止めると、淡く輝いた青い文様が中心から広がり、やがて音を立てて扉が開かれた。

完全に開けられた扉の先、真っ白い花畑の真ん中にポツンと建つ1軒の洋館を確認し足を進める。
強すぎる花の香りさえ気にすること無くまっすぐと進むと、オレンジ色だったランプの光が青白さへ色を変え、空には数多の星が流れた。
ふわりと巻き上がる風に散る花弁が全身を包みボロボロだったローブを純白のドレスへと変えていく。
腰よりも長く伸びた白銀の髪、雪のように白い肌とまぶたに隠された濃い青の瞳が洋館の前に居た者を捉える。

「ようこそ新しい主様。ここは忘れられた楽園。私は貴方を歓迎致します。」

ドレスの裾を少し持ちながら仰々しく頭を下げる。
今日もまた、世界に捨てられた哀れな者がやって来た。
これから始まる戦いは果たして終わりが来るのだろうか。


楽園に時間等関係無い。
あるのは絶望と言う希望だけ。

さあ、主様。貴方の物語を私に見せて。
貴方の時間が終わるその時まで私が貴方と言う物語を綴ります。

それが、失われた時間の中で生きる私の役目なのだから。




始祖は失ってしまった家族を甦らす為に禁忌を犯した。
復活させた家族は全くの別物として甦るも、始祖はそれを否定した。

ー私の家族はこんなに醜くない

そう、家族を否定した。
だって、屍人を生き返らせたとしてもソレは最早別のナニかなのだから。

狂ったように禁術を犯し続ける始祖はある時見つけてしまった。本物を蘇らす方法を。

それこそこの世界が崩壊してしまった原因であり、絶望の始まり。



私は、この場所で待ち続ける。
私を終わらせてくれる主様がやって来るのを。
真実を見つけてくれる主様を。



あぁ、今日も……ダメだった。


次の物語はどんな内容なのだろう。






「ようこそ新しい主様。ここは忘れられた楽園。私は貴方を歓迎致します。」

5/12/2024, 8:47:23 PM

『子供のままで』


上京してから早10数年。
仕事が上手く行き昇格し何人もの部下を持つ立場になった私だが、突然何もかもが上手くいかなくなった。

挫けかけた心を持ちながらフラフラと自宅へと帰る帰り道。

数年同棲していた彼氏の浮気を知りこの前極めて「円満」に別れる事が出来てから引っ越したりしてたら気が付いたら30歳手前。結婚相談所やらアプリやらに手を伸ばしても何も成果は得られず。
キンキンに冷やした缶ビール片手に深夜のつまらないテレビを見ながら死んだ様に眠るのが日課になった。

疲れた体を懸命に動かしながら、フと聞こえてきた音に少しだけ顔を上げる。

何だろう。

やたらとその音が気になり初め無意識のまま足を進める事数分。1人の青年が無観客の中静かにギター片手に地面に座りながら演奏をしていたのだ。
チラチラと青年を見る通行人達。されどもその足は止まること無くそれぞれの帰路へと急ぐ中、何故かその「音」に鷲掴みにされ気が付いたら青年の真ん前。特等席に座っていた。

「……お姉さん、歌ってよ。」
「…………え、お姉さんって……え?私?」

突然話しかけられた。
それでもギターを弾く手は止まらない。
ゆっくりとこちらを見た青年はニッと笑うと、数年前に流行り出した曲を弾き始めた。無名の曲から人気曲へと変わった途端数人が興味深そうに足を止め始める。
青年はそれでも歌わずに「ほら」と良い、戸惑いアワアワとし出す私に

「お姉さん、楽しもうよ。」

と、声をかけた。
目を見開く私。
自然と動き始めた口。
「楽しさ」や「辛さ」そして「未来」を綴ったその歌詞は老若男女を惹き付ける。

初めは小さかった歌声だけど、リードする様に支えてくれたギターの音に安心感を覚え声を大きくする。

この場所に少しずつ広がりやがてそれは大きな波紋を生み出した。

ジャケットとカバンを地面に置いて思うままに声を出す。
学生だった頃に少しだけやってたバンドサークルを思い出す。あの頃は何もかもが楽しくて仕方なくて自分は将来音楽関係の仕事に就くのだとばかり思っていた。

夢で溢れてたのだ。
まぁ、人生山あり谷あり様々な事が起こる。
音楽関係の仕事をしていない事が何よりの証拠だし、あの日を境に歌う事が怖くなってしまってから音楽とは無縁だったけど今、何故か歌っている。

