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5/20/2024, 2:47:23 AM

『突然の別れ』

気が付いたら、妻が小さくなってしまった。

写真の中で笑う彼女は、いつもの様に花咲く笑顔。なのに、今僕の腕の中で眠っている。
全身を包む線香の香りがやたら強く感じて不快だ。
何が起こったのか分からないとでもいう風に遺影の前に座り話しかけた。

「今日はどうしたの?凄く静かじゃん。ほら、早く我が家へ帰ろ?もうすぐでご飯の時間だよ。」

親戚達がそんな僕を驚いた様に見ている。
口々に「おかしくなった」やら「可哀想に」とか聞こえるけどなんの事か分からない。

だって、妻はここにいて笑っているだろ?

でも……手に持つ冷たいこの箱は、何だ?

まぁ、いい。

ほら、帰ろう?

僕達の家へ。









「ほら、起きて!仕事遅刻しちゃうよ!」

ピピピピピと聞こえて来た目覚ましの音と、妻の声。
うっすらと開けた視界に見える見慣れた天井。少し頭をずらしてベッドの脇を見るとプンプンと怒ってる妻が僕の布団を剥ぎ取った。

寒い。

「今日は大事な会議なんでしょ?」
「ん……かいぎ?」
「うわぁ、今日はいつもより寝ぼけが酷い!ほら、起きて!」

いつものやり取り
いつもの風景

いつも………………あれ?



「ねぇねぇ、ぼくのかわいいおくさん?きょうはなんがつなんにちだい?」
「えぇ?そんな事も分からないくらい寝ぼけてるの!?やばいよ????えっとね、私のかっこよくて少し抜けてるかわいい旦那様、今日は×月×日(月)ですよ!どお?会議の事思い出した?」


「…………うん、そうだった。「今日は」会議だった。」

ようやく状況が分かりノロノロと体を起こす。
妻は苦笑いしたあと「寝ちゃダメだよ!」と言い残して部屋を出ていく。ベッド脇に座り立ち上がりスーツに着替えようと姿見の鏡を見た瞬間思った。


「僕の顔、こんな感じだったっけ?」

最後に鏡を見た時僕は確か40代後半の見た目をしていた筈だ。なのに、何故……


「この顔は、20代の時の僕だ……」


突然の別れ、そして再会。
僕が君にしてあげられる事全てする。
だから、どうか……僕の側から離れないで。


何度も何度も繰り返す妻の死。
僕はこの輪から抜け出せない。


あれ、なんで妻の死因が分からないんだろう。


これは、救済か破滅か。
今の僕には分からない。




「ダメじゃない。もうこれ以上は貴方の心が壊れちゃうよ。そろそろ受け入れてね。…………これが本当の最期だよ?」





5/17/2024, 3:53:53 PM

『真夜中』

夏が終わる。
昼間の茹だる暑さが也を潜め少しだけ肌寒い夜の街。
賑わいを見せるネオン街は今から動き出す。
だがらその賑わいと同調するかのように動き出すのは闇も同じで、人がアヤカシと呼ぶ未知の生き物が街を徘徊する。
時には人に害をもたらすアヤカシを祓う役目を担う祓い屋家業は年々数を減らしていたとしても、矢張りそう言った案件は一定数ある為に廃業にならないこの業界。

昨今ではアヤカシが見える若者が減っている中でも、この国に存在する祓い屋一門『暁』はその力の衰え知らずで、裏を支えていると噂されるくらいの地位があった。

その中でも異質なのが数百、数千年と言う長い時間を生きていると言う不老不死の少女の存在。
彼女は自分の出自は愚か何故自分がそんなにも長生きして不老不死なのかさえ覚えて居ない中で暁と行動を共にしていた。暁の中でも彼女の力に叶う人間は愚か格が違いすぎてまるで大人と産まれたての赤子のような力の差に様々な憶測が飛び交う中、彼女しか解決できない問題もある為無下にも出来ず付かず離れずの距離を保っていた。

