『友達』
幼い頃、この街に越してきた私は他の人と「目の色が違う」と言う理由で友人が出来なかった。
高校生まで上がり一人の生活にも慣れた頃突然話しかけてきたのはクラスの中でもムードメーカー的存在の女の子。
一時期は周りの人から「調子に乗るな」と言われて来た私だけど、彼女が言ってくれた「友達になろ!」が嬉しくて周りの人達に言い返したのが先日の話。
それからは彼女と二人で遊びに行ったり、学校でお昼ご飯を食べたりと仲良く過ごしていた。はずだったのに……
「悪魔が堂々と人間界に居るとか笑える。私が祓魔師だって知ってたよね?」
「……わ、私はただ普通に暮らしたかっただけなの!」
流れる血に二の腕を抑えながら痛みに耐え、彼女を見るが憎らしいと言う目で私を見るその視線に絶望した。
やはり悪魔と祓魔師では仲良くなれないらしい。
それでも、信じていたい。
「最後に……最期に聞かせて。」
「……何よ。必要以上に話すつもりは無いから。」
「今でも私たちは、友達?」
「は?悪魔と友達に?なる訳ないでしょ。そうした方が油断すると思って言っただけよ。」
ガラガラと何かが崩れる音に私は涙する。
何千年生きていてもこの瞬間だけは、慣れない。
それからの私は殆ど何も覚えていない。
気が付いたら城に戻っていたし鏡を見たら元の姿に戻っていた。家臣の者から事情を聞いて見るとどうやら「まだ」彼女は生きているらしい。かなりの深手を負って居るらしいが。
「……魔王様、もう人間と戯れるのはおやめ下さい。貴女が傷付くだけです。」
「そうね、もう…………人間は信じないわ。」
唯一この城で信頼する家臣の男は苦しそうな顔をした後に私に近寄ると「頑張ったな」と言って頭を撫でてくれた。
彼は幼い頃から共に過ごしている悪魔で腹心で幼馴染。
私の心を守ってくれる優しい悪魔。
だから、どうか……貴方だけは私を裏切らないで。
『何処までも続く青い空』
最期に君が告げたのは僕に対する呪いの言葉だった。
それは深く根強く縛りつける。
『幸せになってね』と君は僕に呪いをかけた。
これでは追う事も諦める事も出来はしない。
白いカーテンが暖かな風を中へと運び春の訪れを知らせてくる。それでも目を開けない君はまだ冬の中に閉じ篭っているのかな。
僕は小さくなった君を家まで運んで特等席に置いた。
君との思い出が詰まったこの家に。
今でも僕の名前を呼びながらハツラツと笑うその姿が鮮明に思い浮かぶ。
ねぇ、君は今どこに居るの?僕に教えてよ。
いつの間にか時間は過ぎていき子供達も大きくなった。
小さな枠内で笑う君に思い出話をしては一人でご飯を食べる毎日。
あぁ、寂しいなぁ。
今日は気分転換に散歩に来た。
どうやら僕はこれ以上永くは生きられないらしい。
発見が遅れてしまった病気は既に全身に周り後は緩やかな死を待つだけになってしまった。
子供達よ、そんなに泣かないで。僕は精一杯生きたんだから。それに、それでもいいと思った。
思い残す事は無いからね。
「……頑張ったよ、精一杯。寂しい日もあったけど、それでも負けずに頑張ったんだ。」
僕は病院の中庭のベンチの上で静かに目を閉じた。
ギュッと抱きしめられる感覚に僕は微笑む。
痛みも苦しみも消えた。
もう、寂しくも無い。
最期に見たのはどこまでも続く青い空だった。
『突然の別れ』
気が付いたら、妻が小さくなってしまった。
写真の中で笑う彼女は、いつもの様に花咲く笑顔。なのに、今僕の腕の中で眠っている。
全身を包む線香の香りがやたら強く感じて不快だ。
何が起こったのか分からないとでもいう風に遺影の前に座り話しかけた。
「今日はどうしたの?凄く静かじゃん。ほら、早く我が家へ帰ろ?もうすぐでご飯の時間だよ。」
親戚達がそんな僕を驚いた様に見ている。
口々に「おかしくなった」やら「可哀想に」とか聞こえるけどなんの事か分からない。
だって、妻はここにいて笑っているだろ?
でも……手に持つ冷たいこの箱は、何だ?
まぁ、いい。
ほら、帰ろう?
僕達の家へ。
「ほら、起きて!仕事遅刻しちゃうよ!」
ピピピピピと聞こえて来た目覚ましの音と、妻の声。
うっすらと開けた視界に見える見慣れた天井。少し頭をずらしてベッドの脇を見るとプンプンと怒ってる妻が僕の布団を剥ぎ取った。
寒い。
「今日は大事な会議なんでしょ?」
「ん……かいぎ?」
「うわぁ、今日はいつもより寝ぼけが酷い!ほら、起きて!」
いつものやり取り
いつもの風景
いつも………………あれ?