歌えているのだ。


「お姉さん、大丈夫?」

1曲が終わりギターが最後の音を鳴らした。

ハァハァと荒く息を吐きながら最後まで歌いきった私はポロポロとその場で涙を流していた。
青年の心配そうな声だが突然背後から聞こえた歓声に2人はビクッと肩を揺らす。
恐る恐る後ろを見た私はいつの間にか集まっていた人集りに何事かと思っていると、少し下から青年の「楽しかった?」という質問に思わず口元を弧にして「最高」と笑顔を浮かべた。

まぁ、アンコールの声援の途中で巡回していた警察の方に注意を受けてそそくさと流れる様に解散してしまったのだが、ギターの青年に「こっちだよ」と手を引かれてやって来た公園に間隔をあけてベンチに座っていた。

「…………。」
「…………。」

無言。
気まずさが支配する。だけど、何故か嫌な感じはしない。公園の遊具からゆっくりと空を見上げる。

あれ?


「……最後に空を見上げたのいつだっかな。」
都会の眩い光に負けじと輝く空の星達。
いつも地面ばかり見ていつしか空さえ見なくなった事に大人の余裕の無さに苦笑いしか出なかった。

「俺は、まだ子供だけどさ。大人だって時には子供になってもいいんじゃないの?」
青年の柔らかな声。そちらを見る前に頬に触れた冷たい感触に缶のカルピスだと気が付き青年を見ると自販機を指さされた。流石にそこまでしてもらうのは大人としてどうなのかと思っていると「お礼だよ」と言われ首を傾げる。

お礼をするのはこちらなのに。

「俺ね、沢山失敗して明日実家に帰るんだよ。でも、最後に何でもいいから思い出残したくてあそこ行って弾いてたけどつまらなくて、帰ろうとしたけど……。お姉さん来てくれたから楽しかった。だから、お礼。ありがとうね。」

立ち上がる青年。
こんな時に何も言葉が出て来ない。
伸ばした手が青年の服を掴み、必死に訴えた。

「ち、が……お礼をするのは私だよ!何もかも失敗してダメだと思ってた。辞めようとも思ってた。でも、それじゃあダメなんだ。「あたし」に余裕が無かったんだもん!それじゃあ誰も着いてこない!独り善がりだった。何もかも!でも、ちがう、それは…………っ!」
「……沢山、頑張ったんだね。偉いね。」

支離滅裂な言葉に青年はポンと私の頭を撫でるとそのまま人好きの笑顔を浮かべて何も言わずに去っていった。
ポロリと流れた涙を拭い立ち上がり青年の背中に向かって「ありがとう!」と手を振り叫ぶ。片手を上げた青年。こちらは見ない。

何かが吹っ切れ再び空を見上げて「よし。」と笑う。

明日からはきっと、今までとは違くなる。
そんな予感がした。








「…………はぁ。アイツ俺に気が付かなかったのか。まー仕方ねぇか。お互い10年振りだもんな。」
「もー。次はウチがあの子に会いに行くんだから!ジャンケンで一人勝ちとか運よすぎ!」
「全く。皆さんご近所迷惑ですよ。それにしても、よく気が付きましたね。彼女が限界だったと。幼馴染だからです?」

「分かんね。何となくだよ。昔から何もかも1人で背負って潰されかけるんだ。息抜きさせなきゃダメんなる。学生時代もそーだった……あの事件だって全ての罪を自分だけのせいにして俺達を守ったんだ。分かるだろ?」
「……うん。後から知って驚いたもん。あの時何も出来なかったのが今でもウチの一番の後悔だよ。」
「そうですね、彼女1人に背負わせてしまった。それは僕達の罪でもあります。彼女は責任感が人一倍強く、自己犠牲精神旺盛な性格を知って居た筈なのに。」

「……あの歌声はもう枯らせねぇよ。今度は俺達がアイツを守る番だ。そうだろ?お前ら。」
「うん!今度こそあの子を守るよ!」
「ええ、そうですね。」


「もう二度と、1人で泣かせねぇよ。」






5/11/2024, 5:56:43 PM

『愛を叫ぶ。』


唯の観察対象だった。
大手企業の一人娘の監視。
いつもの様に上役から課せられた任務を完璧に遂行する為に娘の事を調べて、好みの性格にし、話し方を変えて、趣味を似せて、近付いた。

娘はいとも簡単に騙されてくれた。
いつも通りなんてことの無い仕事の延長線。
学校での話や趣味の話をして行く内に自分の「家」の事も話す様になった。

まるで親友に愚痴を零すように。



家に帰り録音したレコーダーを流しながら情報を纏め、上役にソレを送り今日の任務が完了する。
あと数日もすれば娘ともおさらば。だけど、何故か引っ掛かりを覚えてベッドの上で寝転びながら今日の娘の様子を思い返した。

何かを見落としている。
このモヤモヤした違和感。
何を?何がおかしかった?

