Open App

「君と一緒に」


全身の魔力が消えていくのを最後に、私の意識は暗闇の中に消えた。
荒ぶっていた水面が徐々に凪いで行くように、静かに。


「……消えた?まさか、そんなはず。っ!彼女が裏切ったとでも言うのか!」
その日、勇者は朝起きてからいつまで経っても待ち合わせ場所にやって来ないパーティ唯一の魔法使いがどこを探しても見つからない事は愚か、部屋に「さようなら」とだけ書かれた手紙だけを残して消えた事に激怒した。

彼女は村で共に育ち、魔王を倒すと心に決めてからずっと一緒にここまで来た幼馴染であり、ある意味半身。
まさか、魔王城を目前として逃げるとは、勇者にとって酷い裏切りの様に思えた。
「裏切り者なんて知らん。どこへ成りとも逃げるがいいさ!俺は1人でも魔王を倒しに行く!」
その時、仲間達の悲しげな顔や少しの違和感にも気が付かなかった勇者はこの日程、後悔した日は後にも先にも無いだろう。



「……なん、だって?……俺が一度死んだ?」
「なんだ、貴様。気がついていなかったのか?ひと月前勇者一行は魔王である我を倒すと言いここまでやって来たが、我に力及ばず無惨にもその命を散らしたであろうに。」
目の前にいる魔王は、もうすぐでこの世から消える。
高笑いをしながら炎に巻かれて死んだ。
勇者が倒したのだ。
だが、魔王は死に際に言った。

ー魔法使いの女は哀れだな、と。


勇者はその場に聖剣を投げ捨てると、満身創痍の仲間の胸ぐらを掴み「どういう事だ!」と怒鳴った。
仲間は「お前のためだった!」と叫ぶと、涙を浮かべながら「他に方法がなかったんだ」と嗚咽をこぼす。


ひと月前、勇者は魔王を倒せる程万全では無かった。
案の定返り討ちにあい一度死んだが、禁忌の魔術で魔女の命と引き換えに勇者は生き返った。
ひと月眠ってしまったが、自分が死んだ時の記憶や魔王に挑んだ記憶は魔女によって消されていて、あたかも初めて倒しに来た、と言わんばかりの記憶にすり替えていた。
仲間達は魔女に辞めるよう説得した。勇者はおごっていたのだ。自分自身の力を。だが、魔女は

「この人は魔王を倒す勇者。私との約束は1度だって破った事は無いわ。それにね、私の命はこの人と共にあるの。今も昔もこれからもよ。」

強い眼差しでそう言うと、禁術を使い命を散らした。
遺体など残らない。だって、禁術だから。
魂ごと消滅したのだ。


魔王を倒して、国王の元へ報告に行った時。
勇者は殉職したとのお触れが回った。平和になった世界。喜ぶ民衆から離れた彼は自分が「勇者」を名乗る資格などないと思い、世の中から自身を消したのだ。
その生き残りである他の仲間が後世まで語られる存在になるのだが、そこに魔女の名前等ない。初めからいなかったかのように。


あの日から勇者はひっそりと山の中で一人、暮らしていた。時折やってくるのはかつての仲間達。巡回の理由は生存確認。彼女から貰った命を粗末には出来ないからと、抜け殻のように過ごしていたのだ。案ずる仲間達をよそに、彼は遠くを見ながら「俺は大丈夫だよ」と告げていた。

そして、何十年が経過した。
勇者も歳をとった。もうすぐで死神が自分を迎えに来る。
静かだ。仲間と共に旅をした時はまさか自分の最期がこうなるとは思っても見なかった。

……あぁ、俺は君とは同じ所へは行けないだろうな。

かつての勇者が静かにベッドの上で目を閉じようとした時
ベッドに近付く人の気配に気が付いた。
だが、もう目を開ける程の力は無い。

死神が迎えに来たのだ。

そう思った時、勇者になった時に国王から貰った名では無い、自分の本当の名前を呼ばれた。死んでしまった両親につけてもらった自分の名前。勇者になる前の本当の……。

この名前を知るのは……まさか、君は……っ


勇者はそうして目を閉じた。
1人悲しく逝ってしまった勇者。
巡回していたかつての仲間の子孫達は、皆口を揃えてこう言った。

「あの人があんなに幸せそうなの初めて見た」


勇者は今頃どこで何をしているんだろうか。
きっと「君と一緒に」旅の続きをしているのかもしれない。




1/6/2025, 4:13:16 PM