「ねぇねぇ、ぼくのかわいいおくさん?きょうはなんがつなんにちだい?」
「えぇ?そんな事も分からないくらい寝ぼけてるの!?やばいよ????えっとね、私のかっこよくて少し抜けてるかわいい旦那様、今日は×月×日(月)ですよ!どお?会議の事思い出した?」
「…………うん、そうだった。「今日は」会議だった。」
ようやく状況が分かりノロノロと体を起こす。
妻は苦笑いしたあと「寝ちゃダメだよ!」と言い残して部屋を出ていく。ベッド脇に座り立ち上がりスーツに着替えようと姿見の鏡を見た瞬間思った。
「僕の顔、こんな感じだったっけ?」
最後に鏡を見た時僕は確か40代後半の見た目をしていた筈だ。なのに、何故……
「この顔は、20代の時の僕だ……」
突然の別れ、そして再会。
僕が君にしてあげられる事全てする。
だから、どうか……僕の側から離れないで。
何度も何度も繰り返す妻の死。
僕はこの輪から抜け出せない。
あれ、なんで妻の死因が分からないんだろう。
これは、救済か破滅か。
今の僕には分からない。
「ダメじゃない。もうこれ以上は貴方の心が壊れちゃうよ。そろそろ受け入れてね。…………これが本当の最期だよ?」
『真夜中』
夏が終わる。
昼間の茹だる暑さが也を潜め少しだけ肌寒い夜の街。
賑わいを見せるネオン街は今から動き出す。
だがらその賑わいと同調するかのように動き出すのは闇も同じで、人がアヤカシと呼ぶ未知の生き物が街を徘徊する。
時には人に害をもたらすアヤカシを祓う役目を担う祓い屋家業は年々数を減らしていたとしても、矢張りそう言った案件は一定数ある為に廃業にならないこの業界。
昨今ではアヤカシが見える若者が減っている中でも、この国に存在する祓い屋一門『暁』はその力の衰え知らずで、裏を支えていると噂されるくらいの地位があった。
その中でも異質なのが数百、数千年と言う長い時間を生きていると言う不老不死の少女の存在。
彼女は自分の出自は愚か何故自分がそんなにも長生きして不老不死なのかさえ覚えて居ない中で暁と行動を共にしていた。暁の中でも彼女の力に叶う人間は愚か格が違いすぎてまるで大人と産まれたての赤子のような力の差に様々な憶測が飛び交う中、彼女しか解決できない問題もある為無下にも出来ず付かず離れずの距離を保っていた。
彼女の名前は「琥珀」。
本名かもしれないが、彼女自身の目の色が琥珀色だから琥珀と名乗っているとも諸説あり、今では琥珀と言う名が定着していた。
「……それが、この方……琥珀様、ですか?」
「そうだ。くれぐれも失礼のないようにな。」
バタンと閉められた案内役の足音が遠ざかり改めて中を見ると、扉の先にはいくつ物真っ赤な鳥居が並び、まるで地下牢のような作りのそこに件の琥珀が眠っていた。
長い黒髪、伸びたまつ毛は長く、雪のように白い肌には傷ひとつも無いのに、来ている服は上下真っ黒のTシャツとジャージのズボン。
10畳有りそうな広さのど真ん中にタオルケットを掛けて眠る琥珀は起きる様子は見られない上に周囲に貼られた札のせいで頭がバグりそうな感覚に陥る。
天井などを見ていた時、いつの間に目が覚めていたのか、琥珀は座ってこちらをジッとみていて、まるで猫のようだと思ったが、そこから感じる気配はそんな可愛いものでは無い。
一言で言うなら『闇』その物だろうか。
彼女を中心として此方を飲み込まんばかりの闇が手を伸ばして来そうな感覚に思わず持っていた刀に手を伸ばしかけた瞬間、目の前から聞こえた「グウウウゥ」と言う音に思わず「は?」と声を出してしまった。
「なんじゃ。今回の飯係は随分と若いのぉ。」
透き通る声なのに、話し方が老成していて頭の中はパニックだ。それに、飯係って何だ。俺は……
「はようせい。妾は腹が減っておる。飯係、妾ははんばぁぐを所望する!」
あぐらをかきながらこちらを指さし、ニカッと笑う彼女はまるで年頃の少女の様。1人で百鬼夜行を食い止める程の力を持つ者だとは、到底思えない。
それが、彼女……いや、鬼神である琥珀との出会いだった。
「……俺は琥珀の事を過大評価していた様だ。」
「は?何を言っておる。頭でも打ったのか?」
随分昔の事を思い出しながら此方を覗き込む琥珀を見ると、出血のしすぎて視界が揺れて二重に見えた琥珀の顔に思わず笑うと、心底引いたような琥珀が「こやつ、いかれたわ」と言って3:00の方向を見た。
暴れる大きなアヤカシから食らった一撃で意識を失うなんて情けない。何を油断していたのやら。
琥珀が何かを話しているが、それに答える前に琥珀の戦闘服である着物の裾を掴み一言告げた。
決してこの日の事を後悔はしない。鈍感でニブニブニブな琥珀をこれからゆっくりと落としていく。
既に彼女の胃袋は掴んだ。後は心を手に入れる。
俺は、初めて会った時から真夜中に恋をしていた。