彼女の名前は「琥珀」。
本名かもしれないが、彼女自身の目の色が琥珀色だから琥珀と名乗っているとも諸説あり、今では琥珀と言う名が定着していた。


「……それが、この方……琥珀様、ですか?」
「そうだ。くれぐれも失礼のないようにな。」
バタンと閉められた案内役の足音が遠ざかり改めて中を見ると、扉の先にはいくつ物真っ赤な鳥居が並び、まるで地下牢のような作りのそこに件の琥珀が眠っていた。

長い黒髪、伸びたまつ毛は長く、雪のように白い肌には傷ひとつも無いのに、来ている服は上下真っ黒のTシャツとジャージのズボン。
10畳有りそうな広さのど真ん中にタオルケットを掛けて眠る琥珀は起きる様子は見られない上に周囲に貼られた札のせいで頭がバグりそうな感覚に陥る。

天井などを見ていた時、いつの間に目が覚めていたのか、琥珀は座ってこちらをジッとみていて、まるで猫のようだと思ったが、そこから感じる気配はそんな可愛いものでは無い。

一言で言うなら『闇』その物だろうか。

彼女を中心として此方を飲み込まんばかりの闇が手を伸ばして来そうな感覚に思わず持っていた刀に手を伸ばしかけた瞬間、目の前から聞こえた「グウウウゥ」と言う音に思わず「は?」と声を出してしまった。

「なんじゃ。今回の飯係は随分と若いのぉ。」

透き通る声なのに、話し方が老成していて頭の中はパニックだ。それに、飯係って何だ。俺は……

「はようせい。妾は腹が減っておる。飯係、妾ははんばぁぐを所望する!」

あぐらをかきながらこちらを指さし、ニカッと笑う彼女はまるで年頃の少女の様。1人で百鬼夜行を食い止める程の力を持つ者だとは、到底思えない。
それが、彼女……いや、鬼神である琥珀との出会いだった。


「……俺は琥珀の事を過大評価していた様だ。」
「は?何を言っておる。頭でも打ったのか?」
随分昔の事を思い出しながら此方を覗き込む琥珀を見ると、出血のしすぎて視界が揺れて二重に見えた琥珀の顔に思わず笑うと、心底引いたような琥珀が「こやつ、いかれたわ」と言って3:00の方向を見た。
暴れる大きなアヤカシから食らった一撃で意識を失うなんて情けない。何を油断していたのやら。
琥珀が何かを話しているが、それに答える前に琥珀の戦闘服である着物の裾を掴み一言告げた。
決してこの日の事を後悔はしない。鈍感でニブニブニブな琥珀をこれからゆっくりと落としていく。

既に彼女の胃袋は掴んだ。後は心を手に入れる。


俺は、初めて会った時から真夜中に恋をしていた。
秘密が多すぎる寂しがり屋の鬼神の相手が出来るのは俺だけなのだから。





「あれが、琥珀様の力……」
月が暗雲に閉じ込められて闇が深まりアヤカシが大量に暴れると報告を受けて陣営に待機していた時、カランカランと高い下駄を鳴らしてやって来たのは赤と黒の振袖を着た琥珀。普段とは違い化粧をしているせいで一瞬誰かは分からなかったが、人並外れたその美しさで改めて目の前にいるのが琥珀だとわかった。

「何じゃ、そんな顔をして。この位の数お主達にはどうって事は無いであろうに。」
陣営の中で手当する同業者達を通り過ぎてアヤカシを見つめる。ふわりと揺れたストレートの黒髪。
目の前を通り過ぎた琥珀は一瞬こちらを見たが再び前を見ると「見ておれ」と言って右手を真っ直ぐと横に伸ばし「黄泉」と囁く。現れた黒い靄の中から抜き差しの太刀が現れ、持ち方を変えるとカラン。と下駄を鳴らして駆け出した。

それからは何が起こったのか分からないくらい一瞬に終わった。アヤカシ達の残骸が刀に吸われるように無くなり驚愕に目を見開く事しか出来なかった。
駆け抜けた先から10階以上もの建物の上に飛んで来た琥珀は1度刀を振るい靄を消して、髪の毛を後ろにはらうと「何を突っ立っておる飯係。今日はおむらいすを所望する」と先に部屋の中へと帰って言ってしまった。