あ、そうだ……


「……笑顔だ。ターゲットは今日、笑っていたか?」

急いで起き上がりボイスレコーダーを流しながらハッキングした町中の監視カメラを覗き違和感をまとめていく。

紙に書きあげた情報を舌打ちしながら破り、着の身着のまま部屋を飛び出し地下駐車場に停めていた車に乗り込み公道を全力で走り抜けた。


今まで完璧に仕事をこなしてきた自分がおかした初めてのミス。ここまで出し抜かれたのは初めてだ。

大きなビルの前で車を停めて警備員の静止を振り切りエレベーターへと乗り込む。少しずつ登る階数に苛立つ。
最上階へとたどり着き長い廊下の先の重くて分厚い扉を開け放ち名前を叫んだ。

が、目の前の光景を見て徐々に目を開けふつふつと湧き始めた「怒り」のまま叫ぶ。

「彼女に何をした!」

応接室のど真ん中で倒れたままピクリとも動かないのは夕方別れた娘。
薄暗い部屋のカーテンは開けられ風に揺られ黒革の椅子に座った白髪混じりの男がチラリとこちらを見た後に興味無さそうにため息を吐くと「約立たずの人形を壊した迄だ」と言い切る。実の娘に対して言う言葉では無い。

「……駄犬がキャンキャンと煩わしい。躾がなっていないのか?それに、私の情報をこの約立たずから引き抜こうとしていたみたいだが、上手くは行かなかったようだな?駄犬。」
「……。」
「逆に利用され、守られてるとも知らずにのうのうとこの人形と過ごす時間は楽しかったか?」
「どういう事だ。」

「吠えるだけしか脳がない駄犬は考える事もしないのか。」




初めて出会った時よりも少し前、娘は父親からある1人の男と「仲良くなれ」と命令を受けていた。
幼少期より父親に逆らわず命令を聞くだけの心を壊してしまった人形は、父親の会社の利益の為だけに動いてきたが、いつしか彼と過ごしていくうちに、「楽しい」と思う様になった。その感情は母親が亡くなってから久しく忘れてしまっていたもので、折檻で水を浴びせられても、罵倒を受けても、彼といる時間だけが安らかな物になっていたのだが、言われてしまった。「あの男を始末しろ」と。

だが、娘はその命令を受ける事が出来ずにいた。
好きになってしまったのだ。彼の事が。
例え向こうが自分では無く父親を始末する為の情報を手に入れる為に近付いて来ようとも。

だから、逆らった。
後悔なんてしてない。


「……たのし、かったなぁ……あの人と、最期に……会えたのだもの。それで、もう…………じゅうぶん……しあわせ、よ。」

自分の命が消えかかる瞬間扉を開けてここまで来た彼の姿がぼんやりと見えた。湧き上がる幸福感。
最期に遺したメッセージに気がついたらしい。


「私は貴方を愛してました。」



翌日、テレビに出てきた大手企業の社長が何者かによって殺害されたというニュース。
警察やらが動き事態を収束させる為に動いてる中何故か社長以外の遺体は見つかっておらず、監視カメラに映っていた社長の娘と不審な男の二人の姿だけが見つからず、やがてその事件はお蔵入りとなった。







5/7/2024, 3:01:58 PM

『初恋の日』

誰にでも愛想が良く老若男女に好かれる学校一の美少女は周囲の人間から「天使様」と呼ばれていた。

幸か不幸かその天使様と同じクラスになった、何処にでも居るようなモブの俺には全く関係の無い話で、浮き足立って居るクラスメイトを何処か1本引いた目線で見ていた俺はもしかしたら少し変わっているのかもしれない。

どこにでも居る様な普通の俺と誰にでも好かれる天使様。
天と地の差があり過ぎて話す事さえ叶わないと思っていたその矢先。まさかこんな事が起こるなんて思いもしなかった。



「……天使様がほんとに天使とは思わなかったぜ。」
「私も驚きです。まさか任務で人間界へと悪魔を消しに来て、漸く見付けたと思ったらその正体がクラスメイトだったんですから。」

