『真夜中』
夏が終わる。
昼間の茹だる暑さが也を潜め少しだけ肌寒い夜の街。
賑わいを見せるネオン街は今から動き出す。
だがらその賑わいと同調するかのように動き出すのは闇も同じで、人がアヤカシと呼ぶ未知の生き物が街を徘徊する。
時には人に害をもたらすアヤカシを祓う役目を担う祓い屋家業は年々数を減らしていたとしても、矢張りそう言った案件は一定数ある為に廃業にならないこの業界。
昨今ではアヤカシが見える若者が減っている中でも、この国に存在する祓い屋一門『暁』はその力の衰え知らずで、裏を支えていると噂されるくらいの地位があった。
その中でも異質なのが数百、数千年と言う長い時間を生きていると言う不老不死の少女の存在。
彼女は自分の出自は愚か何故自分がそんなにも長生きして不老不死なのかさえ覚えて居ない中で暁と行動を共にしていた。暁の中でも彼女の力に叶う人間は愚か格が違いすぎてまるで大人と産まれたての赤子のような力の差に様々な憶測が飛び交う中、彼女しか解決できない問題もある為無下にも出来ず付かず離れずの距離を保っていた。
彼女の名前は「琥珀」。
本名かもしれないが、彼女自身の目の色が琥珀色だから琥珀と名乗っているとも諸説あり、今では琥珀と言う名が定着していた。
「……それが、この方……琥珀様、ですか?」
「そうだ。くれぐれも失礼のないようにな。」
バタンと閉められた案内役の足音が遠ざかり改めて中を見ると、扉の先にはいくつ物真っ赤な鳥居が並び、まるで地下牢のような作りのそこに件の琥珀が眠っていた。
長い黒髪、伸びたまつ毛は長く、雪のように白い肌には傷ひとつも無いのに、来ている服は上下真っ黒のTシャツとジャージのズボン。
10畳有りそうな広さのど真ん中にタオルケットを掛けて眠る琥珀は起きる様子は見られない上に周囲に貼られた札のせいで頭がバグりそうな感覚に陥る。
天井などを見ていた時、いつの間に目が覚めていたのか、琥珀は座ってこちらをジッとみていて、まるで猫のようだと思ったが、そこから感じる気配はそんな可愛いものでは無い。
一言で言うなら『闇』その物だろうか。
彼女を中心として此方を飲み込まんばかりの闇が手を伸ばして来そうな感覚に思わず持っていた刀に手を伸ばしかけた瞬間、目の前から聞こえた「グウウウゥ」と言う音に思わず「は?」と声を出してしまった。
「なんじゃ。今回の飯係は随分と若いのぉ。」
透き通る声なのに、話し方が老成していて頭の中はパニックだ。それに、飯係って何だ。俺は……
「はようせい。妾は腹が減っておる。飯係、妾ははんばぁぐを所望する!」
あぐらをかきながらこちらを指さし、ニカッと笑う彼女はまるで年頃の少女の様。1人で百鬼夜行を食い止める程の力を持つ者だとは、到底思えない。
それが、彼女……いや、鬼神である琥珀との出会いだった。
「……俺は琥珀の事を過大評価していた様だ。」
「は?何を言っておる。頭でも打ったのか?」
随分昔の事を思い出しながら此方を覗き込む琥珀を見ると、出血のしすぎて視界が揺れて二重に見えた琥珀の顔に思わず笑うと、心底引いたような琥珀が「こやつ、いかれたわ」と言って3:00の方向を見た。
暴れる大きなアヤカシから食らった一撃で意識を失うなんて情けない。何を油断していたのやら。
琥珀が何かを話しているが、それに答える前に琥珀の戦闘服である着物の裾を掴み一言告げた。
決してこの日の事を後悔はしない。鈍感でニブニブニブな琥珀をこれからゆっくりと落としていく。
既に彼女の胃袋は掴んだ。後は心を手に入れる。
俺は、初めて会った時から真夜中に恋をしていた。
秘密が多すぎる寂しがり屋の鬼神の相手が出来るのは俺だけなのだから。
「あれが、琥珀様の力……」
月が暗雲に閉じ込められて闇が深まりアヤカシが大量に暴れると報告を受けて陣営に待機していた時、カランカランと高い下駄を鳴らしてやって来たのは赤と黒の振袖を着た琥珀。普段とは違い化粧をしているせいで一瞬誰かは分からなかったが、人並外れたその美しさで改めて目の前にいるのが琥珀だとわかった。
「何じゃ、そんな顔をして。この位の数お主達にはどうって事は無いであろうに。」
陣営の中で手当する同業者達を通り過ぎてアヤカシを見つめる。ふわりと揺れたストレートの黒髪。
目の前を通り過ぎた琥珀は一瞬こちらを見たが再び前を見ると「見ておれ」と言って右手を真っ直ぐと横に伸ばし「黄泉」と囁く。現れた黒い靄の中から抜き差しの太刀が現れ、持ち方を変えるとカラン。と下駄を鳴らして駆け出した。
それからは何が起こったのか分からないくらい一瞬に終わった。アヤカシ達の残骸が刀に吸われるように無くなり驚愕に目を見開く事しか出来なかった。
駆け抜けた先から10階以上もの建物の上に飛んで来た琥珀は1度刀を振るい靄を消して、髪の毛を後ろにはらうと「何を突っ立っておる飯係。今日はおむらいすを所望する」と先に部屋の中へと帰って言ってしまった。
手当を受けている同僚達が口々に「化け物」と囁く中で、唯一彼女の顔が痛みに歪んだのに気が付けたのはもしかしたら自分だけかもしれない。
5/17/2024, 3:53:53 PM