答えは、まだ
私達は二人でひとつ。
いつからそれが狂ってしまったの?
血に濡れた地面の上に武器を支えにしゃがむ私の視界が揺れる。噎せ返る濃い血の香りに酔ってしまいそうになりながらゆっくりと顔を上げると、目の前には愛しい……君。
「なぜ……わたし、を……うらぎった……の。」
ぜぇ、ぜぇ、と呼吸をしながら懸命に睨みつけるが、
此方を見下ろすその目は氷の様。
「……僕じゃない。先に裏切ったのは、僕じゃないよ。」
目線を合わせるように君が目の前にしゃがむ。
悲しいような、怒っているようなその瞳に貫かれ心臓が締め付けられる痛みに襲われる。
私達は「ツガイ」であり、離れては生きられない。
どちらかが死んだら悲しみのあまり生きていけない位
裏切られたら精神を病んでしまう位
お互いの繋がりだけがお互いを生かす。
その言葉一つ一つがグサグサと心を殺す。
涙がポロポロこぼれるのをそのままに「嫌いよ」と呟いた。
グラと揺れた体がその血溜まりに倒れる。
君は最後に何かを口にして離れていく。
これが、私の最期。
1番初めの、最期。
「……随分と楽しそうね。」
「ーーなぜ、ここに。」
あの日確かに死んだ。
なのにここにいる私もまた前と変わらず同じ姿形でやり直している。例え時が100年以上進んでいようと、君だけは絶対に許さない。
「さぁ、終わらせましょう?もぅ、君を思うのを辞めるわ。その為の戦いよ。」
武器を持って構えた。
ふわりと揺れるローブ。きっとこれが最期になる。
「答えは、まだ」分からない。
だけど、最期に×××のはきっとーーーーー。
バカね、君の事を何年みてきたと思ってるのよ。
私を守る為に神殺しなんて、らしくないわ。
……私のツガイ。愛しいツガイ。
もう二度と離れないと約束して……もう、私を裏切らないと言って……もう一度その目で私を見て……
目を開けてよ……お願いだから……もう一度、笑って。
2度目が、3度目が、ご、ろく、なな、はち……
このループを抜け出せる方法はまだ分からない。
だけど、必ず救う。
救ってみせる。
これは、君を/君を
救う為の戦いである。
解放させるための戦いである。
「君と一緒に」
全身の魔力が消えていくのを最後に、私の意識は暗闇の中に消えた。
荒ぶっていた水面が徐々に凪いで行くように、静かに。
「……消えた?まさか、そんなはず。っ!彼女が裏切ったとでも言うのか!」
その日、勇者は朝起きてからいつまで経っても待ち合わせ場所にやって来ないパーティ唯一の魔法使いがどこを探しても見つからない事は愚か、部屋に「さようなら」とだけ書かれた手紙だけを残して消えた事に激怒した。
彼女は村で共に育ち、魔王を倒すと心に決めてからずっと一緒にここまで来た幼馴染であり、ある意味半身。
まさか、魔王城を目前として逃げるとは、勇者にとって酷い裏切りの様に思えた。
「裏切り者なんて知らん。どこへ成りとも逃げるがいいさ!俺は1人でも魔王を倒しに行く!」
その時、仲間達の悲しげな顔や少しの違和感にも気が付かなかった勇者はこの日程、後悔した日は後にも先にも無いだろう。
「……なん、だって?……俺が一度死んだ?」
「なんだ、貴様。気がついていなかったのか?ひと月前勇者一行は魔王である我を倒すと言いここまでやって来たが、我に力及ばず無惨にもその命を散らしたであろうに。」
目の前にいる魔王は、もうすぐでこの世から消える。
高笑いをしながら炎に巻かれて死んだ。
勇者が倒したのだ。
だが、魔王は死に際に言った。
ー魔法使いの女は哀れだな、と。
勇者はその場に聖剣を投げ捨てると、満身創痍の仲間の胸ぐらを掴み「どういう事だ!」と怒鳴った。
仲間は「お前のためだった!」と叫ぶと、涙を浮かべながら「他に方法がなかったんだ」と嗚咽をこぼす。
ひと月前、勇者は魔王を倒せる程万全では無かった。
案の定返り討ちにあい一度死んだが、禁忌の魔術で魔女の命と引き換えに勇者は生き返った。
