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『子供のままで』


上京してから早10数年。
仕事が上手く行き昇格し何人もの部下を持つ立場になった私だが、突然何もかもが上手くいかなくなった。

挫けかけた心を持ちながらフラフラと自宅へと帰る帰り道。

数年同棲していた彼氏の浮気を知りこの前極めて「円満」に別れる事が出来てから引っ越したりしてたら気が付いたら30歳手前。結婚相談所やらアプリやらに手を伸ばしても何も成果は得られず。
キンキンに冷やした缶ビール片手に深夜のつまらないテレビを見ながら死んだ様に眠るのが日課になった。

疲れた体を懸命に動かしながら、フと聞こえてきた音に少しだけ顔を上げる。

何だろう。

やたらとその音が気になり初め無意識のまま足を進める事数分。1人の青年が無観客の中静かにギター片手に地面に座りながら演奏をしていたのだ。
チラチラと青年を見る通行人達。されどもその足は止まること無くそれぞれの帰路へと急ぐ中、何故かその「音」に鷲掴みにされ気が付いたら青年の真ん前。特等席に座っていた。

「……お姉さん、歌ってよ。」
「…………え、お姉さんって……え?私?」

突然話しかけられた。
それでもギターを弾く手は止まらない。
ゆっくりとこちらを見た青年はニッと笑うと、数年前に流行り出した曲を弾き始めた。無名の曲から人気曲へと変わった途端数人が興味深そうに足を止め始める。
青年はそれでも歌わずに「ほら」と良い、戸惑いアワアワとし出す私に

「お姉さん、楽しもうよ。」

と、声をかけた。
目を見開く私。
自然と動き始めた口。
「楽しさ」や「辛さ」そして「未来」を綴ったその歌詞は老若男女を惹き付ける。

初めは小さかった歌声だけど、リードする様に支えてくれたギターの音に安心感を覚え声を大きくする。

この場所に少しずつ広がりやがてそれは大きな波紋を生み出した。

ジャケットとカバンを地面に置いて思うままに声を出す。
学生だった頃に少しだけやってたバンドサークルを思い出す。あの頃は何もかもが楽しくて仕方なくて自分は将来音楽関係の仕事に就くのだとばかり思っていた。

夢で溢れてたのだ。
まぁ、人生山あり谷あり様々な事が起こる。
音楽関係の仕事をしていない事が何よりの証拠だし、あの日を境に歌う事が怖くなってしまってから音楽とは無縁だったけど今、何故か歌っている。

歌えているのだ。


「お姉さん、大丈夫?」

1曲が終わりギターが最後の音を鳴らした。

ハァハァと荒く息を吐きながら最後まで歌いきった私はポロポロとその場で涙を流していた。
青年の心配そうな声だが突然背後から聞こえた歓声に2人はビクッと肩を揺らす。
恐る恐る後ろを見た私はいつの間にか集まっていた人集りに何事かと思っていると、少し下から青年の「楽しかった?」という質問に思わず口元を弧にして「最高」と笑顔を浮かべた。

まぁ、アンコールの声援の途中で巡回していた警察の方に注意を受けてそそくさと流れる様に解散してしまったのだが、ギターの青年に「こっちだよ」と手を引かれてやって来た公園に間隔をあけてベンチに座っていた。

「…………。」
「…………。」

無言。
気まずさが支配する。だけど、何故か嫌な感じはしない。公園の遊具からゆっくりと空を見上げる。

あれ?


「……最後に空を見上げたのいつだっかな。」
都会の眩い光に負けじと輝く空の星達。
いつも地面ばかり見ていつしか空さえ見なくなった事に大人の余裕の無さに苦笑いしか出なかった。

「俺は、まだ子供だけどさ。大人だって時には子供になってもいいんじゃないの?」
青年の柔らかな声。そちらを見る前に頬に触れた冷たい感触に缶のカルピスだと気が付き青年を見ると自販機を指さされた。流石にそこまでしてもらうのは大人としてどうなのかと思っていると「お礼だよ」と言われ首を傾げる。

お礼をするのはこちらなのに。

「俺ね、沢山失敗して明日実家に帰るんだよ。でも、最後に何でもいいから思い出残したくてあそこ行って弾いてたけどつまらなくて、帰ろうとしたけど……。お姉さん来てくれたから楽しかった。だから、お礼。ありがとうね。」

立ち上がる青年。
こんな時に何も言葉が出て来ない。
伸ばした手が青年の服を掴み、必死に訴えた。

「ち、が……お礼をするのは私だよ!何もかも失敗してダメだと思ってた。辞めようとも思ってた。でも、それじゃあダメなんだ。「あたし」に余裕が無かったんだもん!それじゃあ誰も着いてこない!独り善がりだった。何もかも!でも、ちがう、それは…………っ!」
「……沢山、頑張ったんだね。偉いね。」

支離滅裂な言葉に青年はポンと私の頭を撫でるとそのまま人好きの笑顔を浮かべて何も言わずに去っていった。
ポロリと流れた涙を拭い立ち上がり青年の背中に向かって「ありがとう!」と手を振り叫ぶ。片手を上げた青年。こちらは見ない。

何かが吹っ切れ再び空を見上げて「よし。」と笑う。

明日からはきっと、今までとは違くなる。
そんな予感がした。








「…………はぁ。アイツ俺に気が付かなかったのか。まー仕方ねぇか。お互い10年振りだもんな。」
「もー。次はウチがあの子に会いに行くんだから!ジャンケンで一人勝ちとか運よすぎ!」
「全く。皆さんご近所迷惑ですよ。それにしても、よく気が付きましたね。彼女が限界だったと。幼馴染だからです?」

「分かんね。何となくだよ。昔から何もかも1人で背負って潰されかけるんだ。息抜きさせなきゃダメんなる。学生時代もそーだった……あの事件だって全ての罪を自分だけのせいにして俺達を守ったんだ。分かるだろ?」
「……うん。後から知って驚いたもん。あの時何も出来なかったのが今でもウチの一番の後悔だよ。」
「そうですね、彼女1人に背負わせてしまった。それは僕達の罪でもあります。彼女は責任感が人一倍強く、自己犠牲精神旺盛な性格を知って居た筈なのに。」

「……あの歌声はもう枯らせねぇよ。今度は俺達がアイツを守る番だ。そうだろ?お前ら。」
「うん!今度こそあの子を守るよ!」
「ええ、そうですね。」


「もう二度と、1人で泣かせねぇよ。」






5/12/2024, 8:47:23 PM