お互いの背中に生えているのは種族の象徴である真っ白な天使の翼と真っ黒な悪魔の翼。武器を構えながらビルの最上階で対峙する俺達は酷く浮いていると思う。

何故って?今からコロシアイをするからだ。

「言っとくけど女だからって手は抜かねぇよ?俺。そー言うの嫌いだから。」
「ええ、私もそう言うのは嫌悪します。どちらかが消滅する迄この戦いは終わらない。それが任務ですから。」

シンと静まる一瞬の後、一気に踏み込み攻撃を開始しようとした瞬間。

「一目惚れしました!私と付き合ってください!」
ギュッと武器を握り顔を真っ赤にした天使は口元をモゴモゴさせながら翼を動かし縮こまる。
対して俺は振り上げた武器の行方を失い変な体勢でピタリと止まると、先程言われた言葉を頑張って理解し叙爵して……

「お断りします。」
出た言葉はこれだけだった。

この日を境に種族間の問題等露知らず猛烈アタックする天使が時折見せる小悪魔な顔に振り回される悪魔の俺。


「私が、貴方に恋をした……初恋の日の話をしましょうか。」
「は?おま、こんな時に何言って!!今はそんな事より、傷を回復させろ!」
数多の試練をクリアしていく2人の恋の行方はいかに?



『貴方を殺すのは私の役目。勝手に死なれては困ります!』
『悪いな、天使さんよぉ。俺は悪魔だぜ?死にはしねえよ。また生まれ変わるんだ。今度は普通にお前と……ーー。』
2人の過去が交差する。
何百何千と繰り返す愛しい者の死。
別れはいつだって、突然やってくる。



5/6/2024, 12:05:19 PM

『明日世界が終わるなら』

ニュースキャスターが告げた世界の余命宣告。
家族やご近所が阿鼻叫喚の中で、私は母さんが作ったおにぎりをもぐもぐしながら頭の中でこう思っていた。

「やば、バイト遅刻しそう。」


荷物を担いで逃げようとするご近所さんの波を縫って歩きながらスマホに繋いだイヤホンから聞こえる音楽を口ずさむ。

友人が好きだと言った流行りの恋愛映画の主題歌。
三角関係から始まる高校生の色恋で、女の子の争奪戦で、ライバルが出て…最後に結ばれたのはどっちだったかな?

涙ながらに熱く語る友人が羨ましい位に響く物は何も無く、思ったのは「キャラメルポップコーン美味しかったな」だった。そんな私に根気強く付き合う友人はある意味物好きで変わり者か。

考え事をしながら歩いてたらバイト先にたどり着いた。が…
古ぼけたスーパーの中身はすっからかん。
床に散らばり散乱する商品の数に片付けが大変だなと考えながらバックヤードに行くと、ソファに座りながらタバコを吸う店長がこっちを見て「おつかれさん」と言ってテレビに視線を戻した。

「……お疲れ様です、店長。フロアがやばい事になってますけど、どーします?」
「んー?そーだな、とりあえず掃除するか。後、昨日言ってたイベントの奴なんだがーーー」

ロッカーに入れていたエプロンをつけてから長い髪の毛を1つに結び、昨日していた次のイベントの話をされる。春の特集だとか何だかで飾り付けをするのだ。
イベントについて考えるのは物凄く苦手だけどやはり楽しそうに見てくれる常連客のおじぃちゃんやおばぁちゃん達の顔を見るとやりがいを感じるのだ。

店長との話が終わり箒とちりとりを手にフロアへ行くと、常連のおばぁちゃんが驚いた顔で店内を見回していた。

「あらあら。今日は何も無いのねぇ?」
「そーなんですよ、すみません。」

いつも通りの会話をしながら杖を着いて帰り道を歩くおばぁちゃんを見送り店内へ戻ろうとした時、いつの間にこちらに居たのか店長が気だるそうに立っていた。

「そーいえばよ、世界終わるって言ってるのに何でお前ここにいんの?」
「え?だって、シフト入ってるから?あ、もしかして今日休みでしたっけ?」
「……いや、別にいいんだけどな。」

ボリボリ頭を搔く店長を不思議そうに首を傾げて見上げると、少し呆れ顔をしながらその大きな手でガシガシと頭を撫で「程々にしろよ」と言って中へと戻って行った。

撫でられた所をそっと触れる。上気する頬。
何故か友人と見た映画のワンシーンを思い出した。

『もしも、明日世界が終わるなら私は貴方と一緒に居たいよ!』

赤く染った頬に口をハクハクと動かした。
私はもしかしたら、店長の事…………っ!!


何でそんなに優しい顔をするんです、店長!?







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