ひと月眠ってしまったが、自分が死んだ時の記憶や魔王に挑んだ記憶は魔女によって消されていて、あたかも初めて倒しに来た、と言わんばかりの記憶にすり替えていた。
仲間達は魔女に辞めるよう説得した。勇者はおごっていたのだ。自分自身の力を。だが、魔女は
「この人は魔王を倒す勇者。私との約束は1度だって破った事は無いわ。それにね、私の命はこの人と共にあるの。今も昔もこれからもよ。」
強い眼差しでそう言うと、禁術を使い命を散らした。
遺体など残らない。だって、禁術だから。
魂ごと消滅したのだ。
魔王を倒して、国王の元へ報告に行った時。
勇者は殉職したとのお触れが回った。平和になった世界。喜ぶ民衆から離れた彼は自分が「勇者」を名乗る資格などないと思い、世の中から自身を消したのだ。
その生き残りである他の仲間が後世まで語られる存在になるのだが、そこに魔女の名前等ない。初めからいなかったかのように。
あの日から勇者はひっそりと山の中で一人、暮らしていた。時折やってくるのはかつての仲間達。巡回の理由は生存確認。彼女から貰った命を粗末には出来ないからと、抜け殻のように過ごしていたのだ。案ずる仲間達をよそに、彼は遠くを見ながら「俺は大丈夫だよ」と告げていた。
そして、何十年が経過した。
勇者も歳をとった。もうすぐで死神が自分を迎えに来る。
静かだ。仲間と共に旅をした時はまさか自分の最期がこうなるとは思っても見なかった。
……あぁ、俺は君とは同じ所へは行けないだろうな。
かつての勇者が静かにベッドの上で目を閉じようとした時
ベッドに近付く人の気配に気が付いた。
だが、もう目を開ける程の力は無い。
死神が迎えに来たのだ。
そう思った時、勇者になった時に国王から貰った名では無い、自分の本当の名前を呼ばれた。死んでしまった両親につけてもらった自分の名前。勇者になる前の本当の……。
この名前を知るのは……まさか、君は……っ
勇者はそうして目を閉じた。
1人悲しく逝ってしまった勇者。
巡回していたかつての仲間の子孫達は、皆口を揃えてこう言った。
「あの人があんなに幸せそうなの初めて見た」
勇者は今頃どこで何をしているんだろうか。
きっと「君と一緒に」旅の続きをしているのかもしれない。
『友達』
幼い頃、この街に越してきた私は他の人と「目の色が違う」と言う理由で友人が出来なかった。
高校生まで上がり一人の生活にも慣れた頃突然話しかけてきたのはクラスの中でもムードメーカー的存在の女の子。
一時期は周りの人から「調子に乗るな」と言われて来た私だけど、彼女が言ってくれた「友達になろ!」が嬉しくて周りの人達に言い返したのが先日の話。
それからは彼女と二人で遊びに行ったり、学校でお昼ご飯を食べたりと仲良く過ごしていた。はずだったのに……
「悪魔が堂々と人間界に居るとか笑える。私が祓魔師だって知ってたよね?」
「……わ、私はただ普通に暮らしたかっただけなの!」
流れる血に二の腕を抑えながら痛みに耐え、彼女を見るが憎らしいと言う目で私を見るその視線に絶望した。
やはり悪魔と祓魔師では仲良くなれないらしい。
それでも、信じていたい。
「最後に……最期に聞かせて。」
「……何よ。必要以上に話すつもりは無いから。」
「今でも私たちは、友達?」
「は?悪魔と友達に?なる訳ないでしょ。そうした方が油断すると思って言っただけよ。」
ガラガラと何かが崩れる音に私は涙する。
何千年生きていてもこの瞬間だけは、慣れない。
それからの私は殆ど何も覚えていない。
気が付いたら城に戻っていたし鏡を見たら元の姿に戻っていた。家臣の者から事情を聞いて見るとどうやら「まだ」彼女は生きているらしい。かなりの深手を負って居るらしいが。
「……魔王様、もう人間と戯れるのはおやめ下さい。貴女が傷付くだけです。」
「そうね、もう…………人間は信じないわ。」
唯一この城で信頼する家臣の男は苦しそうな顔をした後に私に近寄ると「頑張ったな」と言って頭を撫でてくれた。