手当を受けている同僚達が口々に「化け物」と囁く中で、唯一彼女の顔が痛みに歪んだのに気が付けたのはもしかしたら自分だけかもしれない。



5/14/2024, 4:49:50 PM

『風に身をまかせ』


それは虚無に近い。

突き刺した刃が愛した者の体を貫き、さようならの挨拶をする前に彼は青白い炎に包まれてこの世から去った。最後の戦いの爪痕を色濃く残しながら、ダランと下げた手から地面に落ちる愛刀。膝から力が抜けるようにその場に倒れて意識を失ってからは目覚めるまでの間に何もかもが変わっていた。

町の復興に力を入れる役人や、褒美は何がいいと聞いてくるこの国の王の他、救ってくれてありがとうと声を上げる人間達。やがてその賑わいも也を潜め元の日常に戻った時、呆気ないと思った。

それからは、英雄等と呼ばれたがその名前は好きではなかった。彼を葬った手のひらを見つめてから真っ青な空を見上げる。伸ばした黒い髪と緩く羽織った羽織が風に揺れ静かに目を閉じた。


あの戦いから数年。
町から離れた山の中の小さな小屋の中で布団に包まる私は病を患っていた。きっと、今まで無茶して来たツケがやってきたのだろう。軋む体に既に体は1人で動かす事は出来ず、かつての仲間が面倒を見てくれているが、数日前の土砂崩れでここまで来る道が塞がれた筈だ。物凄い音がしていたから。

もって後数日と言った所か。
自分の命の長さを考えながら頭に浮かんだ「ようやく」の文字。そっと目を開けて視線を動かした。

「…何故、真実を話さなかったか……とか、そんな事はもう聞かないさ。きっとあの選択しかなかったし、お前もそうした筈だ。」
『……もっと、俺の事を嫌ってると思ってたが、思ったより好かれているようだな。』
「千年、共にいれば嫌い以外の感情だって芽生えるさ……」

私の紫の瞳は何も映さない。
それでも確かにそこに彼は居るし、こうして言葉だって交わしている。
『そうだったな、千年か。長い様であっという間だったな。』
「…………王は、お前の体を何としてでも手に入れようとしていた。そして、私の体も……純血の鬼はもう、私で最期だから、今頃必死にここまで来ようとしている筈だ。でも、私は王にこの身を捧げる事はしない。」
『世が世なら、俺はあんたを娶ってたよ。気高く美しいお前を。』

自然と流れる涙。少しだけ口元を緩めて「ふっ、お前様からそんな事言われるとは思わなかったよ。」と言った後最期の力を振り絞るように彼の頬目掛けて手を伸ばすが、届く事無く布団に落ちる間際、優しく包まれて「お前様の元へ今から行くよ」と笑った。

小屋ごと包む様に大きな炎が上がり小屋の中にいた2人は抱きしめ合いながら口付けを交わす。一層大きく上がった炎はまるで天に昇る様に舞い上がるとそのまま跡形もなく消えていった。まるで自分の存在を消し去るかのように。






「そこの娘さん、良ければこの先の茶屋で一杯どうだい?」
「怖い者知らずな男が居たもんだ。お前、私の事知らないのか?」
「……なんだ?偉い人間だったのか?でもまぁ、そんな事関係ないね。俺が娘さんに興味を持ってお茶に誘った。それ以上でも以下でもねぇよ。」
「……ふ、随分な変わり者だ。」
大きな大きな桜の木の下、純血の鬼の姫君は同種の男の手を取って立ち上がった。ゆっくりと前に進む2人を阻む物は何もない。

風が吹いて桜の花びらが散ったとしても、それを悲しむ事はもうしない。
風に身を任せ、2人は何処までも何処までも連れ添ってあるいていった。


5/13/2024, 2:20:27 PM

『失われた時間』


コツコツと登る石段。足元を照らすランプの光を頼りに暗い道をまっすぐと進む。
辿り着いた場所に聳え立つ重厚な扉に触れるか触れないかの所で手を止めると、淡く輝いた青い文様が中心から広がり、やがて音を立てて扉が開かれた。