秘密が多すぎる寂しがり屋の鬼神の相手が出来るのは俺だけなのだから。
「あれが、琥珀様の力……」
月が暗雲に閉じ込められて闇が深まりアヤカシが大量に暴れると報告を受けて陣営に待機していた時、カランカランと高い下駄を鳴らしてやって来たのは赤と黒の振袖を着た琥珀。普段とは違い化粧をしているせいで一瞬誰かは分からなかったが、人並外れたその美しさで改めて目の前にいるのが琥珀だとわかった。
「何じゃ、そんな顔をして。この位の数お主達にはどうって事は無いであろうに。」
陣営の中で手当する同業者達を通り過ぎてアヤカシを見つめる。ふわりと揺れたストレートの黒髪。
目の前を通り過ぎた琥珀は一瞬こちらを見たが再び前を見ると「見ておれ」と言って右手を真っ直ぐと横に伸ばし「黄泉」と囁く。現れた黒い靄の中から抜き差しの太刀が現れ、持ち方を変えるとカラン。と下駄を鳴らして駆け出した。
それからは何が起こったのか分からないくらい一瞬に終わった。アヤカシ達の残骸が刀に吸われるように無くなり驚愕に目を見開く事しか出来なかった。
駆け抜けた先から10階以上もの建物の上に飛んで来た琥珀は1度刀を振るい靄を消して、髪の毛を後ろにはらうと「何を突っ立っておる飯係。今日はおむらいすを所望する」と先に部屋の中へと帰って言ってしまった。
手当を受けている同僚達が口々に「化け物」と囁く中で、唯一彼女の顔が痛みに歪んだのに気が付けたのはもしかしたら自分だけかもしれない。
『風に身をまかせ』
それは虚無に近い。
突き刺した刃が愛した者の体を貫き、さようならの挨拶をする前に彼は青白い炎に包まれてこの世から去った。最後の戦いの爪痕を色濃く残しながら、ダランと下げた手から地面に落ちる愛刀。膝から力が抜けるようにその場に倒れて意識を失ってからは目覚めるまでの間に何もかもが変わっていた。
町の復興に力を入れる役人や、褒美は何がいいと聞いてくるこの国の王の他、救ってくれてありがとうと声を上げる人間達。やがてその賑わいも也を潜め元の日常に戻った時、呆気ないと思った。
それからは、英雄等と呼ばれたがその名前は好きではなかった。彼を葬った手のひらを見つめてから真っ青な空を見上げる。伸ばした黒い髪と緩く羽織った羽織が風に揺れ静かに目を閉じた。
あの戦いから数年。
町から離れた山の中の小さな小屋の中で布団に包まる私は病を患っていた。きっと、今まで無茶して来たツケがやってきたのだろう。軋む体に既に体は1人で動かす事は出来ず、かつての仲間が面倒を見てくれているが、数日前の土砂崩れでここまで来る道が塞がれた筈だ。物凄い音がしていたから。
もって後数日と言った所か。
自分の命の長さを考えながら頭に浮かんだ「ようやく」の文字。そっと目を開けて視線を動かした。
「…何故、真実を話さなかったか……とか、そんな事はもう聞かないさ。きっとあの選択しかなかったし、お前もそうした筈だ。」
『……もっと、俺の事を嫌ってると思ってたが、思ったより好かれているようだな。』
「千年、共にいれば嫌い以外の感情だって芽生えるさ……」
私の紫の瞳は何も映さない。
それでも確かにそこに彼は居るし、こうして言葉だって交わしている。
『そうだったな、千年か。長い様であっという間だったな。』
「…………王は、お前の体を何としてでも手に入れようとしていた。そして、私の体も……純血の鬼はもう、私で最期だから、今頃必死にここまで来ようとしている筈だ。でも、私は王にこの身を捧げる事はしない。」
『世が世なら、俺はあんたを娶ってたよ。気高く美しいお前を。』
自然と流れる涙。少しだけ口元を緩めて「ふっ、お前様からそんな事言われるとは思わなかったよ。」と言った後最期の力を振り絞るように彼の頬目掛けて手を伸ばすが、届く事無く布団に落ちる間際、優しく包まれて「お前様の元へ今から行くよ」と笑った。
小屋ごと包む様に大きな炎が上がり小屋の中にいた2人は抱きしめ合いながら口付けを交わす。一層大きく上がった炎はまるで天に昇る様に舞い上がるとそのまま跡形もなく消えていった。まるで自分の存在を消し去るかのように。
「そこの娘さん、良ければこの先の茶屋で一杯どうだい?」
「怖い者知らずな男が居たもんだ。お前、私の事知らないのか?」
「……なんだ?偉い人間だったのか?でもまぁ、そんな事関係ないね。俺が娘さんに興味を持ってお茶に誘った。それ以上でも以下でもねぇよ。」
「……ふ、随分な変わり者だ。」
大きな大きな桜の木の下、純血の鬼の姫君は同種の男の手を取って立ち上がった。ゆっくりと前に進む2人を阻む物は何もない。
風が吹いて桜の花びらが散ったとしても、それを悲しむ事はもうしない。
風に身を任せ、2人は何処までも何処までも連れ添ってあるいていった。