彼は幼い頃から共に過ごしている悪魔で腹心で幼馴染。
私の心を守ってくれる優しい悪魔。
だから、どうか……貴方だけは私を裏切らないで。
『何処までも続く青い空』
最期に君が告げたのは僕に対する呪いの言葉だった。
それは深く根強く縛りつける。
『幸せになってね』と君は僕に呪いをかけた。
これでは追う事も諦める事も出来はしない。
白いカーテンが暖かな風を中へと運び春の訪れを知らせてくる。それでも目を開けない君はまだ冬の中に閉じ篭っているのかな。
僕は小さくなった君を家まで運んで特等席に置いた。
君との思い出が詰まったこの家に。
今でも僕の名前を呼びながらハツラツと笑うその姿が鮮明に思い浮かぶ。
ねぇ、君は今どこに居るの?僕に教えてよ。
いつの間にか時間は過ぎていき子供達も大きくなった。
小さな枠内で笑う君に思い出話をしては一人でご飯を食べる毎日。
あぁ、寂しいなぁ。
今日は気分転換に散歩に来た。
どうやら僕はこれ以上永くは生きられないらしい。
発見が遅れてしまった病気は既に全身に周り後は緩やかな死を待つだけになってしまった。
子供達よ、そんなに泣かないで。僕は精一杯生きたんだから。それに、それでもいいと思った。
思い残す事は無いからね。
「……頑張ったよ、精一杯。寂しい日もあったけど、それでも負けずに頑張ったんだ。」
僕は病院の中庭のベンチの上で静かに目を閉じた。
ギュッと抱きしめられる感覚に僕は微笑む。
痛みも苦しみも消えた。
もう、寂しくも無い。
最期に見たのはどこまでも続く青い空だった。
『突然の別れ』
気が付いたら、妻が小さくなってしまった。
写真の中で笑う彼女は、いつもの様に花咲く笑顔。なのに、今僕の腕の中で眠っている。
全身を包む線香の香りがやたら強く感じて不快だ。
何が起こったのか分からないとでもいう風に遺影の前に座り話しかけた。
「今日はどうしたの?凄く静かじゃん。ほら、早く我が家へ帰ろ?もうすぐでご飯の時間だよ。」
親戚達がそんな僕を驚いた様に見ている。
口々に「おかしくなった」やら「可哀想に」とか聞こえるけどなんの事か分からない。
だって、妻はここにいて笑っているだろ?
でも……手に持つ冷たいこの箱は、何だ?
まぁ、いい。
ほら、帰ろう?
僕達の家へ。
「ほら、起きて!仕事遅刻しちゃうよ!」
ピピピピピと聞こえて来た目覚ましの音と、妻の声。
うっすらと開けた視界に見える見慣れた天井。少し頭をずらしてベッドの脇を見るとプンプンと怒ってる妻が僕の布団を剥ぎ取った。
寒い。
「今日は大事な会議なんでしょ?」
「ん……かいぎ?」
「うわぁ、今日はいつもより寝ぼけが酷い!ほら、起きて!」
いつものやり取り
いつもの風景
いつも………………あれ?
「ねぇねぇ、ぼくのかわいいおくさん?きょうはなんがつなんにちだい?」
「えぇ?そんな事も分からないくらい寝ぼけてるの!?やばいよ????えっとね、私のかっこよくて少し抜けてるかわいい旦那様、今日は×月×日(月)ですよ!どお?会議の事思い出した?」
「…………うん、そうだった。「今日は」会議だった。」
ようやく状況が分かりノロノロと体を起こす。
妻は苦笑いしたあと「寝ちゃダメだよ!」と言い残して部屋を出ていく。ベッド脇に座り立ち上がりスーツに着替えようと姿見の鏡を見た瞬間思った。
「僕の顔、こんな感じだったっけ?」
最後に鏡を見た時僕は確か40代後半の見た目をしていた筈だ。なのに、何故……
「この顔は、20代の時の僕だ……」
突然の別れ、そして再会。
僕が君にしてあげられる事全てする。
だから、どうか……僕の側から離れないで。
何度も何度も繰り返す妻の死。
僕はこの輪から抜け出せない。
あれ、なんで妻の死因が分からないんだろう。
これは、救済か破滅か。
今の僕には分からない。
「ダメじゃない。もうこれ以上は貴方の心が壊れちゃうよ。そろそろ受け入れてね。…………これが本当の最期だよ?」