完全に開けられた扉の先、真っ白い花畑の真ん中にポツンと建つ1軒の洋館を確認し足を進める。
強すぎる花の香りさえ気にすること無くまっすぐと進むと、オレンジ色だったランプの光が青白さへ色を変え、空には数多の星が流れた。
ふわりと巻き上がる風に散る花弁が全身を包みボロボロだったローブを純白のドレスへと変えていく。
腰よりも長く伸びた白銀の髪、雪のように白い肌とまぶたに隠された濃い青の瞳が洋館の前に居た者を捉える。

「ようこそ新しい主様。ここは忘れられた楽園。私は貴方を歓迎致します。」

ドレスの裾を少し持ちながら仰々しく頭を下げる。
今日もまた、世界に捨てられた哀れな者がやって来た。
これから始まる戦いは果たして終わりが来るのだろうか。


楽園に時間等関係無い。
あるのは絶望と言う希望だけ。

さあ、主様。貴方の物語を私に見せて。
貴方の時間が終わるその時まで私が貴方と言う物語を綴ります。

それが、失われた時間の中で生きる私の役目なのだから。




始祖は失ってしまった家族を甦らす為に禁忌を犯した。
復活させた家族は全くの別物として甦るも、始祖はそれを否定した。

ー私の家族はこんなに醜くない

そう、家族を否定した。
だって、屍人を生き返らせたとしてもソレは最早別のナニかなのだから。

狂ったように禁術を犯し続ける始祖はある時見つけてしまった。本物を蘇らす方法を。

それこそこの世界が崩壊してしまった原因であり、絶望の始まり。



私は、この場所で待ち続ける。
私を終わらせてくれる主様がやって来るのを。
真実を見つけてくれる主様を。



あぁ、今日も……ダメだった。


次の物語はどんな内容なのだろう。






「ようこそ新しい主様。ここは忘れられた楽園。私は貴方を歓迎致します。」

5/12/2024, 8:47:23 PM

『子供のままで』


上京してから早10数年。
仕事が上手く行き昇格し何人もの部下を持つ立場になった私だが、突然何もかもが上手くいかなくなった。

挫けかけた心を持ちながらフラフラと自宅へと帰る帰り道。

数年同棲していた彼氏の浮気を知りこの前極めて「円満」に別れる事が出来てから引っ越したりしてたら気が付いたら30歳手前。結婚相談所やらアプリやらに手を伸ばしても何も成果は得られず。
キンキンに冷やした缶ビール片手に深夜のつまらないテレビを見ながら死んだ様に眠るのが日課になった。

疲れた体を懸命に動かしながら、フと聞こえてきた音に少しだけ顔を上げる。

何だろう。

やたらとその音が気になり初め無意識のまま足を進める事数分。1人の青年が無観客の中静かにギター片手に地面に座りながら演奏をしていたのだ。
チラチラと青年を見る通行人達。されどもその足は止まること無くそれぞれの帰路へと急ぐ中、何故かその「音」に鷲掴みにされ気が付いたら青年の真ん前。特等席に座っていた。

「……お姉さん、歌ってよ。」
「…………え、お姉さんって……え?私?」

突然話しかけられた。
それでもギターを弾く手は止まらない。
ゆっくりとこちらを見た青年はニッと笑うと、数年前に流行り出した曲を弾き始めた。無名の曲から人気曲へと変わった途端数人が興味深そうに足を止め始める。
青年はそれでも歌わずに「ほら」と良い、戸惑いアワアワとし出す私に

「お姉さん、楽しもうよ。」

と、声をかけた。
目を見開く私。
自然と動き始めた口。
「楽しさ」や「辛さ」そして「未来」を綴ったその歌詞は老若男女を惹き付ける。

初めは小さかった歌声だけど、リードする様に支えてくれたギターの音に安心感を覚え声を大きくする。

この場所に少しずつ広がりやがてそれは大きな波紋を生み出した。

ジャケットとカバンを地面に置いて思うままに声を出す。
学生だった頃に少しだけやってたバンドサークルを思い出す。あの頃は何もかもが楽しくて仕方なくて自分は将来音楽関係の仕事に就くのだとばかり思っていた。

夢で溢れてたのだ。
まぁ、人生山あり谷あり様々な事が起こる。
音楽関係の仕事をしていない事が何よりの証拠だし、あの日を境に歌う事が怖くなってしまってから音楽とは無縁だったけど今、何故か歌っている。

歌えているのだ。


「お姉さん、大丈夫?」

1曲が終わりギターが最後の音を鳴らした。

ハァハァと荒く息を吐きながら最後まで歌いきった私はポロポロとその場で涙を流していた。
青年の心配そうな声だが突然背後から聞こえた歓声に2人はビクッと肩を揺らす。
恐る恐る後ろを見た私はいつの間にか集まっていた人集りに何事かと思っていると、少し下から青年の「楽しかった?」という質問に思わず口元を弧にして「最高」と笑顔を浮かべた。

まぁ、アンコールの声援の途中で巡回していた警察の方に注意を受けてそそくさと流れる様に解散してしまったのだが、ギターの青年に「こっちだよ」と手を引かれてやって来た公園に間隔をあけてベンチに座っていた。

「…………。」
「…………。」

無言。
気まずさが支配する。だけど、何故か嫌な感じはしない。公園の遊具からゆっくりと空を見上げる。

あれ?


「……最後に空を見上げたのいつだっかな。」
都会の眩い光に負けじと輝く空の星達。
いつも地面ばかり見ていつしか空さえ見なくなった事に大人の余裕の無さに苦笑いしか出なかった。

「俺は、まだ子供だけどさ。大人だって時には子供になってもいいんじゃないの?」
青年の柔らかな声。そちらを見る前に頬に触れた冷たい感触に缶のカルピスだと気が付き青年を見ると自販機を指さされた。流石にそこまでしてもらうのは大人としてどうなのかと思っていると「お礼だよ」と言われ首を傾げる。

お礼をするのはこちらなのに。

「俺ね、沢山失敗して明日実家に帰るんだよ。でも、最後に何でもいいから思い出残したくてあそこ行って弾いてたけどつまらなくて、帰ろうとしたけど……。お姉さん来てくれたから楽しかった。だから、お礼。ありがとうね。」

立ち上がる青年。
こんな時に何も言葉が出て来ない。
伸ばした手が青年の服を掴み、必死に訴えた。

「ち、が……お礼をするのは私だよ!何もかも失敗してダメだと思ってた。辞めようとも思ってた。でも、それじゃあダメなんだ。「あたし」に余裕が無かったんだもん!それじゃあ誰も着いてこない!独り善がりだった。何もかも!でも、ちがう、それは…………っ!」
「……沢山、頑張ったんだね。偉いね。」

支離滅裂な言葉に青年はポンと私の頭を撫でるとそのまま人好きの笑顔を浮かべて何も言わずに去っていった。
ポロリと流れた涙を拭い立ち上がり青年の背中に向かって「ありがとう!」と手を振り叫ぶ。片手を上げた青年。こちらは見ない。

何かが吹っ切れ再び空を見上げて「よし。」と笑う。

明日からはきっと、今までとは違くなる。
そんな予感がした。








「…………はぁ。アイツ俺に気が付かなかったのか。まー仕方ねぇか。お互い10年振りだもんな。」
「もー。次はウチがあの子に会いに行くんだから!ジャンケンで一人勝ちとか運よすぎ!」
「全く。皆さんご近所迷惑ですよ。それにしても、よく気が付きましたね。彼女が限界だったと。幼馴染だからです?」

「分かんね。何となくだよ。昔から何もかも1人で背負って潰されかけるんだ。息抜きさせなきゃダメんなる。学生時代もそーだった……あの事件だって全ての罪を自分だけのせいにして俺達を守ったんだ。分かるだろ?」
「……うん。後から知って驚いたもん。あの時何も出来なかったのが今でもウチの一番の後悔だよ。」
「そうですね、彼女1人に背負わせてしまった。それは僕達の罪でもあります。彼女は責任感が人一倍強く、自己犠牲精神旺盛な性格を知って居た筈なのに。」

「……あの歌声はもう枯らせねぇよ。今度は俺達がアイツを守る番だ。そうだろ?お前ら。」
「うん!今度こそあの子を守るよ!」
「ええ、そうですね。」


「もう二度と、1人で泣かせねぇよ。」






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